第九話「協力者登場ッス」
「さすがに地下は暗すぎますね。少しお待ちください。いま松明を――」
「聖女ライト」
明かりを用意しようとするジーノを制し、私は聖女の力を用いて明かりを出した。
ぼんやりとした暖色の光が浮かび上がり、周囲を照らす。
「……もはやなんでもアリですな」
苦笑するジーノと共に階段を降り、地下道の先を見据えた。
「そういえばクリスタ様。あなたが外に出ても『極大結界』の方は大丈夫なのでしょうか」
「ええ、問題ありません」
たまに「聖女は国外に出られない」なんて思われたりするが、実はそんなことは全然ない。
北の連合王国でしか手に入らない素材を求めて何度も国を出たことがあるけれど、どれだけ離れていても『極大結界』はしっかりと魔力を求めてくる。
「というか、ここから先は危険ですし無理に来る必要はありませんよ」
「いいえ。適宜クリスタ様の補助をするよう旦那様から仰せつかっておりますので」
今のところ何のお役にも立てていませんが……と、ジーノは白い手袋に包まれた手で頬を掻いた。
「こう見えて武道は学んでおります故、足手まといにはなりません。いざとなれば使い捨ての盾としてお使いください」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
聖女は唯一無二の存在ではない。
五人のうち誰かが死んでも、数日後には神託で『次』が選ばれるのだから。
自己犠牲の塊だった聖女が人々を守るために自らの身を魔物に差し出した……なんて美談があるくらいだ。
みすみす身を差し出す気はないが、力を持っている方が守ればいい。
今の場合なら、私がそうするべきだろう。
【聖鎧】以上に頼れる盾はないのだから。
▼
地下道には、至る所に罠が仕掛けられていた。
古典的な落とし穴や飛び出す槍、さらには土の魔法石を使って道を塞ぐものや敵の侵入を知らせるものまで。
その位置も実に巧妙で、あらかじめ聞いていなければあちこち引っかかっていたことだろう。
攻撃的な罠なら【聖鎧】で無視できるが、敵にこちらの存在を知られる系の罠は避けておきたい。
「よっと」
足元にピンと張られた糸を跨いだり、かがんで移動すること十分。
階上への階段があっさりと現れた。
「出口……? まさか、まだ外壁も超えていないはず」
おおよその距離から、ジーノが訝しげな声を上げる。
しかし階段を昇ってみると……そこには、鬱蒼と茂る森が広がっていた。
ちらりと後ろを振り返ると、シルバークロイツ領の外壁が遥か彼方に見えた。
「馬鹿な……我々はさっきまであの中に居たのですよ!? たった十分でここまで来れるはずがない。一体なぜ……」
「『魔女の遊び場』というやつですね」
大陸には、不可思議な現象が起こる場所がいくつかある。
天井を歩ける洞窟や飛び降りても死なない谷、水中で呼吸ができる池……などなど。
もちろん、現代の魔法技術を用いても原理は全く分からない。
誰が呼び始めたのかは知らないけれど、そういう場所のことを『魔女の遊び場』と呼んでいる。
「まさか領内にこんな所があったなんて、驚きですね」
グレゴリオが手こずった理由もよく分かる。
『魔女の遊び場』が使われているとは夢にも思わなかっただろう。
▼
出口から顔を出すと、目的地はすぐ見えた。
蔦が絡まったままの薄汚れた洋館。
壁の一部が壊され、そこから大きな荷物が搬入できるようになっている。
その周辺には、領内で捕縛した奴らと同じ格好の見張りがいた。
「あれが本拠地のようですね」
「いかがなさいますかクリスタ様。まだ太陽も出ておりますし、夜まで待つという作戦も」
「いいえ。ルビィを待たせているのですぐに制圧します」
「……そう仰ると思いました」
どこか楽しげに、ジーノ。
「さすがは旦那様がお認めになられた方です」
「褒めてますか?」
「ええ、もちろん」
あまりそういう風には聞こえなかったけれど、深く突っ込んでも意味は無いと悟り追求を諦める。
「さてと。それじゃ、行きま――ッ」
不意に人の気配を感じ取り、私はすぐ傍の茂みを睨んだ。
「そこにいるのは誰。出てきなさい」
他の見張りたちに気付かれないように声は抑えつつ、しかし威圧感はそのままにする。
茂みをかき分け、姿を現したのは――顔馴染みの仲間だった。
「……ベティ? どうしてここに?」
神出鬼没、聖女ソルベティスト。
彼女はいつものようにおどけた様子で肩をすくめた。
「それはこっちの台詞ッスよ」
▼
私たちは茂みに隠れつつ、ここまで来た経緯を説明し合った。
「なるほど、子供が行方不明に」
「そうです。それを追いかけているウチに、ここに辿り着きました」
ベティはこう見えて子供好きで、国内の孤児院をよく回っている。
最近、そのうちの一つで数人の子供が姿を消したらしい。
貴族の子ならいざ知らず、憲兵は孤児が消えたくらいでは動いてくれない。
なのでベティは自力で消えた子供たちの痕跡を調べ、ここまで辿り着いたそうだ。
「子供だけじゃない。年頃の娘も何人かやられているみたいです」
「……へぇ」
年頃の娘、と聞いて不意にルビィの姿が思い浮かんだ。
奴らが違法に持ち出しているのは品物だけではなかったようだ。
連れ去られた人々が辿る先は……まあ、碌なものではないだろう。
「ベティ。どうやら私たちは同じ目的でここに来たみたいね」
「みたいッスね。先輩がいてくれるなら心強いッス!」
軽く拳をぶつけ合い、私たちは洋館を睨みやった。
「人の国で馬鹿な真似をする奴らは――分からせないとね」
おまけ
<ソルベティスト視点>
「子供だけじゃない。年頃の娘も何人かやられているみたいです」
「……へぇ」
先輩の目が凄みを増したッス。
子供達が攫われた話をした時点から剣呑な光を帯びていましたが、より一段と。
たぶん、攫われた子とルビィちゃんを重ねたんだと思います。
ルビィちゃんのことになると、先輩はとにかく怖いッス。
私は魔力値第二位なので先輩の次に強いみたいなことを言われますが……私と先輩の間には、とんでもなく深い溝があるッス。
先輩は本当に、なんというか……強さの次元が違う。
協力してくれるなら、これ以上無い最強の味方になるッス。
「人の国で馬鹿な真似をする奴らは――分からせないとね」
「はい。やってやりましょう!」