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【閑話】妹を溺愛する理由<エキドナ視点>

 とある日の昼下がり。

 アタシことエキドナは、同じ聖女であるクリスタの家に招待され庭先で茶を飲んでいた。


 初めて来たときは緊張でガチガチになったり、自分の家と同じサイズの馬小屋に言葉にできないモヤモヤを抱えたりしたが、今はもうすっかり慣れたもんだ。


「エキドナ様。おかわりはいかがですか?」

「ああ。頼む」

「畏まりました」


 ……こんな風に、メイドにお茶を頼むことにもようやく抵抗感がなくなってきた。

 「様」って呼ばれるのは未だに鳥肌が立つけどな。


「ほら見てエキドナ。可愛くない?」

「ああ、そうだな」


 クリスタはアタシと同じ茶を飲みながら、洋服のカタログをぐいぐいと見せてきた。

 今度、妹であるルビィにプレゼントする洋服を選んでいるらしい。


「どれがいいかしら。迷うわ」


 ひとつひとつ、洋服の柄やデザインを吟味するクリスタ。

 その金額を見ただけで、アタシはくらくらと目眩がした。

 『魔女の遊び場』に頭から突っ込むくらいの覚悟がないと、とても買えない値段だ。

 クリスタの実家エレオノーラ家は貴族では中の下くらいらしいが……生活水準を見ていると、平民と貴族にはまだ大きな隔たりがあることを実感せざるを得ない。


「ねぇ。エキドナはどれが良いと思う?」

「どれでも」

「そうね、どれを選んでもルビィが可愛いという事実は変わらないわね」

「……」


 アタシから見たクリスタは、はっきり言って「変」だ。


 めちゃくちゃ頭の良い研究者。

 歴代最高の魔力値を持つ聖女。

 さらに美人でスタイルもいい。


 これだけの要素があるにも関わらず、アタシの印象は今も昔も変わらず「変」のまま固定されている。

 その理由がこれだ。


「いっそ全部買うのもありね」

「やめとけ。仕立屋さん泣くぞ」


 口を開けば妹、妹、妹。

 クリスタを構成するすべては、妹を中心に据えられている。


「ていうか、アタシに聞いてどうすんだ」


 アタシの観点から言えば洋服選びは『頑丈で長持ちするかどうか』だけだ。

 暖かいとか涼しいとかがその次で、可愛いとかは割とどうでもいい。


 平民と貴族では感覚も違いすぎるので、アドバイスなんてできるはずがない。


「私もこういうセンスはからっきしなのよね」


 真剣な表情でカタログを吟味するクリスタ。

 ……少し前、マリアに頼まれた仕事はあんなに嫌そうな顔をしていたのに。


「そういや気になってたんだけど、なんでそんなにルビィのことが好きなんだ?」

「決まってるじゃない。私が姉だからよ」

「そういうことじゃねーよ」


 理路整然と事実を並べ立て、時には教会の偉いさんすらも黙らせる理論派のクリスタだが、何故かルビィが絡むと論理が破綻する。


「なんかそういうきっかけとかあったのか?」

「ええ、あるわよ。あれは十年前」


 カタログを一旦置き、クリスタは過去を夢想するように顔を上げた。


「当時の私は愚かにも、ルビィの可愛さを何も理解していなかったわ」



 ▼ ▼ ▼

 <三人称視点>


「ほら見てクリスタ。可愛いお洋服でしょ」

「いえ。去年頂いたものがまだ着られますので」


 ぬいぐるみやアクセサリー、洋服。

 少女なら目を輝かせるものに、クリスタは一切の興味を示さなかった。


 本を読み、問題を解く。

 機械を分解し、その構造を調べる。

 魔法を観察し、その原理を推察する。


 そういったことにしか関心を向けなかった。


 エレオノーラ領では天才と持て囃されたが、外に出ればただの変人だ。


 特に社交の場では全く馴染めなかった。

 いや、そもそもクリスタに馴染む気など毛頭なかった。


 彼女が社交パーティに参加する理由。それは――


「あの、良ければ僕とダンスを――」

「いえ、忙しいので」

「え……えと。なにをされているのですか?」

「あれ」


 ダンスを誘ってきた少年の方を見ることなく、クリスタは天井を指差した。

 彼女の視線の先には、部屋を照らす魔法の光がある。


「……灯りがどうかしたんですか?」

「どういう原理で光っているのか。それが気になって」

「はぁ?」


 途端に貴族の少年は眉をひそめた。


「ちょっと可愛いから声かけたのに……変なヤツ!」


 そう吐き捨て、少年はクリスタの元を去っていく。

 少年の言葉に何を思うでもなく、クリスタは観察を再開する。


「……」


 社交の場に行くこと自体は好きだった。

 エレオノーラ領にはない不思議な道具がたくさんあり、とても興味深い。

 しかし、声をかけられる事は好きではなかった。

 頼んでもいないのに誘われ、何をしているのかを正直に答えれば変だのと言われ放題。


 あまりにも声をかけられるので、クリスタは分厚いメガネをかけるようにした。

 それからダンスの誘いはピタリと止んだが、彼女を嘲笑する声は増えた。


 ――変人クリスタ。


 それが社交界での彼女のあだ名だった。



 ▼


「ただいま」

「おねーさま、おかえりなさい」


 クリスタが実家に帰ると、妹のルビィが出迎えてくれた。

 大して可愛がった記憶はないが、ルビィは何故かクリスタにべったりだった。


「ただいま、ルビィ」

「んふふ」


 ルビィの頭を適当に撫でると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。

 万人を虜にする笑顔も、クリスタの心には響かない。


 クリスタの母は、にこりともしない彼女のことを気味悪がっていた。

 病死する直前に言った言葉は、「あの子にルビィを近付けさせないで」だったそうだ。


 母に異物扱いされる。

 多感な時期にそんな扱いをされたなら、普通、人は歪む。

 しかしクリスタは特に気にすることなく本を読み、魔法の成り立ちを、世界の果てを夢想していた。


(……きっと、私には人の心が無いのね)


 諦めにも似た感情で、クリスタは自分のことをそのように分析していた。


「おねーさま、今日はおねーさまと一緒のベッドで寝てもいいですか?」

「ご自由にどうぞ」

「わーい! 眠るまでお話してくれますか?」

「……あまり面白い話はできないけれど」


 クリスタができる話と言えば、魔法に関するものしかない。

 それも起源の考察や属性の分布など、およそルビィが理解できるものではない。

 それでもルビィは喜んでいた。


「そんなことはありません! おねーさまのお話は、全部おもしろいです」

「……そう」


 何がそんなに嬉しいのだろう。

 この時のクリスタにはそれが分からなかった。



 ▼


 それから一年が経ち、ルビィも社交デビューの日がやってきた。

 人見知りなルビィはとても緊張しており、同席したクリスタを掴む手はいつも以上に力が入っていた。


「これは可愛らしいお嬢さん――って、お前の連れか」


 ルビィをダンスに誘おうとした少年は、クリスタを見るや否や態度を豹変させた。

 いつぞやの、クリスタを変人呼ばわりしたあの彼だ。


「ダサいメガネなんてして何のつもりだ? ここは貴族が交流する場だぞ。その気が無いのなら自分の領に引っ込んでろよ」

「……ルビィ。行くわよ」


 だったら自分のことなど捨て置けばいいのに、彼は事あるごとに声をかけてくる。

 訳が分からないので、クリスタは無視して妹を別の場所に誘導しようとする。


「……ルビィ?」


 ルビィはクリスタの手から離れ――少年に向かって手を振り上げた。

 ――ぺちん、と気のない音がする。


「おねーさまにひどいことを言わないで!」


 目に涙をため、ルビィは少年に向かって怒鳴った。


「――」


 クリスタの心の中で、何かが音を立てた。

 それはまるで氷がひび割れた時のような、実に小気味よい音だった。



 ▼


 ――結局、ルビィの社交デビューは失敗に終わった。

 少年に手を上げた後、パーティが終わるまでずっと泣きながら怒っていた。

 帰る頃に涙は引っ込んでいたが、寝る直前になってもまだ怒りは収まっていない。


「おねーさまはすごいのに……!」

「もういいわよ。さあ、寝ましょう」

「……はい」


 手を広げると、ルビィはクリスタの腕の中にすっぽりと収まった。

 柔らかい髪の毛を撫でていると――いつも感じなかった暖かさを感じる。


 ルビィが少年を怒ったとき、クリスタは自分の心の変化に戸惑っていた。




 嬉しかったのだ。

 自分の為に怒ってくれたことが。

 自分の為に泣いてくれたことが。


「……」


 一度自覚すると、心の中に張っていた氷が溶けていく感覚があった。

 ルビィに触れると、自然と顔が綻んだ。

 母親に強要されてもついぞ動くことのなかった表情が、動いた。


(これが……人の暖かさ、心のぬくもり)


 それを理解した瞬間、クリスタは悟った。

 どうして今まで気付かなかったのだろうと、自分の愚かさに思わず吹き出してしまうほど当然で明瞭な答え。


 ルビィは、世界で一番可愛い妹だということを。



 ▼ ▼ ▼

 <エキドナ視点>


「――という訳なの」

「なるほどねぇ」


 今のクリスタにはちゃんと喜怒哀楽がある。

 それがルビィによってもたらされたモノであると、アタシはこの時、理解した。


 ――ルビィは私のすべてなの。この子がいなければ今の私はなかったわ。


 いつだったか、誰かに放ったクリスタの言葉。

 それは誇張でも何でもない真実だったのだ。


「クリスタ様。ルビィ様がそろそろお戻りになられます」

「残念。作戦会議終了ね」


 メイザにそう告げられ、カタログをいそいそとしまい込むクリスタ。

 今回のプレゼントは当日まで内密にする予定らしい。


「ちなみに、メイザはどれがいいと思った?」

「ルビィ様なら何をお召しになっても似合うと思われます」

「そうよね! やっぱり全部頼もうかしら……」

「鬼かお前は」


 すかさずツッコミを入れながら、アタシはふと、妄想した。

 もしクリスタが、ルビィに心を溶かされていなかったらどうなっていたんだろう、と。


 冷徹なまま成長して、

 魔法研究に勤しみ、

 聖女になって【聖鎧】などの能力を得たとしたら。


 ――果たして、理不尽を押し付けてくる教会に従っていただろうか?

 ――それを事実上、野放しにしたままの王族に愛想を尽かさないだろうか?


 もしクリスタが本気になれば、この国は――。


(……おっかねぇ。変な想像はやめとこ)


 あったかもしれない未来を振り払い、アタシは知らずに冷えた身体を温めるように紅茶を飲み干した。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ妹がいるから安全弁になっているが、いなかったら危険な戦略級兵器だからなあ。
[一言] あれですね。 どっかの姫さんはその身一つで王〇の群れを暴走状態から平常状態に戻して止めたがルビィは巨〇兵よりヤバい奴をその存在で封印したんだな! ………王家がトチ狂ってルビィと婚約という名…
[一言] 情のない変態から、シスコンの変態にグレードアップしたんですね。 さらに理論的な行動からゴリラな行動にグレードダウン・・・と。
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