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第七話「活動期」

 詰め所に連行されていた私を、エキドナが慌てて迎えに来てくれた。


「いやー悪い! 連れが迷惑をかけた」


 どうやらマーカスと会談中だったようだ。

 あまりの申し訳なさに、私は肩をめいっぱい縮こまらせた。


「エキドナ様、ご足労頂きありがとうございます。聖女様の護衛の方でしたら、そう仰って下さればすぐ解放させて頂いたのですが……」


 事情聴取していた警備兵が、困ったようにペン先で頬を掻く。


「その、何もお話になられないので」

「……」


 話さないのではなく、話せないのだ。

 声を出せばバレてしまう。

 筆談で『自分はエキドナの護衛です』と説明したのだけれど、実際にエキドナが来てくれるまではかなり疑いの目を向けられてしまった。


 ……まあ、無理もないか。


 エキドナは私の鎧をバシバシと叩きながら、


「こいつ無口な奴でさ。よく不審者と勘違いされるんだよ。よーーーーーく言い聞かせておくから」

「ありがとうございます。我々の方でも、その方が聖女様の関係者であることを周知しておきますので」

「そうしてもらえると助かる――ほらクリス、行くぞ」


 まるで悪さをした子供を引き取る母親のような面持ちで、エキドナは何度も警備兵に頭を下げながら退出した。

 私も一礼してから、後に続く。



 ▼


 一旦宿に戻ったエキドナは、私の前で腕を組んで仁王立ちした。


「目立つことはするな、って言ったと思うんだけどな」

「ごめんなさい」


 今回の私はあくまでエキドナの護衛――という(てい)でここにいる。

 悪目立ちすることで彼女の評判が悪くなるようなことだけは避けたい。

 いや、さっきまでもそう思っていて気を付けていたんだけど……。

 とにかく、より注意を配るようにしようと心に決める。


「……ったく。今後は注意しろよ」

「ええ。ルビィの観察は最大でも一時間だけにしておくわ」

「分かってないなお前」


 エキドナはため息をつきながら、部屋に備え付けてあった鏡を私の顔の前に持ってきた。


「こんな厳つい鎧男が炊事場を見ていたら誰だって怖がるだろうが」

「う……じゃあ、三十分だけ」

「五分にしろ」

「そんなっ」


 私は悲鳴を上げた。

 ルビィがすぐ傍にいるというのに、五分しか見守れないなんて!


「魔物の軍勢がルビィの手料理目当てに押し寄せてきたらどうするの!?」

「どういう状況だよ……恨むんなら、そんな厳つい鎧を見繕った自分を恨め」

「うぅ……」

「とにかく、今日はもうルビィの所に行くのは禁止。アタシと一緒にいろ」

「分かったわ」


 項垂れながら、私は部屋を出るエキドナの後を追った。



 ▼


「用事は終わったのか?」

「ああ。待たせたな」


 マーカスはギルドの本部を離れ、治療区に来ていた。


 怪我人はエキドナがほとんど治してしまったけれど、それで仕事が無くなる訳ではない。

 次の怪我人がいつ運ばれてきてもいいように、建物内の衛生環境を整えたり、薬草を調合したり、包帯などの備品を補充したり――と、することは山ほどある。


 治癒魔法なら道具は最低限で済むけれど、あれは扱いが難しく、使える人間は限られている。

 なので重傷者にのみ使用し、軽度の怪我は普通の衛生兵が対応する――というのが通例だ。


「じゃ、さっきの話の続きからだな」

「ああ。観測班からたった今、大陸中央が『活動期』に入ったと正式に報告があった」


(え!?)


 マーカスの言葉に、私は鎧の中で思い切り動揺した。


 大陸中央は魔物の坩堝(るつぼ)だ。

 激しい生存競争が繰り返されており、負けた種は殺されるか、野に降りてくる。

 それが通常よりも多くなる時期があり、それを私たちは『活動期』と呼んでいる。


 野に降りた魔物のほとんどが目指す先は――ここ、ルトンジェラだ。

 ルトンジェラに魔物が集まるのはこの国の政策なので仕方が無い。


 問題は――タイミングだ。


(まさかルビィが来ている時に『活動期』に入るなんて……)


 やって来る魔物は敗走した種とはいえ、そこらで生まれる魔物とは比較にならないほど強い。

 傭兵達が手こずっていたあの大蛇の魔物も、尻尾が食いちぎられていた。

 おそらく中央で戦いに敗れ、命からがら逃げ出してきたんだろう。


「前回は二年前だったっけ? 周期が早まってないか?」

「ああ。何らかの前兆かもしれんが……とにかく、今は『活動期』をどう乗り切るか、だな」


 真剣な表情で話し合う二人の後ろで、私は頭を抱えた。


 ひとたび『活動期』に入れば、非戦闘員のいる区域に魔物の侵入を許す可能性は飛躍的に上がる。

 そうなれば、ルビィに被害が及ぶ可能性も上がってしまう。


「非戦闘員の補充はできてるみたいだけど、肝心の戦闘員は?」


 兜の中で目を回す私を余所に、エキドナが尋ねる。

 マーカスのことだ。既に手配はしているはずだが……。


「他の地区から応援を要請したんだが、断られた」

「憲兵は? あいつら暇してるぞ」

「突破する審査と書かなければならない申請書が多すぎる。来てもらう頃には『活動期』も収束しているだろうな」


(つまり今の戦力でどうにかしなければならない、ってこと?)


 新種の魔物が相手では、どうしたって怪我人は増える。

 エキドナの力があれば問題はないけれど、際限なく使える訳じゃない。


「多少の犠牲はみんな覚悟している。ここはそういう所だからな」

「……」


 結界の穴は、戦うことしかできない傭兵に仕事を与える場でもある。

 魔物との戦闘で命を落とすことも、彼らは了承済みだ。

 マーカスが演説で言っていたように、非戦闘員であってもそれは同じこと。

 彼の言う通り――ここは『そういう場所』なのだ。


 分かっているけれど、その中にルビィが入ることだけは姉として決して看過できない。


「エキドナ。いつもより辛い仕事になるが、よろしく頼む」

「任せとけって。そのための聖女なんだからな」

「……」


 親指を立てるエキドナの後ろで、私は静かに決意する。



 ▼


「エキドナ」


 会談が終わった帰り道にて。

 私は彼女に、こう提案した。


「魔物を駆逐しましょう」

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[一言] 逃げて来た魔物 「おい!命からがら逃げてきたら、奴らより非常識に強いのがいるんだか?なんだあの毛無ゴリラ?」
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