第十四話「連想」
「八叉槍、ね……」
『うん。八つ以上になることもあるかも』
ユーフェアは未来視の能力を持っているものの、その力はまだ発展途上だ。
正確に見通すことも、それを正しく伝えることもまだ完璧とは言いがたい。
『危ない』ということは分かっても、『何が原因で』危なくなるかははっきりと見えない――本人曰く、度の合わない眼鏡で演劇を見せられているようなもの、だそうだ――のだ。
ぼんやりとしか見えない未来を少しでも正しく伝えるため、独特の造語を使うことはそう珍しいことじゃない。
『――まあ、何が来てもクリスタのことだから大丈夫だと思うけど』
全幅の信頼を置いた言葉に、隣で聞いていたエキドナがうんうんと頷く。
「それには同感だな。何があってもこいつは絶対に大丈夫だ」
『……今の声、エキドナ?』
「おう。久しぶりー」
『結界の穴にいるんじゃなかった? なんでクリスタと一緒にいるの?』
「ちょいと訳アリでな。ルビィ絡みで」
『……………………ふぅん』
ユーフェアの声音が一段階下がったような気がした。
大陸中央の影響があり、通信札の音質があまり良くないせいかもしれない。
『そういえばクリスタ、最後に私と会ったのっていつだっけ』
「半年前の式典以来かしら」
結界の管理者としての性質上、聖女が一か所に集まることはあまり良しとされていない。
とはいえ、聖女は放っておけば湧いて出てくる――表現としては最悪だけれど、そうとしか言い表せない――ので、意味があるかと言われるとかなり微妙なルールだけれど。
『長いこと会ってないね』
「? ええ、そうね」
『私、けっこう身長伸びたよ』
「そうなのね」
話が別な方向に逸れていく。
ユーフェアは何が言いたいんだろう。
『……ねぇクリスタ。暇だったらでいいんだけど』
「うん?」
『久しぶりに――』
ぷつ。
通信札の効果が終わり、ユーフェアの言葉は途中でぶつ切りにされた。
「何が言いたかったのかしら?」
「『会いに来て』だろ。寂しいんだと思うぞ」
「ユーフェアが? ないない」
エキドナの言葉に、私は手を横に振るう。
ユーフェアは聖女の中では最年少だけれど、年齢に反してかなり大人びている。
人と話をするのが苦手、という点を除けば人々が想像する理想の聖女像にかなり近い。
実際、聖女ではなくユーフェア本人を信奉するファンも多いくらいだ。
そんな彼女が、寂しいだなんて思うはずがない。
「お前ってヤツは……本当に人の心が分かってないな」
どうしようもないものを見たときのように、エキドナが大きく――大きく、ため息を吐いた。
「嘘だと思うなら今度会いに行ってみろよ。すっげー喜ぶぞアイツ」
「……そこまで言うのなら、分かったわ」
人心を掴む術を心得ているエキドナが言うのなら、今回の騒動が終わった後に会いに行ってみよう。
私の予想では「ん。来たんだ」と、いつもの眠そうな無表情で出迎えてくれるだけだと思うけれど。
▼
エキドナとの会話を終えた後、結界の外に出る。
魔物をぶっ飛ばしながら、予言の意味を考える。
(八叉槍、八叉槍……)
ユーフェアの予言は連想ゲームのようなもの。
槍に気を付けろと言っても、そのままの意味で受け取ることはしない。
そもそも槍は三つに分かれている三叉槍が最大のはずだし。
(八本の槍を持った魔物がいるってことかしら?)
魔物の知能は動物的だけれど、まれに賢い種が出現することがある。
人間が作った道具の使い方を理解し、利用するような個体も中には存在している。
そういう種が現れる、という意味だろうか。
(それとも槍は隠喩かしら。だとしたら数字の方に重きを置いた方がいいのかしら。八、八……大蜘蛛の魔物?)
八本の槍を振り回す魔物より現実的な気がする。
虫型の魔物は大きさこそ大したことはないが、動物型よりも手ごわいとされている。
虫に対して本能的な恐怖を覚える者が一定数いるためだ。
手のひらサイズでも悲鳴を上げるほど苦手な人もいるのだから、自分と同じ大きさだった場合、その恐怖は想像するに難しくない。
私は平気なので問題はないけれど。
(とりあえず蜘蛛っぽい魔物に注意しておきましょうか)
平原を駆け回りながら、カサカサと動くものに注意を払う。
と――。
私めがけて、巨大な氷が一直線に飛んできた。
【聖鎧】に触れた瞬間粉々になり、少しだけひんやりした空気が左右に流れていく。
「……またあいつ。多いわね」
氷を放ってきた相手は、大蛇型の魔物だった。
「聖女パンチ」
距離を詰め、拳を叩き込もうとして――大蛇は、するりと私の間合いから逃げた。
以前の大蛇なら、攻撃後の隙を縫って巻きついて来たのに、こいつはそれをしない。
……そうしてくれた方が楽に倒せたのに、と、私はこっそりと嘆息した。
「逃がさないわよ」
着地と同時に、足元に落ちていた拳大の石を拾い上げる。
――ルビィにちょっかいをかけていた男には手加減したけれど、魔物相手ならその必要もない。
狙いを定め、石を持つ手に力を込める。
「聖女投擲」
目にも止まらない速さで飛んだそれは、蛇の身体にいとも簡単に風穴を開けた。
「今度は避けさせないわよ」
シューシューという悲鳴を上げながらのたうち回る大蛇の頭へと回り、再度拳を握る。
「聖女パンチ」
めこぉ! と音を立て、大蛇は活動を停止した。
虫ほどではないけれど、爬虫類型も発生確率はそれほど高くない。
なのに結界の外では数日に一度の割合で相対している。
そして――
「また、千切れているわ」
今回の大蛇も、尻尾がぶつりと切れていた。
おまけ
『ノーコン』
「逃がさないわよ――聖女投擲」
クリスタは着地と同時に足元に落ちていた拳大の石を拾い、それを蛇に向かって投げつけた。
「あ」
必殺の威力を誇る石があらぬ方向に飛んでいき、大きな音を立てながら地面をめくり上げた。