第三話「同行者(無理やり)」<エキドナ視点>
「あんがとな、オバちゃん。メシ美味かったよ」
宿の女将にそう言うと、オバちゃんは気さくな笑みを浮かべて腰に手を当てた。
「そりゃあ良かった! 聖女さまのお口に合って何よりだよ」
聖女なんて大層な役職をもらってはいるけど、アタシことエキドナは元々寂れた村の出身だ。
あまりに高級すぎるものより、こういうところで出してもらえる素朴な食事のほうがよほどいい。
現在、アタシはルトンジェラ地方に行く途中だ。
もちろん観光や武者修行が目的じゃない。
国を守る聖女として、結界の穴の視察に向かっている。
「しっかり頼むよ、聖女さま!」
「あいよー」
オバちゃんをはじめとした村の人々に見送られながら、アタシは馬車の中に乗り込んだ。
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聖女の扱いは地域によって差があり、大別すると三つに分けられる。
王都周辺は教会が睨みを利かせているため、貴族――あるいはそれ以上の待遇を受ける。
内縁部の一部では、税金泥棒と陰口を叩かれる。
そこから外縁部に行くにつれ、聖女は神聖視される。
特に、北東方面はそれが顕著になる。
北東――ルトンジェラ地方は大陸の中で最も魔物の巣窟に近い場所だ。
その地に住まう人々は『極大結界』がどれほど有難いものなのかを肌で感じているんだろう。
「まあ、アタシが担ってる割合なんてたかが知れてるけどな」
『極大結界』はアタシを含めた五人の聖女の力で構成されている。
けれど、負担する割合は均等じゃない。
具体的に言うと、最も魔力値の多いクリスタの負担が一番大きい。
基本的にそれぞれが割合を守って魔力を出しているけど、一時的に割合を変えることもできる。
聖女といえど人間だ。
女である以上、どーーーーしても体調が悪くなる日は嫌でも巡ってくるし、事情があって負担できない場合もある。
こないだクリスタがセオドーラ領に殴り込みをかけたときみたいに、当事者同士で相談すれば、割合の変更はできる。
「それにしても、いつまで経っても慣れねぇな」
馬車の中で一人ごちる。
聖女さま。
そう呼ばれることに、いつも違和感を覚えていた。
単なる村人なのに。
他の奴らみたいに大層な力もないのに。
同じ『聖女』として扱われていいのかな。
「聖女ってガラじゃないんだけどなぁ」
聖女になれたことは……まあ、悪くはない。
日々の暮らしも随分と楽にしてもらってるし、好きなことも割と自由に――これはクリスタのおかげだけど――やらせてもらえている。
少しどころじゃない個性的な仲間のおかげで退屈せずに済んでいる。
クリスタの実験に協力させられるのだけは勘弁して欲しいけどな。
「ま、『聖女』の名前を悪くしないよう、できるだけ頑張るか」
頭の後ろに両手を置き、アタシはのんびりと窓の外を見やった。
――ほんの一瞬、そこに影が差した。
一頭の馬が通り過ぎた際、入り込んでくる光を遮ったんだ。
馬が馬車を追い越すことは大して珍しくはない。
馬単体で走る方が早いのだから、追い越して当然だ。
けど、その馬が馬車を通せんぼするように止まることは珍しいどころの話じゃない。
――しかも、馬を操っている奴は顔見知りだった。
「クリスタ!?」
アタシは悲鳴を上げた。
両手を広げて行く手を阻んだのは、何やら巨大な荷物を抱えた同僚の聖女だった。
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「――というわけで、私もルトンジェラ地方に同行するわ」
「何がというわけだ」
馬車に乗り込んできたクリスタから事情を聞いたアタシは、いやいやと手を振った。
「お前、今日は外せない用があるとか言ってなかったか?」
「学会で発表があったけれど、代わりを頼んだわ」
「……それって交代できるのか?」
「普通は無理よ。けれど交代者は優秀だから、きっとなんとかしてくれるわ」
ただの村人のアタシには学会がどうのこうのとか小難しいことは分からない。
本人が大丈夫ってんなら構わないみたいだけど、同行するのは大丈夫じゃない。
「他の場所ならともかく、結界の穴はさすがにマズくないか?」
聖女は国の守護者だ。
そのため、みだりに集合しないようにと普段から言われている。
安全な王都ならまだしも、これから行く先は危険なルトンジェラ地方だ。
結界の穴へは事前に承認が無ければ二人で近付くことは許されていない。
「大丈夫よ。私より強い魔物なんていないし」
「それが冗談に聞こえないところが怖ぇよ」
クリスタが歴戦の傭兵ですら歯が立たない新種の魔物をパンチ一発で撃退したという噂は聞いたことがある。
こういう話は基本的に尾ひれが付くものだけど、クリスタの場合はそれが誇張に聞こえない。
「同行についても問題ないわ。ちゃんと対策を練っているから」
「対策?」
「これを見て」
クリスタは、持っていた荷物をがさごそと漁った。
金属が擦れ合う音から察するに鉄っぽいものみたいだけど、それにしてもデカい。
「……鎧?」
袋の中から出てきたのは、厳つい兜だった。
がっちりと目元まで守るタイプのものだ。
「ルビィに着せるつもりか?」
「まさか。私が着るのよ」
「なんでだ?」
そんなものを着なくとも、クリスタには【聖鎧】がある。
この鉄を紙くずみたいに斬り裂く魔物の爪でも、クリスタには傷一つ付けることはできないのに。
「これは身を守るためのものじゃなくて、カムフラージュ用よ」
「カムフラージュ?」
「ええ。ここ最近、不本意だけれどマリアから折檻を受けてばかりだわ」
「うん。そこについてアタシからは何も言えねーわ」
少し――かなり――相当――度が過ぎているとはいえ、妹を守りたいというクリスタの気持ちはよく分かる。
けど、規則は規則だ。
こないだ協力したときも、アタシは怒られる覚悟を持って『極大結界』を肩代わりした。
けれどクリスタはどうして怒られたのか、全然分かっていない。
(相当頭がいいはずなんだけど、どこかズレてるんだよな……)
胸中で独りごちながら、クリスタの言葉に耳を傾ける。
「今回もたぶんバレたら怒られるわ。だからこその鎧よ」
兜を被り「ほら」と自分を指差すクリスタ。
「こうすれば誰だか分からないでしょう?」
「まあ……そうだな」
鎧はかなりデカい。
身体の凹凸も隠れてしまうので、こんなゴツいものを被った奴が女――しかも聖女とは誰も思わないだろう。
「要するに……ルトンジェラではその鎧を着たまま過ごす、ってことか」
「ええ。これに身を包んでおけば私――クリスタがいたという事実は残らない」
兜を被ったまま、クリスタは両手を腰に置いて笑う。
「こうしてルビィを影から見守り、危なくなったら助ける! それが今回の作戦よ!」
「……ま、好きにしてくれ」
マリア婆さんの勘の鋭さなら一瞬で看破されそうだが――水を差すのも悪いので、アタシは何も言わずに目を逸らした。
窓の外の景色が移り変わる。
――間もなく、ルトンジェラ地方に到着だ。
おまけ
クリスタに後を任された優秀(?)な学者
「え、この山の中から論文を探さないといけないのか……?」
ぐちゃあ、と書類が散乱した机の前で、彼は立ち尽くしていた。