第十一話「侵略者を分からせる」
「いいねぇいいねぇ。俺はお前のような向こう見ずで気が強い女の心をへし折るのが大好きなんだ」
エイサップはまたしてもあの気持ち悪い笑みを浮かべていた。
……今この時ほど、視線を遮る結界が欲しいと思ったことはない。
彼は先程、私がぶっ飛ばした部下にちらりと視線を送り、
「多少、腕に覚えがあるようだが……そんなものはこの人数差の前には無力なことを教えてやろう!」
手を広げ、部下達に命じた。
「その女を捕らえろッ!」
正面の数人が横に広がり、襲いかかってくる。
エイサップの命令を遂行するためか、腰にぶら下がった剣はまだ誰も抜いていない。
前方の奴らは私の注意を引き、後方の奴らが回り込んでいることに気付かせないための囮役も兼ねている。
訓練された部隊の動きだ。
目こそ野蛮人そのものだけれど、しっかりと整備された装備といい、明らかに素人じゃない。
――まあ、私には関係ないけれど。
「ほらほら姉ちゃん! ボーッとしてたら捕まえちま――」
「聖女パンチ」
「うごォ!?」
両手を伸ばしてきた男――盗賊と言うべきか、兵士と言うべきか。まあどちらでもいい――に、拳で応戦する。
後方にいる数人を巻き込みながら、男は森の方へと吹き飛んだ。
今度はちゃんと屋敷には当てないよう注意を払ったが……。
「あんまりぶっ飛ばすと後で回収が面倒ね」
続く男達にもパンチを当てていく。
今度は吹き飛ばさず、その場で倒れる程度に加減する。
「ナメやがってこのアマァ!」
背後から羽交い締めにしようとした男をするりと避け、前につんのめった背中に体重を乗せた踏みつけをする。
「聖女プレス」
「おぼぃ!?」
「……今、重いって言った?」
男を睨み付けるが、そいつはもう泡を吹いて気絶していた。
「ち……武器の使用を許可する! 手足くらいは無くても構わん!」
エイサップは命令を「傷付けずに捕まえろ」から「傷付けてもいいから捕まえろ」に変更した。
「囲い込んで死角から足を狙え! 休む暇を与えるな!」
的確に部隊を操作し、私を追い詰めようとするエイサップ。
指揮官としては意外と有能なのかもしれない。
しかし、そんなことで私は止まらない。
「聖女パンチ。聖女キック。聖女アッパー」
次々と襲いかかる男達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ――を繰り返す。
波状攻撃が一段落する頃には、気絶する男達が積み上げられていた。
半ば呆然としていたエイサップが、残った部下に向かって怒鳴り散らす。
「何をしているんだお前らぁアアア!! たかが女一人に手こずりやがって!」
「し……しかし隊長! こいつ強いですよ!?」
「後ろに目でも付いてやがるのか!?」
「しかもこれだけの人数を相手に、まだ誰も殺してねえ……だと」
「殺したら私が悪く言われかねないからよ」
向こうから仕掛けてきたとはいえ、相手は隣国の人間だ。
ここで全員やってしまったら、王国に迷惑がかかってしまう。
例えば……「お前のとこの聖女が自国の人間を虐殺した! 責任を取れ!」とか。
大陸の歴史を紐解けば、あえて自国の人間を送り出して殺させ、報復という名目で他国へ攻め入る大義名分を得た国が存在していた。
なので、今回も誰も殺すつもりはない。
全員捕縛して領主へ突き出す。
私の仕事はそれで終わりだ。
彼らへの罰はしっかりと手続きを踏んだ上で、王国から下してもらう。
▼
「もういい! 全員下がれ!」
エイサップは苛立った様子で羽織っていた外套を剥ぎ取り、剣を抜いた。
「連れ帰ってからベッドの上で屈服させてやろうと思っていたが、予定変更だ」
「……きも」
先日の誰かさんと同じ気配を感じ取り、私はいつもより多めに距離を取った。
それを恐れと受け取ったのか、エイサップはさらに勢いづく。
「俺も騎士のはしくれだ。女に剣を向けるのは気が引ける。大人しくするというのなら止めてやってもいいぞ?」
「絶対イヤよ」
「はは。このエイサップを前に強気を崩さないその姿勢、ますます気に入った! お前は絶対に俺のモノにしてやるぞ!」
うげぇー。
正直にものを言っているだけなのに、何故か気に入られてしまった。
寒くもないのに鳥肌が止まらない。
エイサップは腰を落とし、剣を構えた。
隙を排除した無駄のない動き。まだ剣を交えてもいないが、彼の実力の高さが構えから窺えた。
指揮能力だけでなく単体の戦闘力も高そうだ。
「先手必勝ッ!」
エイサップの足元が爆発した――そんな比喩表現がぴったりと当て嵌まるほどの強さで大地を蹴り上げ、一気に私との距離をゼロにする。
「安心しろ! 峰打ち――」
「【武器破壊】」
「だぉ!?」
私に叩きつけられるはずだった刀身が砂と消え、エイサップは思いっきり空振りした。
かなりの勢いを付けていたので、そのままゴロゴロと地面を転がっていく。
私は軽く跳躍し、転がる彼がちょうど下に来たところで膝を突き出した。
「聖女ニープレス」
「がぼ!?」
身体がVの字を描くように折れ曲がる。
しかし彼も自称歴戦の強者。やられっぱなしではなかった。
「あ……甘い!」
勢いのまま、エイサップの真上に座る形になっている私を羽交い締めにしようとする。
例え戦闘中だろうと、こいつには触れられたくない。
きもい。
そんな思いが先行したのか、私は考えるよりも先にエイサップの手首を両手で押さえた。
「【拘束結界】」
「な……なんだこれはぁ?!」
掴んだ手首に極小の結界を発生させ、動きを止める。
「これで触れられる心配は無くなったわ。さ、思いっきりやるから歯食い縛りなさい」
「え……あ、その、ちょっと待っ」
「聖女パンチ百連」
「あべごぼおぼぼぼぼぼぼぼぼぼっぼぼぼばぁ!?」
パンチの余波で地面が少しずつ抉れていく。
殴り終わる頃には、私とエイサップがいた場所は陥没していた。
「聖女ヒール」
「……」
白目を剥き泡を吹くエイサップの打撲傷を治療してから、私は少しだけ残っている彼の部下達に目を向けた。
「たたた……隊長がやられた」
「ば、化物……」
「逃げろぉ!」
誰かの叫びが伝播し、残った者達が一斉に背を向ける。
私は地面を叩くようにかかとを降ろした。
メリ、と地響きが起こり、地面が大きく裂ける。
……脅かすためにやったんだけど、ちょっとやりすぎたかしら。
まあ、効果てきめんだったからいいか。
私は腰を抜かす部下達に向かって言い放つ。
「逃げたら分かってるわよね?」
「は、はひ……降伏します」
男たちは戦意を喪失し、武器をその場に投げ捨てた。
制圧完了。
「さて。あっちももう終わったかしら」
男達を放置する訳にもいかず、私はベティたちが出てくるまで待つことにした。
おまけ
「聖女パンチ。聖女キック。聖女アッパー」
次々と襲いかかる男達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ――を繰り返すクリスタ。
「聖女ガゼルパンチ。聖女リバーブロー。聖女デンプシーロール」
(こいつ……一体いくつ技を持ってるんだ……!?)
男達は戦慄した。