第十話「石礫」
昼は鎧を被ってルビィの様子を見ながらエキドナの手伝いをして。
そして夜は『極大結界』の外で魔物を退治して回る。
そんな生活を続けること三日目の朝。
いつものように私とエキドナはマーカスの待つ作戦会議室へと向かう。
道すがら、エキドナは色々な人から声をかけられていた。
「エキドナの姐さん、おはよう」
「おはよ」
「こないだは傷を治してくれてありがとな。おかげでまたバリバリ働けるぜ!」
「あんま無茶すんなよー」
傭兵に声をかけられたと思えば、今度は給仕係の女性に手を振られている。
「聖女さま、見とくれよこのトマト!」
「おおー! 今日の晩飯が楽しみだ」
ずっとこんな調子だ。
みんな、私がルトンジェラに来たときと全然違う。
私が嫌われているとかではなく――違うはずだ。たぶん――、エキドナが話しかけやすいのだろう。
エキドナは誰とでも簡単に打ち解けられる性格をしている。
よくよく考えると、ベティやユーフェア、そして私ともあっさり仲良くなっていた。
心なしかマリアもエキドナには甘い気がする。
人徳というものがあるとするなら、エキドナはその数値が恐ろしく高いのだろう。
聖女の能力を鑑みても、他者貢献が色濃く出ていることは明白だ。
(人徳を一つの身体能力と仮定すれば、魔力で補強することもできるのかしら……要実験ね。またエキドナに手伝ってもらわないと)
そんなことを考えていると、前を歩くエキドナがいきなりこちらを振り返った。
「いま、妙なことを考えなかったか?」
「いいえ?」
「なんか首筋がチリチリするような感じがしたんだけどな……」
「気のせいよ。それより、マーカスが待っているわ」
釈然としない面持ちのエキドナの背を押しながら、マーカスの待つ作戦会議室へと急いだ。
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活動期に入ってからというもの、マーカスは作戦会議室に籠もりっぱなしだった。
あちこちに応援要請を出しつつ、結界の外の様子を覗い、適宜指示を出す。
ほとんど寝てもいないのだろう。顔には濃い疲労の色が見えた。
「おっさん、無理し過ぎだぞ」
「いま無理しないでいつすると言うんだ」
聖女の技の中には疲労を緩和できるものがあるけれど、とはいえ限度がある。
今のマーカスほど疲労が溜まっている状態なら寝てもらった方が早い。
「……」
「浮かない顔してどうしたんだよ」
地図を見ながら神妙な顔をするマーカスに、エキドナが訪ねる。
「いや……妙だと思ってな」
「妙?」
「活動期にしては中央から来る魔物の数があまりにも少なすぎる。いや――」
一度頭を振ってから、マーカスは言い直した。
「来る数は変わっていない。変わっているのは、死んでいる魔物の数だ」
活動期特有の強力な魔物が、ことごとく死体となって転がっている。
そのことにマーカスは疑問を呈していた。
「いいことじゃねえか」
「そうとも言えんぞ。実は諜報員が、きりもみ回転しながら地面に突き刺さる魔物を見ているんだ」
ぎくり、と私は鎧の中で身じろぎした。
もしかして、私が陰で動いていることがバレてる……?
エキドナも同じ結論に辿り着いたんだろう。やや緊張を含ませながら、質問を重ねた。
「その諜報員、やった奴の姿をはっきり見たのか?」
「いや。暗がりで相手は分からなかったが、おそらく……」
ごくり、と喉を鳴らす。
マーカスはこれまでにないほど深刻な顔で、こう告げた。
「強力な人型の魔物の可能性が高い。敵味方を問わずに襲い掛かる、とんでもなく凶暴な種だ」
「……そ、そうか」
これまで以上の警戒を呼び掛けるマーカスに、私はひとまず胸をなで下ろした。
とりあえず、バレていないみたいだ。
▼
会議が終わった私は、その足でルビィの様子を見に行った。
初回に通報された失敗を踏まえ、炊事場を通るふりをしながらチラ見する程度に留めている。
「それじゃ、今日も野菜の下処理からやってもらうよ」
「はいっ」
ルビィは愛らしい目をぱっちりと開き、今日も一生懸命仕事に励んでいた。
(芋の皮むきも上手になったわね……! 昨日より二秒も早くなっているわ!)
その成長ぶりに、うんうん、と頷きつつ、私はさりげなく炊事場を通り過ぎようとした。
その時だ。
「あー、腹減った」
一人の傭兵が、ぼやきながらルビィの方へ近づいてきた。
寝起き丸出しの、ぼさぼさ頭を乱雑に掻きながら、
「なあ。メシまだ?」
「あ……えっと、ごめんなさい。まだ下準備の途中なんです」
ルビィが顔を向けると、傭兵はあくびを引っ込めて彼女をまじまじと見つめる。
「君、新人?」
「えっと、はい」
「めっちゃ可愛いじゃん! 名前は!?」
「る、ルビィです」
「ルビィちゃん、か。俺はベイル。よろしく」
そう言いながら、傭兵――ベイルは、ルビィを上から下までまじまじと眺め回す。
「銀貨八枚……いや、君になら金貨を出してもいいな」
「はい……?」
純真なルビィは、自分がいま値踏みされていることを理解していない。
離れた場所で会話を聞いていて良かった。
もし彼が私の射程圏内に居たら、脊髄反射で手が出ているところだ。
私は努めて冷静に、足元の石を拾い上げた。
拳を軽く握り、親指の爪の上に石を乗せる。
「――聖女石礫」
「炊事場で働くなんて勿体ない。俺について来てくれればもっと楽に稼がせぐぼぉ!?」
聖女の力を込めた小石は、大の男の身体をやすやすと吹き飛ばした。
「……えぇ!? あ、あの、大丈夫ですか!?」
彼の元に駆け寄り、抱き起こそうとするルビィ。
その優しさに感動を覚えながら、私はルビィの肩を叩いた。
「あれ、あなたは……エキドナさ――じゃなかった、聖女エキドナ様の護衛の方……?」
エキドナと顔見知りだといろいろ面倒になるかも――という理由から、ここではルビィとエキドナは他人ということになっている。
「……」
私は無言で首を振り、ベイルの身体を持ち上げた。
後は私に任せろ、という意味を込めて鎧を叩き、すぐさまその場を後にした。
「おい、何やってんだ」
「何も。何故か急に倒れた傭兵を治療区へ運んでいるだけよ」
「……はぁ。そーゆーことにしといてやるよ」
一部始終を見ていたエキドナが、呆れた表情をしていた。
今週からまた連載再開です
よろしくお願いします