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第七話「強行突破」

 聖女は神託によって選ばれると同時に二つの力を授かる。

 『極大結界』を維持・管理する力。

 そして、聖女の力。

 聖女の力には【守り】と【癒し】の二種類がある。


 聖女によって多少の個人差――守りが得意だったり、癒しが得意だったり――はあるものの、基本的に聖女ができることはそれしかない。

 魔法技術はずっと進歩を続けているのに、聖女だけが何十年も同じまま。


 しかし、今代の聖女たちは違う。

 『魔法の拡大解釈理論』により【守り】と【癒し】を思い思いに曲解することで、それぞれの個性を最大限に反映した聖女の能力を獲得している。


 ユーフェアは未来を予測することで危険を察知し、事前に対抗策を練ることで結果的に【守り】と【癒し】をもたらす。

 彼女の力を借りれば、敵の本拠地を割り出すことも難しくない。

 完全に言い当てることは不可能でも、いいヒントをくれるはずだ。


「――という訳なの」

『なるほどー』


 手短に用件を話すと、ユーフェアはすぐさま状況を理解してくれた。


「どう?」

『やってみるー。結果が出たらこっちから連絡す』


 言い終える前に、ユーフェアの声は途切れた。

 念話紙は三分しか使用できないため、こうして会話がぶつ切りになることがよくある。


「……もう少し改良したいところね」


 効果が切れた念話紙を丸め、私はグレゴリオの方に向き直った。


「というわけなので、少しだけ時間をください」

「構わんが……本当にその予測は信頼に足るものか?」

「大丈夫です」


 ユーフェアの力は完璧ではないけれど、本人のたゆまない努力によりその精度は徐々に上がってきている。

 完全に的中させる……とはいかなくとも、大きく外れることはないだろう。


「ふぅむ……摩訶不思議な力だな」


 ぽつりと、グレゴリオ。

 その意見には私も頷かざるを得ない。

 魔法の適性や最大値に個人差があるように、効果範囲にも個人差がある。


 私は魔力量こそ多いが、効果範囲は聖女の中で最も短い。

 ものすごく無理をしても数メートル先が限界だ。


 逆にユーフェアは魔力量こそ聖女の中で最も低いが、その効果範囲はとんでもなく広い。

 なにせ――どこに魔力を飛ばしているか、本人すらも分かっていないのだ。

 ありもしない未来か、空に浮かぶ星々か。

 どちらにせよ、聖女の中で最大の効果範囲を持っていることだけは確かだ。


「ところで、アランはあのままでいいんですか?」


 待っている間、手持ち無沙汰になった私はなんとなくアランを話題に出した。

 ルビィに無礼を働いた奴のことなんてあまり話したくはなかったけれど、無言のままだとグレゴリオが「フン! フン!」と筋肉を動かすので暑苦しい。


 まだ会話をしていた方がマシだ。


「良い! 今回のことはいい薬になっただろう」


 ジーノと同じ事を言いながら、グレゴリオは白い歯を見せた。


「どうもあやつは男のなんたるかを勘違いしておる」

「私にぶん殴らせるなんてことせず、普通に言ってやれば良かったんじゃ……」


 あまり良い性格はしていなさそうだったけれど、グレゴリオの言うことなら聞きそうだ。


「拳で語られた方がより分かるだろうて」

「あ、はい……」


 会話すればするほど、なんというか……残念に思えてくる。

 勇猛果敢なシルバークロイツとは、噂が作り出した幻なのかもしれない。


「それにしてもクリスタよ。お主は真っ直ぐで気持ちの良い拳をしているな」

「ただ単にぶん殴ってるだけですよ。気持ちのいいも悪いもありません」

「いいや! 芯の通った(おとこ)の拳だ」

「……」


 自分が女らしいと思ったことはないけれど、男と言われて嬉しいはずがない。

 微妙な表情を浮かべることで抗議の意を表明するが、グレゴリオがそれに気付くことはなかった。


「なぜ聖女などに?」

「……神託で選ばれたので、仕方なく」

「ほう。アレは神託と銘打ちつつ、シスターの中から都合の良い人材を教会本部が選んでいるのかと思っておったが」


 私も、自分が選ばれるまではそう考えていた。

 信心深い者を候補に挙げ、その中から都合良く動いてくれる人物を選んでいる……と。

 ……というか、先代まではそうだったはずなのだ。


 何故か今代の聖女は、敬虔な信徒とは程遠い人材ばかりが選ばれている。

 魔法研究者、公爵令嬢、村人、スラムの住人。


 何かの偶然が重なった結果そうなっているのか。

 それとも、そうなることが必然なのか。


 ……まあ、どっちでもいいけれど。


「教会で燻らせておくには勿体ない逸材だ。どうだ? お主さえ良ければ、是非アランと見合いを」

「あーっと! ユーフェアから返事がぁ!」


 なんだか話が妙な方向に逸れそうなところに、ユーフェアから連絡が入った。

 天の助けとばかりに私は大仰な身振りを加えて念話紙を取り出した。


『クリスタ? ごめん、ある程度は絞り込めたけど……』

「全然良いわよ! 本っっっ当に助かったわ」

『……?』


 疑問符を浮かべるユーフェアを余所に、予測の結果を尋ねる。


 二箇所。

 二箇所までは絞り込めたが、それ以上は分からないようだ。


『あと、真っ直ぐに伸びた蛇が喉元に食らいつく姿が見えたから気を付けて』


 ユーフェアは未来予測の際、そこに行くことで起こる危険も教えてくれる。

 本人も何が危ないのかははっきりと見えず、ぼんやりとしたイメージでしか分からない。


 それでも十分だ。


「今度、ちゃんとしたお礼をさせてもらうから。何か希望はある?」

『……じゃあ、あ――』


 ぷつり。

 またしても、会話が途中で切れてしまった。


 「あ」とは何だろう。

 ユーフェアは人里離れた山奥に暮らしているため、地方で採れる食べ物を欲しがる傾向にある。

 「あ」のつく食べ物……?


 ……まあいい。

 ユーフェアへのお土産は後でゆっくり考えるとしよう。


「領主様。誰か道案内を頼める人はいませんか?」


 ユーフェアが割り出してくれた場所は入り組んだ街路地だ。

 道に迷って敵を逃がす――なんてヘマをするつもりはないけれど、心配の種は少しでも減らしておきたい。


「では、ジーノを同行させよう」

「ありがとうございます。それから」

「皆まで言うな。お主の妹は、こちらでしっかりともてなさせて貰う」


 よし。

 私はすぐに行動を開始した。



 ▼


「アジトの位置は……あれと、あれね」


 ユーフェアが示した地点にあったのは、どちらも寂れた家だった。

 そこから軒先に日除けを作り、天日干しした魚を売っている。


 一見するとただの露店だ。

 しかし、その奥はどうだろうか。


「聖女ユーフェア様の御力で拠点を絞り込めたは良いですが……ここから先はどうされるおつもりですか?」


 本物の拠点は一つだけ。うち一つは偽物(フェイク)だ。

 ハズレを引いてしまえば、またいつものように逃げられてしまう――ジーノの声は、そんな不安を多分に含んでいた。


「もしやクリスタ様は真贋(しんがん)を見抜くような御力をお持ちなのでしょうか?」

「そんなものはありません」


 私ができることは、正面から敵をぶっ潰すことだけ。

 ユーフェアやエキドナのような神秘的な力は微塵もない。


「正面からの強行突破。これしかないです」

「えっ」


 呆気に取られたジーノを余所に、私は軒先で暑さに項垂れる店主の前に立った。


「……らっしゃい。何かお探しで」


 まるで物を売る気のない不抜けた声。

 私は店主に対し、微笑みながら拳を振り上げた。


「ええ。森の中にある本拠地に通じる道を探しているの」

「――は?」

おまけ


「……切れちゃった」


 ただの紙切れになった念話紙を見つめながら、私ことユーフェアはため息をついた。

 せっかく勇気を出して言おうとしたのに、いつもこうだ。


 クリスタはいつもおいしいものを持ってきてくれる。

 甘いお菓子、脂の滴る肉、新鮮な野菜――どれもこの山奥では採れないものだ。

 もちろん嬉しいけれど、私が求めるものはそうじゃない。


「頭、なでなでしてくれるだけでいいのに……」


 本当に欲しいのは、優しい姉なのだ。

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[良い点] 次の制裁は規模が大きくなりそうで楽しみ [気になる点] 領主はナチュラルに男が女より上だと思ってるから、女を男と呼んで褒めた気になるんだろうな 息子よりちょっとものは見えてるけど、本質的に…
[気になる点] 魔法研究者が主人公。 スラムの住人がエキドナ。 公爵令嬢と村人、ユーフェアはどちらだろう。 公爵令嬢か?
[一言] 鉄拳制裁まだかなー(ワクワク)
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