第二話「頼りになる仲間」
「……駄目ね」
念話紙でベティと連絡を取ろうと試みたけれど、繋がらなかった。
聖女の力を転移に『拡大解釈』するベティは国内のあちこちを文字通り飛び回っている。
まさに神出鬼没だ。
念話紙や伝書鳩でも捉えられないことがままある。
一度こうなってしまうと、向こうから尋ねて来ない限り連絡を取る手段はない。
「私も召喚札を残しておくべきだったわ」
マリアに燃やされてしまった召喚札。
あれが残っていれば……。
「落ち着きなさい私。まだ猶予はあるわ」
頭の中で王国内の地図を開く。
ルトンジェラ地方は実家・エレオノーラ領よりも王都の方が近い。
手紙が届くまでの時間差を考慮しても、ルビィはまだ現地に到着していないはずだ。
馬を乗り継げばルビィよりも十分に早く辿り着ける。
「まだ慌てるような時間じゃないわ」
深呼吸をしてから、次の手に打って出る。
向かう先は教会だ。
▼
「これはこれは聖女クリスタ様。このように朝早くから教会にお越しになるなんて、ようやく神の偉大さにお気づきに――」
「先を急ぎますので」
いつものように神の銅像の前でたむろしている神官たちの横を倍の速度で通り過ぎる。
普段以上に素っ気ない態度に、背中から「なんだあの女は!」という声が届いたけれど、完璧に無視した。
急いで向かった先は、教会の資料室だ。
機密性の高い資料――礼拝参加者の人数や信者の増減数といったものから、各地に出没する魔物に関するものまで――が数多く保管されているため、限られた一部の人間しか入ることを許されていない。
聖女は、その限られた一部の人間の一人だ。
ノブに触れると、がちゃりと音がしてひとりでに鍵が開く。
魔法で特殊な施錠が施されており、入室資格のある者が触れるとこうして開けることができる。
やや埃っぽい室内には鉄製の本棚が並んでおり、過去五年分の記録がぎっちりと収められている。
保管期間を過ぎたものは地下資料室――この間、マリアに罰として整理を命じられた場所だ――に適宜移動させているので、常に新しい資料だけを参照できる。
「ルトンジェラ地方は……あった」
頑丈な本棚から目的の資料を取り出し、それを開く。
何度か言ったように、聖女の『極大結界』は完全ではない。
四方には結界の穴が空いており、魔物はそこから自由に出入りできる。
聖女の力が足りなくて王国全土に『極大結界』が及ばない……という訳ではない。
結界の穴は、あえて空けている。
これには様々な理由がある。
一つは国際的な非難を避けるため。
魔物による被害はこの大陸すべての人間が背負うべき問題だ。
この国だけ『極大結界』で魔物を避ければ当然ながら批判を受けてしまう。
余計な反感を買わないためにも、魔物の受け入れと間引きは絶対にしなければならない。
そしてもう一つは、経済を回すため。
魔物を屠る傭兵。
武器を供給する鍛冶屋。
薬草を調合する薬屋。
小道具を提供する道具屋。
討伐した素材を買い取る諸々の業者。
傭兵を取りまとめるギルド。
傭兵を中心として、一つの経済圏が出来上がっている。
『極大結界』を完全なものにすることは、彼ら全員の仕事を奪うことに等しい。
他にも、傭兵の間口を広くしておくことで職にあぶれた者たちを拾い上げるという狙いもある。
人は働かなければ食べていけない。
働き口が見つからない者の末路は決まって野盗だ。
傭兵は、他人から奪うことでしか糧を得られない者達への救済になるという一面もある。
魔物は脅威ではあるけれど、同時にいくつもの恩恵をもたらしてくれる。
それを完全に遮断しても国力を維持できるほど、この国は強くない。
まあ要するに、『極大結界』を不完全にするだけで良いことがたくさん転がってくる。
だから空けている――という訳だ。
その分、穴の周辺部は内地よりも危険だ。
人死になど毎日のように起こる。
聖女という職業上、四つある結界の穴にはすべて行ったことがある。
中でもルトンジェラ地方は最も危険な地域だ。
そんな場所にルビィが行く。
想像しただけで髪を掻きむしりながら暴れ狂い、卒倒してしまいそうだ。
「――しっかりしなさい、私」
自分の頬に聖女パンチして意識を覚醒させる。
焦らず、驕らず、まずは情報収集をしっかりすること。
それが危険区域に向かうための鉄則だ。
「大丈夫。いつものように冷静に落ち着いて行動できているわ」
ここで慌てふためいて馬車に飛び乗るような愚は侵していない。
自分の行動を客観視しながら、私は自身を「ちゃんとやれて偉い!」と褒めた。
「――……よし」
資料を調べ終わる。
ここ数ヶ月、注意を払うべき特異な魔物の出現報告はない。
「何も問題はないわ」
少しだけ引っかかる点はあったけれど、それが何かまでは思い至らず、私はその疑問を捨て置いた。
「問題どころか、嬉しい誤算だわ」
聖女の仕事の一つに、結界の穴の視察というものがある。
今回、タイミング良くルトンジェラ地方に向かう聖女がいるのだ。
彼女は危険の多い場所で人を守るために打って付けの能力を持っている。
彼女に頼めば、ルビィの守りは完璧だ。
「急いで行けば、現地入りする前に追いつける!」
私は資料を元の場所に戻し、聖女が辿るであろう道筋と、そこに追いつく手順を頭の中で組み立てた。
「頼りにしてるわよ――エキドナ」
おまけ
NG集
「――しっかりしなさい、私」
自分の頬に聖女パンチして意識を覚sへぷぅ!?
クリスタは自分のパンチ力を侮っていた。