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第六話「成長」

 魔物の後始末は助けた傭兵に任せ、私とエキドナは一足先に宿へと戻った。


「慌ただしい初日だったわね」

「ホントにな」


 じぃ、とエキドナは半眼を向ける。


「正体を隠したいんならもう少し工夫しろよな」


 毒を浴びても平然とした私を見て、傭兵たちは震え上がっていた。

 エキドナが「アタシが毒を無効化した」と誤魔化してくれなかったら、化物扱いされたままだっただろう。


「あんなモンがお前に効かねーのは分かりきってるけど……せめてフリでいいから避けろよな」

「ごめんなさい。つい忘れていたわ」


 私の防衛本能は常人より鈍い。

 「下手に避けて攻撃の機会を失うくらいならぶん殴れ」が先に来ているのだ。

 【聖鎧】を使い続けている弊害だろう。


 エキドナは備え付けの椅子に足を広げて座りながら、やれやれと肩をすくめた。


「ま……緊急だったし、お前の手を借りて楽をしようとしたアタシにも責任はあるな。次からはアタシだけでやるよ」

「そこは遠慮しなくてもいいのに」


 なんだかんだとエキドナにはいつも助けて貰っている。

 『極大結界』の維持をこっそり変わって貰ったり、実験に協力して貰ったり。

 エレオノーラ領とエキドナの家が近いこともあり、自然と彼女に頼ってしまうことが多い。

 あんな魔物を一匹倒したくらいじゃ返せないくらいの借りがたくさんあることは自覚している。


 今回ここに来たのはルビィを見守るためだ。

 だけど、エキドナへの借りも少しは返せれば良いな……なんて思ったりもしている。


「アタシのことはあんまり気にすんな。ルビィのことだけ気にしてろ」

「……ありがと、エキドナ」


 私は本当に、いい友を持った。



 ▼


 翌朝。

 太陽が頭上に回った頃、補充人員を乗せた馬車がやってきた。

 その中に、我が最愛の妹の姿があった。


「皆、よく来てくれた。国王陛下よりこの地の統括を任されているマーカスだ。短い間だがよろしく頼む」


 ルビィは少しだけ緊張した面持ちで、壇上に立って歓迎の演説をするマーカスを注視していた。


「君たちには調理や掃除・洗濯などを担当してもらう。『極大結界』の外――戦闘区域に入るようなことはないので安心してくれ」


 安心。

 その言葉を聞いた途端、何人かの肩から力が抜けたように見えた。


「ただ――完全なる安全は保証できない」


 マーカスがにこやかな表情を止めると、僅かに緩んだ空間に再び緊張が走った。

 彼は両手を広げ、周辺を指し示す。


「ここはルトンジェラだ。大陸中央から野に降りてくる魔物はどれも強力で、前線を突破される可能性は常に孕んでいる。現に昨日も、この近くまで魔物の侵入を許してしまった」


 マーカスは昨日、大蛇の魔物が侵入したことを合わせて説明すると、ルビィを含めた補充人員たちは顔を青ざめさせる。


「君たちが非戦闘員であろうと、魔物はそんなことを気に掛けてはくれない」

「ひっ……」


 ルビィの近くに居た女の子――ルビィと同い年くらいだろうか――が、マーカスの雰囲気に気圧され、尻餅をついた。

 彼女に手を差し伸べながら、マーカスは表情を元に戻す。


「驚かせたようだな。すまない。だがここでは常に魔物の脅威が潜んでいる。そのことを忘れないでくれ」

「は、はい……」


 ごくり。

 ルビィは小さく喉を鳴らし、細い腕で拳を握り締めていた。



 ▼


 マーカスの話が終わると、ルビィは調理区への移動を命じられていた。

 エキドナに断りを入れてから――「もう目立つことはするなよ」と釘を刺された――、私はルビィの仕事ぶりを物陰から窺うことにした。


「まずは芋の皮剥きからやってもらうよ。できるかい?」

「は、はい」


 中年の女性に芋と包丁を手渡され、ルビィはたどたどしくも皮を剥く。


「で、できました!」

「皮に身が残っちまってるね。もう少し包丁の根元を持つとやりやすくなるよ」

「こ……こう、ですか?」

「そうそう。上手じゃないか」

「え、えへへ」


(……)


 料理なんて全くできなかったあのルビィが、芋の皮を剥いている。

 その光景を見ているだけで、目元にじわりと水分が増えた気がした。


「よし。それじゃ次は下茹でだ。一度にたくさん入れると湯が冷めちまうから、少しずつ入れるのがコツだよ」

「はいっ」


(……)


「時間が経ったらこの串で刺すんだ。スッと通れば中までしっかり熱が通っているからね」

「はいっ」


(……)


「茹で上がったものは取り出して、この道具で潰していくよ。冷めるとやりにくくなるから、ここは素早くね」

「はい!」


(る……ルビィ~~~~!)


 てきぱきと仕事をこなしていくルビィに、私はだばだばと涙を流していた。


(料理はからっきしだったはずなのに……成長したのね……! すごいわ、偉いわ!)


 駆け寄って頭を撫で回したいけれど……ぐぐぐ、と堪える。

 いま、私がここにいることを知られてはならない。

 バレたらきっと、マリアは私を連れ戻しに来るだろう。


 正体を明かせない以上、このままルビィに抱きついたらただの変質者になってしまう。


(堪えるのよクリスタ・エレオノーラ……! こうして影からルビィの成長を見守ることこそ、姉たる者の務め……!)


 歯を食い縛りながら、私は物陰からルビィの様子を見ることだけに徹した。








 なのに何故か、不審者として通報されてしまった。

 ……どぼぢで。

おまけ


周辺の人視点


「ねぇ。あの鎧の人……物陰から新人の子をずっと見ているわよ」


 大きな鎧を装備した人物が、身体を精一杯縮こまらせて物陰から料理している女の子を見ている。

 これを異様と言わずして何と言おうか。


「とりあえず通報しておこう」

「そうね」

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― 新着の感想 ―
[一言] いいこと思い付いた。 「私はアヤシイ人ではありません。」 ってのぼり背中に背負ってを立てて潜んでればいいんじゃないかな?
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