第十話「信頼」<ジーノ視点>
「それじゃ、役割分担から決めましょう」
「うッス」
クリスタ様は帽子を被ったベティという少女に告げる。
はじめはこんな年端もいかない子供に手伝わせるのかと思ったが……彼女の服装を見て、はたと気付く。
彼女もまた、クリスタ様と同じ聖女であることに。
聖女ソルベティスト。
クリスタ様については調査により凄まじい戦闘力を秘めていることが分かったが、他の聖女は『極大結界の管理者である』こと以外は謎に包まれている。
「先輩、アレ見て下さい」
ソルベティスト様が示す方向に、私とクリスタ様は同時に顔を向けた。
「あれは……!?」
薄暗い森の中から、十数人ほどの一団が現れる。
彼らは馬車を何台も引き連れ、一見すると行商人のように見えたが……誰もが瞳の奥に剣呑な光を宿していた。
素人ではない。
そして盗賊のような無秩序な集団ではなく――しっかりと組織された一員のように見えた。
「いざ潜入、というところで新手とは……!」
私は歯の隙間からうめいた。
単純に相手の戦力が増え、制圧や子供の救出が難しくなってしまった。
いくらクリスタ様が百戦錬磨の強者といえど、三人では分が悪い。
一旦引き下がるか……?
そう私が進言しようとした時だった。
「ベティ。連れ去られた子供は何人なの?」
「二人ッス」
「だったら人手がいるわね。私が囮になるから、ジーノと一緒に二階から入って」
「了解ッス」
……え?
聞き間違いかと思った。
気力では若い者に負けていないと豪語してはいるが、さすがに老年に差し掛かり耳が遠くなったのだと思った。
……むしろ、そうであってくれと思った。
「クリスタ様。いま、なんと?」
「私が囮になっている間に子供達を頼みます」
「正気ですか!? いくらあなた様といえど、たった一人であの人数を相手にするなど、無謀にも程が――」
「私の心配は不要です。ベティ」
「!?」
ぐい、と力強く腕を引っ張られたと思ったら、次の瞬間にクリスタ様の姿は消えていた。
いや……違う。
クリスタ様が消えたのではない。
私が移動しているのだ。
先程まで見上げていた本拠地の二階にあったテラスらしき場所に、何故か私は立っていた。
「さ、行くッスよ」
ぱ、と腕を放し、ソルベティスト様は私の背中を押す。
「戦闘は私に任せるッス。お爺ちゃんは子供たちを頼むッスよ」
「お待ちください! クリスタ様をお一人で置いて行くなんて無謀が過ぎます!」
クリスタ様のお力は何度か目の当たりにした。
グレゴリオ様の巨体を吹き飛ばす膂力、槍すらも通さない鉄壁の結界。
――だとしても、あれほどの人数を前にしては多勢に無勢なのは必死!
いくら強力な力を持っていようと、人は数の力には勝てない。
「今からでも遅くはありません。戻って加勢を――!?」
轟音と建物全体がぐらつくような揺れに、私は思わず壁によりかかった。
「先輩、派手にやってまスねぇ」
ヒュウ、と口笛を吹きながら、ソルベティスト様。
「さっきの話でスけど……私たちがいても先輩の邪魔になるだけッスよ」
「じ……邪魔?」
「そうそう」
地下に続く階段を見つけ、私たちは下に降りる。
先程のような揺れはなくなったが、外からは断続的に人の怒号と悲鳴が入り交じった声がずっと続いていた。
「先輩は一人の時に一番力を発揮する人なんスよ。あの人に任せておけば大丈夫ッス」
ソルベティスト様のその声には、クリスタ様への全幅の信頼が込められていた。
▼
<クリスタ視点>
「あ……しまった」
不用意に近付いてきた男の頭をぶん殴ると、矢のような早さで壁に激突した。
ちょっと気合いを入れすぎたせいか、建物自体がぐらり、と傾いでいる。
「あっちにはぶっ飛ばさないようにしないと」
「き……貴様ぁ! 我々を誰の使いと心得る!? このエイサップ様の話を聞いていなかったのかぁ!」
少しばかり豪華な装飾品を纏った男、エイサップ。どうやら彼がこの一団の長らしい。
いきなり部下に殴りかかった私に対し、唾を飛ばす。
「『隣国のやんごとなき方に仕える騎士団で、魔女の遊び場を利用して密輸入と、シルバークロイツの情報を集めていた』んでしょ。聞いてたわよ」
シルバークロイツ辺境領で暗躍していた一団の大元は、隣国にまで繋がっていた。
やんごとなき方が誰なのかは知らないが、思っていた以上に大きな問題だ。
それをペラペラと喋る相手の神経を疑いそうになるが、端から見れば相手の方が絶対有利な場面だ。
女が一人、森の中にノコノコとやって来た。
それに対し自分は五十人以上の部下を従えている。
そのことが男――エイサップの口を必要以上に軽くしているのだろう。
自分たちが負けるはずがない。
私が抵抗するはずがない。
私が逃げられる訳がない――と。
「大人しくしていればこの俺が飼ってやると言っただろうが!?」
「イヤよ。気持ち悪い」
「き、きも……!?」
エイサップがニチャッと笑いながら「この場面を見られたからには生かしておけないが、お前のような気の強そうな女は云々……」と言ったところで、私は会話を放棄した。
「お前が助かる道は俺に飼われる以外もうないんだぞ!? どうせあの国は滅びるんだ! 我々の手によってなぁ!」
「……はい?」
自然と声が低くなる。
それに気付かないまま、エイサップは勝ち誇ったように話を続ける。
「シルバークロイツ辺境領はもはや掌握したも同然ッ! 腑抜けな領主の首をかき斬り、侵略戦争の第一歩とするのだ!」
「……へぇ。そうなの」
――それが私の逆鱗に触れるとも知らずに。
「攻め入られるのは困るわね。いま、私の妹がシルバークロイツ辺境領にいるの」
「ほほう。貴様の妹だと……?」
男は気持ち悪い視線を私に這わせてから――鳥肌が止まらない――、世にもおぞましい笑みを浮かべる。
「そうかそうか。貴様の妹ならさぞかし美人なことだろう。命乞いをするというのなら助けてやらんこともないぞ? 二人まとめて俺が可愛がって」
「何を勘違いしているの?」
私は腰を落とし、エイサップを――その部下達を睨んだ。
「命乞いするのはあなたたちの方よ。まあ、許さないけどね」