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第四十八話「予想外」

 オルグルント王国は平和な国だ。

 他国では内紛であったり侵略といったことがたびたび起きているが、ここではそういった国の基盤が揺らぐような大事件は起きたことがない。

 あったことと言えば魔物との戦いばかりだ。


 『極大結界』の外に近接している魔物たち。

 奴らという共通の敵がいることが、逆に人間同士の結束を高めていると言える。

 もし、大陸の魔物をすべて駆逐することができたとしたら。


 オルグルント王国でも人間同士の争いが起こるのだろうか。


「どうしたの? クリスタ」


 とりとめのないことを考えていると、ふと名前を呼ばれ、窓の外に向けていた視線を戻した。

 呼んだのはアラン――ではなく、何故かついて来たもう一人の同乗者だ。


「……どうしてあなたまで一緒なのかしら。ユーフェア」


 予見の聖女・ユーフェア。

 彼女も同席していた。

 これもマリアの仕込みかとアランに説明を求めたが、彼もどうやら聞かされていないらしい。


 疑問を投げかける私に、ユーフェアはえへんと胸を張った。


「クリスタが外に行くっぽい未来が視えたから。これはチャンスと思って、急いでエレオノーラ領方面に視察の仕事を入れたの。あ、もちろん他の仕事に影響は出ないようにしてあるから」

「マリアにはちゃんと言った?」

「ううん。けど大丈夫。私が怒られる未来は視えなかったから」

「……まあ、それなら構わないけど」


 教会再編にあたり、ユーフェアもかなり頑張って協力してくれている。

 彼女の主な役目は、敵対勢力になりそうな相手の懐柔だ。


 どれだけ教会に反感を抱いていようと、ユーフェアが会いに行けばたちどころに(ユーフェアの)信者(ファン)になってくれる。

 彼女本人は人嫌いではあるけれど、人を惹きつけてやまない天性の魅力がある。

 それを武器に大活躍してくれている。


 ユーフェアの懐柔がなければ、私がおしおきしなければならない相手は倍になっていただろう。

 あれだけ山を降りることを嫌がっていたこの子がここまでしてくれているんだ。

 多少は羽を伸ばす時間があってもいいはず。


「ふふ。クリスタならそう言ってくれると思った」


 ぽす、と私の方に頭を預けるユーフェア。


「そういう優しいところ、大好き」

「あら。嬉しいこと言ってくれるわね」


 ぽん、と頭をひと撫でする。

 喜ぶかと思いきや、なんだか不満そうだ。


「むむ。必殺の上目遣いを至近距離で放ったのに効果なし……やっぱり手ごわい」

「どういう意味?」

「なんでもない。まだまだ私の修行が足りないな、って思っただけ」

「???」


 サンバスタの貴族にさらわれて以降、ユーフェアはたまに訳の分からないことを言う。


「お二人は随分と仲がよろしいようですね」


 私とユーフェアのやり取りを静かに見ていたアランが、にこりと微笑む。


「まるで姉妹みたいだ」

「……違う。それ以上」


 ぶぅ、とユーフェアは頬を膨らませながら私の腕に、ぎゅ、としがみついた。


「なるほど。数少ない苦楽を分かち合える仕事仲間ってことですね」

「…………あなた、女心が分からないって言われたことない?」

「な、なぜそれを!?」

「ふふん。私は何でもお見通し」

「さ……さすがは予見の聖女。未来だけでなく、過去まで……」


 ユーフェアが何を考えているのかは分からない。

 けれど、こうして人と積極的に関わってくれるようになった事は素直に嬉しく思う。


 再び窓の外に目を向けると、見慣れた光景がちらりと視界に移った。

 私の故郷、エレオノーラ領だ。



 ▼


「ただいまーッ! ……って、あれ?」


 エレオノーラ領はオルグルント王国の中でもひときわのどかな雰囲気のある町だ。

 その影響――という訳ではないけれど、実家であるエレオノーラ家ものほほんとした空気が通年で漂っている。


 その空気が、今は微塵も感じられない。


「ルビィ?」


 胸騒ぎを覚えた私は、足早に玄関ドアを開こうとした。


「っ!」


 ちょうど同じタイミングで、反対側から誰かが飛び出てきた。


「クリスタ様!?」

「メイザ……って、どうしたの、その荷物」


 私の専属メイド、メイザ。

 私が不在の時はルビィの護衛をお願いしている彼女が、やけに大きな荷物を抱えていた。


「ルビィはどうしたの?」

「…………うぅ」


 メイザの目から、ぽろりと涙が溢れた。

 滅多に感情を表に出さない彼女のその顔を見て、すぐに察する。


「ルビィに何かあったのね?」

「申し訳ございません……私がいながら、連れ去られました」


 ギリ、と奥歯を噛みしめるメイザ。

 握りしめた拳は爪が食い込み、血がにじみ出ていた。


「聖女ヒール」

「クリスタ様……」


 傷を治療し、固くこわばる拳を解かせる。


「意味なく自分を傷つけるのはやめなさい」

「し、しかし……私はクリスタ様のご命令を遂行できませんでした」


 メイザの実力には全幅の信頼を置いている。

 何故守れなかった――と、責めたくなる気持ちは全くない……という訳ではない。

 けれど彼女に何か言ってもルビィは戻ってこない。


 なら、今やるべきことはすぐに事情を聞いて、一刻も早く助けに行くことだ。


「過ぎたことは仕方ないわ。まずは事情を話して」

「……はい」


 徐々に落ち着きを取り戻したメイザが、ゆっくりと語り始める。


「ルビィ様は良い天気だから、二階のテラスでお茶を飲みたいと仰られました」

「ふむふむ」

「私が一階の厨房で準備をしていたところ――悲鳴が聞こえ、急いでルビィ様の元へ戻りました。その時には既に遅く、ルビィ様は捕らえられておりました」

「そいつの気配は感じなかったの?」

「はい。まったく……」


 メイザは気配の察知、特に敵意に敏感だ。

 かなり離れた場所から放たれたわずかな殺気でも捉えることができる。

 家の中でわずかでもルビィに敵意を向けようものなら、たちどころに分かるはずだ。


 メイザですら捉えられない敵……。


「そいつの特徴は?」

「クリスタ様が会ったことのある者です」

「誰なの?」


 私が会ったことがある人物で、ルビィを傷つけたらどうなるかを知らない人間はいないはず。

 眉をひそめていると、メイザは意外な人物の名前を口にした。


「ウィルマ・セオドーラです」

「…………え? ウィルマ?」


 予想もしていなかった名前に、私の喉から呆けた声が出た。

★お知らせ★

次週で最終回です

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