第十一話「早い到着」
「この人を運んだらすぐに後を追うから、先に行ってても大丈夫よ」
今日のエキドナは訓練区を視察する予定になっている。
時間が押しているとのことで、私は別行動を提案するが……エキドナは渋い顔をした。
「一人で大丈夫か?」
「? もちろんよ」
初めての場所でもないのに、なぜそんなことを聞くのだろうか。
目で疑問を投げかけると、エキドナは「だって」と前置きを置いてから答えた。
「お前は目を離すとすぐトラブルを発生させるからな」
「私が発生源なの?」
普通にしているはずなのだけれど。
エキドナの中で私はどういう扱いになっているのだろうか。
「……ま、少しならいいだろ。終わったらすぐに来いよ」
「ええ。それじゃまた後で」
▼
治療区では、大規模な清掃が行われていた。
エキドナの活躍により使用していた病床の数がほぼゼロになったので、悪化していた衛生状況を大急ぎでリセットしようとしているのだ。
最初に来た時は野戦病院特有のなんとも言えない臭いがしていたけれど、今はそれがすっかりなくなっている。
「おや。あなたはクリス殿……でしたかな」
男を預けて戻ろうとすると、中年の治癒師に声をかけられた。
何度か顔を見たことがあるベテランだ。
鎧=エキドナの連れということは広く周知され、もう私を見て怪しむ者はいなくなった。
通報されたおかげ、というべきだろうか。
「先日はお世話になりました」
「……」
「私は何もしていない」という意思を込めて手を横に振る。
その意図が正しく伝わったかは分からないけれど、彼は小さく微笑んだ。
「聖女様の偉大さを知る度に、己が力の無さを痛感します」
彼は空になった重傷者のベッドを見ながら、しみじみと呟いた。
「マリア様。クリスタ様。ソルベティスト様。ユーフェア様。エキドナ様。今代の聖女様がたはこれまでの聖女様とは異なる力をその身に宿されておりますが……そのことに戸惑いや反発の声も多い、という話はこの辺境の地にまで届いております」
聖女の力は複雑な事情を抱えている。
聖女を管轄する教会が、その力を否定しているのだ。
聖女は神から下賜された奇跡の力をその身に宿す。
癒しと守り、そして極大結界を管理する力。
それらは一般の魔法とは一線を画すものである。
――なのに『魔法の拡大解釈理論』が通用してしまえば、それは神からの贈り物ではなく、何か特殊な魔法の一種ということになってしまう。
教会の教義的に、どれだけ便利であろうとそれは認められないものだ。
信仰が報われ、神から新たな力を賜った――というカバーストーリーを用いれば認めてやると言われたけれど、それはこちらが拒否した。
事実は事実として認める。
『拡大解釈理論』は間違いなく聖女の力に適用されているのだから。
その上で、なぜそうなっているのかを探っていかなければ新たな理論の発見も、技術の発展も望めない。
教会の保守的な態度は、王国の未来を阻害するものだ。
「この地に来られる傭兵も、中には聖女を否定される方もおられます」
「……」
旧聖女派、聖女否定派、憲兵崇拝派、などなど、私たちは何かと敵が多い。
なんだかんだ言って特権階級だから、ある程度は理解できるんだけれど……やはり少し辟易としてしまう。
「確かに、今代の聖女様がたは皆さん個性的でいらっしゃいます。しかし全員が王国を守護する聖女として申し分ない御力と人格をお持ちである、と断言できます」
治癒師は私の手を握り、懇願した。
「我々は聖女の庇護が無ければ生きて行けません。エキドナ様の守護をよろしく頼みます」
「……」
声を出すことはできない。
なので、返事の代わりとして私は力強く手を握り返した。
▼
(遅くなっちゃったわね)
治療区から訓練区へと足早に移動していると。
(……ん?)
大勢の人の気配がして、私は足を止めた。
首を回すと、マーカスのいる作戦本部に十数人ほど、甲冑に身を包んだ集団の姿が見えた。
光を反射する白の甲冑。王都の憲兵たちだ。
(応援が到着したのかしら)
この短期間で申請書類の山を突破したのだろうか。
それにしては早すぎる気がする。
「ちょっと様子を見てみましょうか」
なんとなく引っかかり、私は胸中でエキドナに謝りながら行き先を変更した。
おまけ
治癒師視点
「我々は聖女の庇護が無ければ生きて行けません。エキドナ様の守護をよろしく頼みます」
「……」
無言の守護者は、私の願いに答えるように手を握り返してくれた。
(……!? いて、いててててて!)
少しばかり強すぎる力で。