第十三話「戦いの終わり」
「どこも怪我してないッスか?」
「うん。ありがとう、ベティおねえちゃん」
「……良かったッス」
ベティが助け出した子供達の頭を撫でる。
いつもの悪戯っぽい笑みは成りを潜め、姉が妹に浮かべるような優しい笑顔だ。
「ん、どうしたんスか先輩」
「いえ、いつもそうして笑っていたら可愛いのに、勿体ないと思っただけよ」
「……私、口説かれてるんスか?」
ぷ、と吹き出しながら、ベティ。
「教会相手にももう少しだけ愛想良くすれば、待遇が良くなるかもしれないわよ」
「あんな奴らに尻尾を振るなんてお断りッス」
ベティは教会との仲があまり……いや、はっきりと悪い。
過酷な環境を生きた彼女は、国家権力の腐敗した部分を嫌と言うほど見て育った。
そのため、権力を傘に着た相手を毛嫌いしている。
自分が属している組織を悪く言いたくはないけれど……教会にそういう人は結構多い。
「何にもしてない癖にエラソーなんスよ、あいつら」
「まあ、それに関しては同意するわ」
「神の名の下にって言えば何しても許されると思っているところも嫌いッス。先輩もそう思いませんか?」
「私はどちらかと言うと物事を曖昧なままにしているのが嫌ね」
聖女も結界も神も魔法も、もっとはっきりと確定させた方がスッキリするのに、どうして曖昧なままにしておこうとするのか。
――神の存在は確定していない。少なくとも、雲の上には誰も居なかった。
何気なくそう言っただけで長老達に呼び出されて大目玉を食らったことを思い出し、私は肩をすくめた。
あの調子だと、聖女の力=魔法という理論が認められるのはいつになることやら。
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「ヴァルトルコバルト領、シーナ村」
「うん。そこに私たちの家があるの」
孤児と共に助け出した三人の子供は、西側の出身だった。
王国の西側はこれといった特産品もなく、人口の流出が加速している場所だ。
憲兵の数も減り、治安は悪化しているという。
「その村には行ったことないッスねぇ。一度行ったことがある場所ならちょちょいと送ってあげられるんスけど」
ベティは長距離転移の際、目印となる紋章が必ず必要になる。
それがないと意図しない場所に暴発する可能性がある、とのこと。
「だったら王都まで転移で移動して、そこからは馬車にしましょう」
「いいの?」
「もちろん。私に任せるッス」
「ありがとうお姉ちゃん!」
子供との会話を終えたベティは、彼女たちに合わせていた視線を元の高さに戻し、こちらに向き直る。
「先輩。この子達は私が送ります」
ベティは子供達を全員送り届ける役目を買って出てくれた。
私はあまり子供に好かれないタイプなので、その申し出はありがたい。
私自身は子供を好きなのだけれど、なんというか……怖がられてしまう。
今も子供達はベティにべったりで、彼女の後ろからこっそりと私を見ている。
なんだろう……少しだけ、悲しい。
「もう夜も更けて参りました。今日はシルバークロイツ領で休んでいかれては如何でしょう?」
「ありがたい申し出ッスけど、早くこの子達を元の場所に帰してやりたいので」
ジーノは休むよう提案するが、ベティはそれをやんわりと断る。
王都で宿を取り、早朝から彼らの故郷を目指すとのこと。
「そうですか。是非おもてなしをさせて頂きたかったのですが」
「あはは。じゃあ今度、頃合いを見て行かせてもらうッス」
「ええ、ぜひそうしてください」
「それじゃ、私はこれで」
いつもの気軽さで手を挙げてから、ベティは子供達と輪を作った。
「よーしみんな、手を繋いで。私がせーのって言ったらジャンプするッスよ! せーの!」
一瞬で姿を消したベティと子供達を見送ってから、私はジーノに向き直った。
「私たちも戻りましょうか。シルバークロイツ領へ」
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「よくぞやってくれた」
グレゴリオに事の顛末を報告すると、彼は深く頭を下げてきた。
「成功は疑っていなかったが、まさか本当に半日で敵を壊滅させるとは! 実に痛快だ!」
「手練れがいませんでしたからね」
敵は統率されていたけれど、個々の力は雑魚もいいところだった。
あの中に数人、強者が混じっていればもう少し時間はかかっていただろう。
「お主を唸らせるほどの強者はおらなんだか。それはそれで寂しいという気持ち、よぅく分かるぞ!」
「全然分かってないですね?」
もしかして私、戦闘狂と勘違いされているのでは……?
そんな不安が胸をよぎったけれど、あえて口には出さないでおいた。
「礼をさせてくれ。何か欲しいものはないか?」
「いえ、お気持ちだけで結構です」
「アランはどうだ?」
「絶対いりません」
間髪入れずにぴしゃりと言い切ると、グレゴリオは口を開けて笑ってから――すぐに笑みを引っ込める。
「しかし……侵略に誘拐か。ワシらが想像しているより遙かに隣国の中は穏やかでは無いようだな」
「ええ」
難民が増えるという予想はしていたようだけど、事態はその上を行っていた。
まだしばらくは気を抜けない――グレゴリオはぽつりとそう漏らした。
「まあいい。もし奴らが攻めてくれば、シルバークロイツの名にかけて王国の土は踏ません」
「頼りにしています。けれど何かあれば力をお貸ししますので、いつでも仰って下さい」
「ガハハハ! なんと心強い!」
私とグレゴリオは大きさのまるで違う拳を突き出し、こつん、と当てた。
「部屋を用意してある。今日はゆっくり休んでくれ」
「ええ。そうさせてもらいます」
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「お姉様、お帰りなさい」
ジーノに案内された部屋の中にはルビィが待っていた。
気を利かせて同じ部屋にしてくれたようだ。
「今日もお仕事、お疲れ様です」
可憐な花が咲くような笑顔を向けるルビィ。
駆け寄ってきた彼女を両手で包み込み、ぎゅう、と抱きしめる。
――たったそれだけで、今日消費した気力がみるみる回復していく。
どんな癒しの奇跡も、妹の力には勝てないことがよく分かる。
「さて、今日はもう休みましょうか」
「はいっ」
おまけ
「さ、着いたッスよ」
クリスタ先輩と別れた私はまず孤児院に二人を送り届けてから、残る三人の故郷を目指して王都の西側に転移した。
「すごーい! 本当に瞬間移動した!」
初めて私の能力を見た三人は興奮してハシャいでいる。
「さっきの背の高いお姉さんも、ベティお姉ちゃんの仲間?」
「そうッス。クリスタ先輩はすごいんでスよ」
クリスタ先輩は子供と積極的に話したがらない。
嫌われている、という先入観を持っているみたいだ。
全然そんなことはないんだけどなー。
「すっごくキレイだったね」
「うんうん。女神様みたいだった!」
「お話したかったなぁ……」
「今度そう伝えておくッス。本人が聞いたら喜びまスよ」
……ほらね。




