第五話「宣言通り」
「本当に助かった。ありがとう」
治癒が終わり案内された宿の中で、エキドナはマーカスに深く頭を下げられていた。
「これがアタシの仕事なんだから、わざわざ礼を言われる必要なんてねーよ」
「重傷のパーティ以外も治癒してくれたと聞いているぞ」
「あんなのはついでだ」
エキドナはあの後、怪我の大小を問わず片っ端から治癒を行った。
彼女のおかげで治療区のベッドはいま、ほぼ空になっている。
聖女を含め、治癒魔法は基本的に一対一でしか使えない。
しかしエキドナは複数人に対して治癒が可能だ。
多人数に使ったとしても一人一人の効果が弱まることもない。
一般的な治癒師十人分以上の働きも、彼女にとっては言葉通り「ついで」でしかない、というわけだ。
「その『怪我人が立て続けに』なんだけど」
エキドナは恥ずかしそうに頬を掻いていた指を止め、マーカスを差した。
「新種の魔物が出たのか?」
「ああ。つい三日前に、な」
王都で調べた時、新種が出たという情報はなかった。
まさにその時、この地に新種が出ていた……ということだ。
タイミングの悪さに、私は目眩を起こしそうになった。
「幅一メートル、全長は五メートルをゆうに越える大蛇の魔物だ。毒を吐き、人間も家畜も締め上げて丸呑みにしちまう」
エキドナが最初に治癒した四人パーティの活躍により、なんとか追い返しには成功したらしい。
ただ、逃げられた先は結界の外ではない。
『極大結界』内部の、森のどこかだ。
新種の魔物が今まさに、この付近に身を潜めているらしい。
(最悪だわ……)
私は頭を抱えた。
魔物の多くは研究が進み、ある程度の対処法が確立している。
けれど、新種はどういう脅威があるのか分からない。
これまでと同じ姿形をしていても、行動や攻撃方法が全く違うことも当たり前のようにあるのだ。
それ故、危険度は通常よりも桁違いに高い。
大陸中央に近いここルトンジェラでは、新種に遭遇する確率も高い。
前線区域を突破され、非戦闘区域まで被害を受ける――なんてことも十分に考えられる。
もし、たまたまそこにルビィが居合わせたりしたら……。
「マーカスのおっさん。その魔物、どの辺りにいるか分かるか?」
「詳細は調査させている最中だ」
「おおよその場所だけでいーよ。あとは自分で探すから」
「自分でって……まさか」
エキドナは静かに立ち上がり、歯を見せて笑った。
「寝る前にもう一仕事だな」
▼
「聖女ライト」
今夜は月が出ているとはいえ、やはり夜は暗い。
光源を出しながら、私はエキドナに頭を下げる。
「ありがとね、エキドナ」
「なにが」
「私のために退治を申し出てくれたんでしょ?」
エキドナは好戦的な性格ではない。
弱点のこともあるし、わざわざ自分から退治しようと言い出すなんて妙だ。
彼女をよく知る私からすれば、今のエキドナの行動はとても違和感がある。
その違和感の元が――私だ。
私がルビィを心配していることを読んだ彼女が、あえて理に合わない申し出をしてくれた。
エキドナはそういった人間の感情の機微にとてもよく気が回る。
私が同じ立場になっても、同じような行動はできないだろう。
そういう性格的な意味も含めて、エキドナは私と正反対だ。
「さすが我が友ね」
「ちげーし。新種がうろついてるなんて聞いたら安眠できねーだろ」
顔を背け、頬を掻くエキドナ。
私はそれが、褒められたりすると行う照れ隠しの仕草だと知っている。
「ふふ」
「笑ってねーで仕事しろ」
「任せて。一発でぶっ飛ばすから」
私は鎧の上から拳と拳を合わせ、がちん、と音を鳴らした。
▼
「エキドナ。これ」
しばらく周辺を散策していると、妙なものを発見する。
土が何かで擦れたように抉れている。
大きすぎて違和感があるけれど、これは間違いなく……。
「蛇が通った跡、だな」
「幅一メートルくらい。マーカスが言っていた新種の情報とも一致するわね」
「まだ土が乾いていない――近くにいるぞ」
抉れた土に触れ、エキドナは警戒を促す。
その瞬間――。
「う、うわあああああ!?」
少し離れた場所から、悲鳴がこだました。
そちらに目を向けると、木々よりも高く傭兵の身体が宙吊りにされている。
彼を持ち上げているのは――毒々しい紫色の身体をした、大蛇の魔物。
「この――野郎!」
「離しやがれええ!」
彼の仲間と思しき傭兵が二人、大蛇を斬り付けているけれど、硬い鱗に覆われているせいか全く歯が立っていない。
「蛇のくせに夜も活動するのかよ!」
エキドナは毒づいた。
魔物は一般的な生物を模した『何か』であり、詳細は分かっていない。
しかし、生態は元の生物に近い。
狼型の魔物なら狼の生態に。
鳥型の魔物なら鳥の生態に。
そして蛇型の魔物なら、蛇の生態を模しているはずだ。
蛇は大半が昼行性――つまり、夜は動きが鈍くなる。
しかしここから見る限り、あの大蛇は夜でも活発に動けるようだ。
大蛇は素早い動きで傭兵の身体に巻き付き、暴れないように縛り上げる。
「クリスタ!」
エキドナが言い終わるよりも早く、私は駆け出していた。
彼我の差は三十メートルほど――間に合わない!
助けに向かう私たちを嘲笑うかのように、大蛇の魔物は足元の傭兵を尻尾でなぎ払い、宙吊りにした獲物の身体を締め上げた。
「ぎゃああああああ………………あ?」
傭兵の悲痛な叫び声は、途中で困惑に変化した。
「あ、あれ? 痛くないぞ」
頑強な鎧ですら形を失いそうな力を受けながら、傭兵は痛みにうめくことすらしなかった。
彼だけではない。
吹き飛ばされた彼の仲間達も、平然と起き上がる。
「……俺たち、なんで怪我してないんだ?」
「【守勢の軍歌】」
エキドナは元の場所で膝をつきながら、傭兵たちを結界で守っていた。
彼女は治癒だけでなく、結界も複数人を対象に使用できる。
一般的な魔法は、手元を離れれば離れるほど効果が減少していく。
けれど、エキドナにその常識は通用しない。
治癒も、結界も、補助も。
範囲内にいるならば、距離に関係なく同じ効果を出すことができる。
――周囲の人間を補助することで「守り」と「癒し」を与える。
これがエキドナなりに聖女の力を『拡大解釈』した結果、発現した能力であり、彼女が『扶翼の聖女』と呼ばれる所以でもある。
「ナイスよ、エキドナ!」
傭兵も魔物も、突然の出来事に困惑している。
その隙を縫って、私は大蛇の元に辿り着いていた。
「とりあえず頭を潰しておきましょう」
木々よりも高く上げた頭に向かって、私は跳躍した。
大蛇の魔物が遅まきに気付いて毒を吐くが――【聖鎧】に守られた私にそんなものが通じるはずがない。
毒を正面から浴びながら、構わず拳を握り締める。
「聖女パンチ(小声)」
傭兵がいるので、いつもより小さめの声と共に拳を斜め下に振り抜く。
確かな手応えと共に大蛇の頭が地面にめり込み、そのまま動きを止めた。
「よし。宣言通り、一発ね」
おまけ
傭兵視点
毒を全身に浴びながら平然としている鎧の人物を見ながら、彼らは震えていた。
「ば、化け物……」




