第十二話「もう一人の聖女の戦い」<ソルベティスト視点>
※補足
ベティ視点なら地の文も「~ッス」にするべきなのですが、目が滑り散らかしたので普通にしました。
脳内保管で「~ッス」と言っているということにしておいてくださいm(_ _)m
「こっちッス」
ジーノおじいちゃんを引き連れ、私は屋敷の下へ、下へと進む。
敵は一人も見当たらない。
クリスタ先輩がうまいこと引きつけてくれるおかげだ。
「さすが先輩ッス」
賛辞を送りつつ、自分も急がねばと階段を降りる足を早める。
部屋をひとしきり改めていると、廊下の端に地下へ降りる階段が見えた。
私は貴族じゃないから分からないけれど、こういう地下室は貴族のお屋敷ではごく当たり前にある……とのこと。
こんな森の中に屋敷を構える貴族の気が知れないけど、そもそも私のような平民が貴族の気持ちなんて分かるはずもない。
地下室の用途は主に二つ。
ワインの保管庫か、一時的に賊を閉じ込める牢か。
ごく稀に、領主の人に言えない秘密が隠されていることもあるとかないとか。
「いました」
地下の角を曲がった先に、格子に閉じ込められた子供を発見する。
ここまでは順調だ。
こっそり様子を伺うと、私が探していた二人に加えて、さらに三人の子供が捕まっていた。
上でクリスタ先輩が暴れている中でも、さすがに子供を放置まではしていなかった。
二人だけ、見張りの男が残っている。
コソコソと子供を攫う誘拐犯に似合わない立派な装備を付けていて、どこかの兵士と言われても違和感はないくらいだ。
定期的に起こる地響きに、子供達が怯えた声を上げる。
……先輩、ちょっとやり過ぎッス。
「ち、黙ってろこのガキ共がぁ!」
格子を蹴飛ばし、見張りの男が怒声を張り上げる。
理不尽に怒鳴られた子供達はさらに怯え、ぐずぐずと鼻を啜っている。
「一体何が起きてるんだ?」
「全く分からん。様子を見に行った連中もまだ戻ってこないな」
「ち、これから国取りをしようって時に」
……国取り?
ということはこの男達は、別の国の人間だろうか。
そういえば隣国の情勢が不安でどーのこーの、という連絡をマリアおばあちゃんから受けていたことを思い出す。
隣国は奴隷市場が活発で、子供の売り買いが絶えないクソみたいな国ということだけは知っていたけど……まさか、こっちの国の子供まで攫っているとは思ってもいなかった。
「こんなガキのお守りなんてとっとと終わって、派手に暴れたいんだがなぁ」
「全くだ」
男は用も無いのに剣を抜き放ち、それを子供達に見せびらかすように掲げる。
怯える子供達をさらに萎縮させ、楽しんでいる。
「ははっ。いいビビりっぷりだ。命令でもなかったら試し斬りの練習にしたいくらいだ」
「やめとけ。こんな奴らでも十分な労働力になる。俺たちのために死ぬまで働いてもらわないとな」
「それもそうか」
「ああ。所詮子供なんざ、使い捨ての道具だ」
……あー。
あんまりな会話に、私は目眩を覚えてよろめいた。
「ソルベティスト様……どうされました?」
ジーノおじいちゃんが音量を絞りつつ、心配そうに見上げてくる。
「ちょっと、キレちゃいました」
「……はい?」
目を丸くする老執事に、私は手を差し伸べた。
「おじいちゃん。私が合図したら一緒にジャンプするッス」
「え」
「いいから。せーの」
訳が分からないながらも言う通りに手を握り、飛ぶおじいちゃん。
足が地面に落下する前に、私は聖女の力を行使した。
聖女の力は魔法と同様、捉え方によって無限にその力を変容させる。
クリスタ先輩は破壊の力に。
ユーフェアは予見の力に。
そして私、ソルベティストは――転移の力に。
「な!?」
「お前ら、どうやって入ってきた?!」
着地する頃に、私とジーノおじいちゃんは牢屋の中に移動していた。
いきなり現れた私たちに、見張りが驚きの声を上げる。
「ベティおねえぢぁぁぁぁん!!」
「わあああああ! ごわがったよぉおおお!」
「リリ、ロイド。遅くなってすまなかったッス」
探していた子供達が、私の姿を見るなり大声を上げて泣き出す。
初対面の子供はビックリしすぎて目を開いて固まっていたけれど、二人の様子から味方だと思ってくれたようだ。彼らも便乗して私に飛びついてくる。
「よしよし。もう安心ッス」
みんなの頭を撫でてなだめつつ、ジーノおじいちゃんを指し示す。
「みんな、少しだけ私から離れててください」
「ベティおねえちゃん……?」
子供達を安心させるように、いつもの調子で私は歯を見せて笑った。
「ちょっと悪者を懲らしめてくるッス」
▼
再び転移を使い、自分だけ檻の外に出る。
本来は子供達を外に逃がさないための檻が、今は彼らを守る盾になってくれる。
まあ、ここで暴れる気はないけれど。
「おじいちゃん。私が戻るまで子供達を頼むッス」
「お任せ下さい!」
白い手袋に包まれた掌を握り締め、ジーノおじいちゃんが力強く頷く。
「よそ見とは良い度胸じゃねえか!」
「死ねぇ!」
「当たらないッス」
ひょい、と二人の剣を交わし、飛んだ拍子に彼らの背後に転移する。
その際に、あるものを拝借する。
「おじいちゃん。受け取って下さい」
「これは……鍵?」
「頃合いを見てみんなと一緒に逃げてくださいね」
牢屋の鍵だ。
盗られた男は慌てて鍵を取り付けていたベルトに手を回し、そこに何もないことに遅まきに気付く。
「な……いつのまに!?」
「すまないッスねぇ。手癖が悪くて」
ぺろ、と舌を出すと、男は顔を真っ赤にして激昂した。
「ふ――ふざけやがってぇ!」
「場所を変えましょうか」
再び襲いかかってきた二人の背後に転移。
首をむんずと掴み、今度は彼らも引き連れて転移した。
▼
テラスに移動する。
ここを選んだ理由は特にない。
最初に来た場所、ということでなんとなくイメージしやすかったのだ。
広さはそこそこ。
まあ、クリスタ先輩ほど派手な技を持たない私には丁度いいくらいだ。
「さてと、覚悟はいいッスか?」
「盗人め、それはこっちの台詞だ!」
「二対一で勝てると思っているのか!」
男は立派そうな剣の切っ先を向け、鼻を鳴らして笑う。
「移動魔法の連続使用。一見すると超高度な技を連発しているように見えるが、種はこれだろう?」
男は懐から小さな石を取り出した。
魔法の力を封じ込めた魔法石だ。
「魔法石をタイミング良く使い、実力以上の使い手と誤認させる。お前のような見た目だけの底辺魔法使いの常套手段だ」
「私は魔法使いじゃないんスけどねぇ……」
まあ、聖女に見えないことは自覚しているけれど。
いちいち聖女の力を解説するのも面倒なので、こういう手合いにはいつもこう返すようにしている。
「ま――想像にお任せするッス」
それを挑発と受け取ったのか、男達は再び犬歯をむき出しにして叫ぶ。
「ほざけ道化が! もうネタは割れてるんだよ!」
「その余裕、いつまで保っていられるか見ものだ!」
それを合図に、二人が同時に両側から攻めてきた。
「お得意の転移で逃げるか!? しかし、我々はいつまでもお前を追いかけ続けるぞ!」
「さあ、大人しく剣の錆になれぇ!」
「――あなたたちごとき、逃げる必要なんてないんスよ」
私は避けることなく、左右から迫る剣に触れた。
「おご!?」
「ぽぎ!?」
次の瞬間、男達は頭から地面に落ちて面白い悲鳴を上げた。
「な……ななな、何だ、今のは」
「その場であなたたちの位置を百八十度入れ替えただけッスよ」
転移は移動するだけの魔法。
しかし、全く攻撃に使えない訳じゃない。
今のように身体の位置をくるりと回すだけで相手の攻撃は届かなくなるし、転移の場所によっては立派な攻撃となる。
「そんな子供騙しが通用すると……!」
「頭から落ちといてよく言うッスね」
「だ、黙れこの卑怯者がぁ!」
「効かないッスよ」
剣を振り抜く男達。
けれどその手には、もう何も握られていなかった。
こうして武器だけを転移させれば、クリスタ先輩の【武器破壊】と似たような効果も出せる。
要は使いようだ。
「さて。お二人を素敵な場所に招待するッス」
私は剣を探して慌てふためく二人の頭を掴み、再び転移した。
今度は建物の遙か上。
樹齢幾年の木々よりも高い場所へ。
「あ!?」
「ひぁ!?」
突然の浮遊感に悲鳴を上げる男達を無視し、私はさらに上を目指した。
「もういっちょ」
さらに上。
森全体が見渡せた。
「まだまだ」
さらに上。
母国の全体図が見下ろせた。
「もっともっと」
さらに上。
複雑な水流が渦巻く海域と、その向こうにある不気味な島が視界の端に映った。
「さらにさらに」
さらに上。
大陸を俯瞰でき、隣の大陸や――黒い雲に覆われた地平線の向こう側までもが見えた。
一人で上昇できるのはここが限界だ。
ここから上はクリスタ先輩の【聖鎧】ですら数秒と保たない〝無の領域〟がある。
――神様が本当にいるのか証明したいの。雲の上に連れて行って。
あの実験を手伝ったときは死ぬかと思ったなぁ……と、懐かしい気持ちになる。
「どーですかこの景色。なかなかお目にかかれないでしょう?」
落下するとき独特の浮遊感と眼下に広がる景色を楽しみながら、私は絶叫する男達に同意を求める。
が、彼らにそんなものを見る余裕など無いみたいだ。
「あああああああああああああああああああああああああ!?」
「たすけてええええええええええええええええええええ!?」
「情けない顔してるッスねえ」
ひとしきり面白がった後、私は不意に笑いを潜めた。
「――そういえばさっき、地下で何か言ってましたね。子供は使い捨てがなんとか」
「ああああああ――ごぎ!?」
明後日の方向を向く男の首を掴み、目を合わせる。
「テメーに聞いてるんスよ」
「ご、ごめんなさあああああああああぃ!」
「謝ったってもう遅いッス」
私は親指を下に向け、高速で迫る地面を差した。
「子供を食い物にする奴はもれなく地獄に落ちろ」
「――ごぼ」
男達は二人とも、恐怖のあまり地面に激突する遙か前に意識を失った。
▼
「――なーんちゃって」
ばぁ、と、悪戯が成功した子供のように舌を出す。
しかし、当の二人には聞こえていないようだ。
「お仕置き完了ッス」
落ちる前に元いた場所へと転移した私は、泡を吹く二人をその辺に蹴り転がした。
どれだけムカついていても、気に入らなくても、命までは奪わない。
それが聖女の戦い方だ。
……まあ、先輩の受け売りなんですけど。
「ベティ。そっちも終わったのね」
やはりというか、クリスタ先輩は私よりも早く敵を制圧していた。
何人かだけ残し、そいつらに捕縛を手伝わせている。
こういう光景を見る度、クリスタ先輩ならこのくらいは当然、という気持ちと、この人は本当に同じ聖女なんだろうか……という気持ちがせめぎ合う。
「お疲れ様ッス、先輩」
「ええ」
私たちは手を挙げ、景気よくお互いの掌を打ち慣らした。




