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第四十六話「それぞれの役割」

 時間は相対的なものである――と、本で読んだことがある。

 何かに夢中になっていたり忙しすぎる時はあっという間に時間が過ぎていくけれど、好きでもないことをさせられていたり暇すぎる時は時間の進みが遅く感じるもの。


 私はこれに否定的だった。

 時間が相対的に変化してしまうのなら、それを基準にして行われていた実験がすべてあやふやなものになってしまう。

 時間の流れは絶対的なもので、早い・遅いと感じるのは個人の感覚でしかない――と。


 けれど今回の一件を経て、私は「もしかしたら相対的なものかも……」という経験をした。



 ▼


 何気なくカレンダーに目をやると、いつの間にか三か月が経過していた。

 私の体感としては一か月くらいの感覚だったので、それを知ったときはとても驚いた。


「これが、時間が相対的というものなのね」


 なるほどと感心していると、隣でか細い声が聞こえてきた。


「クリスタ。小難しいことは言わないでくれ……頭が爆発する」


 声を上げたのはエキドナだ。

 うず高く積まれた書類ひとつひとつに目を通しながら、頭から煙が吹き出している。

 長時間そうしていたためか、目は若干充血していた。


「ごめんなさいエキドナ書記長」

「ああああああああああ! 書記長って呼ぶなアアアァァァ!」


 私が彼女をそう呼ぶと、エキドナはわしゃわしゃと髪を掻きむしった。

 くせ毛気味の彼女の髪が、複雑に絡み合って膨れていく。


「大体、なんであたしが書記長なんだよ! こういう小難しい事務仕事は貴族の役目だろ!?」

「その貴族がみんな不正に関わっていたんだから仕方ないじゃない」


 三か月前までこの仕事を任されていた高位神官たちは、みな貴族の出自だった。

 彼らはこの書類を改ざんし、税を懐に収めていた。

 このお金は各地の教会や、孤児に回るはずだったものだ。


 そういった不正がされないよう、新書記長は本当に信頼できる人間に任せる必要があった。

 そこでマリアはエキドナを指名した。


「だからってアタシはないだろ! お前のほうがどう考えても適任だろ!?」

「まあまあ。私も手伝うから」

「うぅ……」


 ひとしきり騒いで気持ちが落ち着いたのか、エキドナはまた書類とにらめっこを再開した。

 泣き言を漏らしつつ、仕事を投げ出すことも、手を抜くことも決してしない。


 マリアの人選は実に的確だった。


「ああ……村に戻って畑を耕したい……」

「しんどいのは今だけよ。一緒に頑張りましょう。ね?」


 ぼやくエキドナを励ましつつ、私も目の前の書類に取り掛かった。



 ▼


 新体制で新たなスタートを切った教会は今のところ順調だ。

 新教皇による『大掃除』で上層部の多くはごっそりと抜けてしまったが、下部の神官やシスターはほとんどが残ってくれた。

 民からはある程度の非難が来ることを覚悟していたけれど、それもほとんどなし。

 ひとえにマリアの人徳の賜物だと言える。


 教皇の変更についても同様だ。

 王族とひと騒動あるかと思いきや、あっさりと承認された。

「不正に携わった人間を排除したのならそれ以上の罰は不要。以降は正しい組織運営をしてね」と、言われただけだ。

 最悪、教会の解体を命じられることも考えていたので肩透かしを食らった気分だ。

 相変わらず事なかれ主義というか……何を考えているのかよく分からない。


「まあ良かったじゃないッスか。教会をもとの形で残せて」

「あれだけ教会を嫌ってたベティの口からそんな言葉が出るなんてね」

「私が嫌いなのは権力を振りかざす奴らだけッス。教会自体に罪はないッス」


 にっこりと満足そうに笑うベティ。

 教会の半径五十メートル以内に入ると不機嫌スイッチの入っていたかつての彼女の面影は、もうどこにもない。


「教会のためならこの身が粉みじんになっても構わないッス!」

「それはやりすぎよ」


 冗談めいたベティの言葉に、思わず吹き出してしまう。


「あなたが倒れたら子供たちが困るでしょ。ソルベティスト孤児救済統括長」

「やめてください先輩。こそばゆいッス」


 かつての教会では孤児院は救済の対象ではなく、税を不正に得るための体のいい言い訳に使われていた。

 それを正しく運用するため創設された部門で、その長にはベティが据えられることになった。

 孤児院の運営のみならず、国内の子供に関する問題を一手に引き受けている。


「さて。休憩も終わったんでそろそろ行くッス」


 ほんの五分もしないうちに、ベティはその場から立ち上がった。


「本当に無理しないでね?」

「大丈夫ッス。何かあったらまた相談するんで」


 じゃ、と手を振り、ベティの姿は一瞬でかき消えた。


「……さて、私も仕事に戻ろうかしら」


 飲んでいたコーヒーを飲み干し、私は席を立とうとして、ずしりと重たいものを感じた。


「……ッ」


 この感覚は初めてだったけれど、これが何であるかは本能が教えてくれた。


 これは兆しだ。

 これは悲鳴だ。

 これは警告だ。


 私の身体を動かすエネルギー源が、枯渇しかかっていることへの。


「ルビィに、会いたい」


 生まれて初めて三か月以上ルビィと会っていない。

 それにより、私の中の妹エネルギーが尽きかけていた。

いつもお読み下さりありがとうございます

5/15にTOブックス様より発売した当作品のコミカライズですが、漫画家さんのご体調を鑑みて長期連載が難しいことから制作中止となりました


本来ならもっと大きな場所で然るべき手順を踏んで告知すべきことですが、諸々の事情を鑑み、大変不如意ですがこの場でのみのお知らせとなります

楽しみに待っていただいた皆様、申し訳ございません


別件になりますが、原作小説も売上が振るわず2巻で打ち切りとなります

魅力的な作品に仕上げることができず申し訳ありません


暗いお話ばかりしてしまってごめんなさい

間もなく完結を迎えますので、ここまで来たし最後まで付き合うわ!

という方はこのまま完走までお付き合いいただけると嬉しいです

では

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― 新着の感想 ―
体調・・・・ねぇ・・・・ 普通にイラストレーターとしての仕事は定期的にしてるようですし 動きのある漫画を描く能力が足りないお方だったのでしょう これがここまで猶予貰えて、最姉の方がバッサリ切られるのは…
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