第六話「拠点探し」
「だ、旦那様!」
ジーノが慌てて元領主に駆け寄る。
白目を剥いて泡を吹くグレゴリオ。その足はピクピクと痙攣していた。
「す、すぐに担架を!」
「その必要はありません。よく見てください」
グレゴリオの身体を指し示す――不敬だけど、本人が気絶してるしまあいいや――と、ジーノは目を見開いた。
「傷が……ない?」
「パンチの瞬間にヒールも使ったので。どこか怪我をしていても、もう治っています」
少し本気で殴ったので、万が一のことを考えて癒しの力も込めておいた。
だったら殴るな……と言われそうだけど、それは無理な話だ。
「まあでも、しばらくは目を覚まさないと思――」
「……聖女とは思えぬ破壊の力と聖女を体現した癒しの力。なるほど、あのマリアが頭を抱える訳だ」
グレゴリオは目を瞬かせ、むくりと起き上がった。
先程はジーノが驚いていたけれど、今度は私が驚く番だ。
手加減したとはいえ、ここまであっさりと目覚めるなんて……。
「三十分は起きさせないつもりで殴ったのに……」
「ヌハハハ! 鍛え上げた我が肉体、舐めて貰っては困るな!」
グレゴリオは筋肉を肥大化させ、それを誇示するようなポーズを取る。
……その圧のせいか、部屋の温度が上がったような気がした。
「予想はしていたが、それ以上だ! これほどの聖女がまさか教会に居たとはな!」
殴られた箇所を撫でつけながら、グレゴリオは豪快に笑う。
「今の一撃で確信したッ! この作戦は必ず成功できるとッ!」
「……とりあえず、詳細を教えて頂けますか」
毒気を抜かれながらも、私は詳しい話を聞くことにした。
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「まずはこれを見てくれ」
グレゴリオはシルバークロイツ領の広域地図を取り出した。
そこには街の一角と、もう一箇所――外壁の向こうにある森にも大きめの○が書かれていた。
「街中に拠点と思しき場所はいくつかある。それらの多くは偽物だ。うちどれかが郊外の森の中の本拠地に繋がっていると思われる」
敵の組織は中と外を何らかの方法で行き来し、情報や物資を持ち出し――あるいは持ち込んでいるという。
それが発覚したのは、つい半年ほど前のことだ。
「敵は長らくこの地に潜み闇商いを営んでいたようだ。恥ずかしながら、さっぱり気付かなんだ」
まさか勇猛果敢なシルバークロイツの膝元で、組織犯罪が行われているとは誰も思いもしなかっただろう。
バツが悪そうに、グレゴリオは大きな肩を窄めさせた。
「捕らえようにも、相手が一枚も二枚も上手。絞り込みまではできたが、ここから先でずっと行き詰まっている」
偽の拠点に憲兵が押し入れば『本物』に情報が伝わり逃げられる。
外の本拠地を攻めようにも、場所は魔物がうろつく森の中。
少人数で行けば魔物との戦闘で感付かれ、大規模な出兵を予定すれば計画段階で感付かれる。
……なるほど。
これは厄介だ。
必要なのは単体で森の中を素早く切り抜けられるほどの強者か、街の中の『本物』を見抜ける目を持つ者。
「それで私に白羽の矢が立った、と」
「その通り。猫の手は要らん」
変なポーズを取りながら、グレゴリオは後を続ける。
「当初の計画ではアランを早期に領主として独立させ、ワシが殴り込みをかける予定だった」
「本気で言っているんですか?」
「うむ!」
……シルバークロイツ一族は武闘派と聞いていたけれど、噂以上だ。
まさか領主自ら先陣を切ろうとするなんて、聞いたことが無い。
「そんな中、お主がセオドーラ領を壊滅させたと聞いてな。敵に気付かれることなくお主を呼べれば、光明が見えるやも――と思い至った訳だ」
「そこでルビィが婚約者を探していると聞いて、アランを立候補させた――と」
私について、とっくに調べはついているんだろう。
……まあ、シスコンであることは隠していないし。
「重ねて謝罪しよう。殴り足りないのであればもう一度」
「いえ、もういいです」
筋肉を膨張させるグレゴリオに、私は引きながら答えた。
褒められたものではないけれど、気持ちは分からないでもない。
領主はときに人の気持ちを無視した残酷な判断もしなければならない時がある。
……父の背中を見ている時、何度かそういう場面を見たことがあった。
領主が聖女に助けを申し出る――というのは、色々な意味で注目を引きやすい。
例え別の理由を用意したとしても、どこからか情報は漏れるだろう。
――しかし、ルビィを介して私が自主的に来たとなれば話は別だ。
聞けばリンド憲兵長も一枚噛んでいる、とのこと。
……私はまんまとグレゴリオの策に踊らされていた、と言う訳か。
思うところが無い訳ではないけれど、まあいい。
シルバークロイツ領は実家とそう離れていない。
ここに不穏な影が押し寄せれば、それはいつかエレオノーラ領――ルビィにも降りかかることになる。
だったら、ここで潰しておくのが一番だろう。
「分かりました。その組織を壊滅けばいいんですね」
「助太刀感謝する! では、森へのルートを――」
「いえ。どうせなら中も全部叩きましょう」
「しかし、『本物』がどれか分からんぞ?」
「安心して下さい。そういうことを見抜くのが得意な仲間が居ますから」
私は懐から一枚の通信札を出し、魔力を通した。
『――ふぁい。どうしたの、クリスタ』
独特のくすんだ雑音を混じえながら、眠たげな声が返ってきた。
……きっと、いつものように夜通し星を見ていたのだろう。
「ユーフェア? お久しぶり。少し――力を貸して欲しいの」