第十二話「聖女の加護」
「――レイモンド率いる第二十二憲兵隊。招集に応じ、馳せ参じました」
遠目から見た通り、来ていたのは憲兵たちだ。
一人だけ兜を外したレイモンドという男が、金髪をなびかせながらマーカスを尊大な態度で見下ろす。
応援、ということで間違いないようだけれど。
(なんだか様子が変ね)
マーカスは怪訝な表情を浮かべている。
人手不足を嘆いているところに憲兵たちが来てくれたのだから、もっと喜ぶべきだ。
反対にレイモンドとやらはへらへらした表情だ。戦闘区域に勇んで駆けつけてきたのだから、もっと緊張感を持つべきだ。
両者とも、私の目からはどこかちぐはぐに見えた。
声がよく聞こえるギリギリの範囲まで、身を潜めながら近づく。
「……救援、大変に痛み入ります」
全然嬉しそうではない声で、マーカス。
そんな様子に気付くことなく、レイモンドは得意げにマーカスを見下ろした。
「我々が来たからにはご安心を。知恵を持たぬ魔物などものの数ではありません」
「それは心強い……では早速、準戦闘区域の警備をお願いしたく――」
「マーカス殿。何をおっしゃっておられるのか」
「……は?」
やれやれ、とレイモンドは首を傾げた。
自ら率いる部隊を手で示し、
「失礼ながら兵法をあまりご存じないご様子。僭越ながら、私がご教授いたしましょう。これだけ強力な部隊が来たのなら、前線に向かわせ短期で戦闘を終わらせた方が消耗が少なく済みます。我々は多忙ゆえ、このような場所に長く滞在する時間はないのです」
一回りほど年の離れた相手に対し、あんまりな物言いだ。
マーカスは大人の余裕でそれを受け流しているが、唇の端が少し痙攣していた。
「……お言葉を返すようで恐縮ですが、皆様魔物を退治した経験は?」
「もちろんありますとも。聖女が不甲斐ないばかりに、国内にも魔物は数多湧いております。我々憲兵は、日夜それらを排除して回っております」
『極大結界』の主な役割は、外で発生した魔物を中に入れないというものだ。
当然、結界の中でも魔物は生まれることがある。
ただし、国内の魔物は外とは比べるべくもなく弱い。
結界が何らかの作用をしているようで、発生率も外と比べるとかなり低い。
それを退治したと言われても、ここルトンジェラでは何ら意味のない実績だ。
「……」
案の定、マーカスは閉口してしまった。
「しかし、あなたも苦労されておりますね。聖女の力が及ばないばかりに、こんな場所の警護を任されるとは」
「…………」
「我が国は他と比べれば領土が狭い。何故か? 聖女が力不足だからです。『極大結界』の維持が精いっぱいで、広げることができない」
この国は『極大結界』の大きさに合わせているので、レイモンドの言い分は一部正しい。
力不足、と言われればそうだろう。
『極大結界』は私が聖女になった際、真っ先に研究対象とした。
どのような原理で聖女から魔力を取っているのか。
どのような原理で魔物にだけ効力を発揮しているのか。
ベティに手伝ってもらい、色々と実験をしたけれど、分かったことは「何一つ分からない」ということだけ。
そもそも、たった五人で国一つをすっぽり覆うような結界が維持できてしまうこと自体が既存の魔法理論では考えられないものだ。
聖女に与えられる『癒し』と『守り』の力以上に、『極大結界』には謎が多い。
(たとえ『極大結界』を自由にできたとしても、陛下が国土を広げるとは考えられないけどね)
王族の皆様方は良くも悪くも堅実志向だ。
なんて考えている間にも、レイモンドの悪口は続く。
「今代の聖女たちは特に酷い。単なる奇天烈な集団に成り下がっているような状態です。もはや彼女たち自身が神を冒涜する存在だ。そんなもの、居なくなってしまえば良いと思いませんか?」
「………………ええ、そうですね」
「おお、マーカス殿もこの思いに共感して頂けますか。宜しければ、共に聖女撤廃にご協力を――」
「何を勘違いしてるのでしょうか」
レイモンドが差し出した手を、マーカスは軽く振り払った。
「『あなたのような聖女反対派、いなくなってしまえばいい』――私はそう思います」
マーカスのこめかみには、私のいるこの距離からでもはっきり分かるほどの青筋が浮かんでいた。
▼
「レイモンド殿。失礼を承知で――ああもう、堅苦しい言い方はやめだ」
首を振るい、マーカスはいつもの口調でレイモンドと、後ろで控える憲兵たちを睨む。
「てめぇら、外の魔物をナメすぎだ。お前らの鈍重な鎧、そんなモノ付けてたって邪魔になるだけだ。餌になるつもりか?」
口調の変わったマーカスに気圧されつつも、レイモンドは反論する。
「この鎧は合金製です。魔物の爪や牙程度では傷一つ付けられません」
「壊すことは無理だな。しかし継ぎ目はどうだ?」
「はっ。魔物がそんな場所を狙うはずがないでしょう」
「だからナメすぎだって言ってんだよ。魔物に知恵はないが、知性はある」
魔物は、時に人間の予想を上回る頭の良さを見せることがある。
鎧の弱点となる継ぎ目を狙う程度は当たり前のようにしてくる。
「外の魔物をナメるのはまあいい。お前らが死にに行こうがどうでもいいからな。けど、聖女をナメることは俺が許さねえ」
マーカスは手で背後を指し示す。
その先には、魔物の巣窟――大陸中央に聳える山脈があった。
「よく聞け。この大陸の支配者は魔物だ。人間は隅っこでしか生存を許されていない。だが俺たちの国は中央に寄っているだろ?」
本来なら魔物に攻め入られて滅亡しておかしくない距離だ。
けれど、我が国は今日も健在している。
「俺たちがこの地でのうのうと生きていられること自体が奇跡なんだよ。これが聖女の加護でなくて何だと言うんだ?」
「あんな連中――ッ」
「あ?」
マーカスの鋭い眼光に射抜かれ、レイモンドは口を噤んだ。
ただ睨まれているだけなのに、まるで剣を喉元に突きつけられたかのようにレイモンドはぴたりと動きを止めた。
呼吸すらも忘れ、ただじわりと汗を滲ませる。
「――口の利き方に気を付けろ。次はねえぞ」
「か、は」
マーカスが視線を外すと、レイモンドは忘れていた呼吸を再開させ、軽く咳き込んだ。
「げほ……く、口の利き方に気を付けるのは貴殿だ! そんな態度をされてなお手を貸すほど我々は温厚ではないぞ!」
「いらんいらん。多忙なんだろ?」
しっし、と手を払う仕草をするマーカス。
それを見たレイモンドは閉口し、そこそこ整った顔を真っ赤に染め上げた。
「……! 野蛮人め! 後で後悔しても知らんぞ!」
捨て台詞を吐き、レイモンドと部下たちはその場を後にした。
「ふん。ヒヨッコ共が」
おまけ
「今代の聖女たちは特に酷い。単なる奇天烈な集団に成り下がっているような状態です」
(酷い言われようね)←そのきっかけを作った人