第四十五話「大掃除」
教皇を拘束してからは早かった。
行方不明扱いだったマリアが姿を見せ、刺客と共に事情を説明。
教皇がマリアに亡命と、その道中で殺されることを命じた。
衝撃的な内容に、教会は大きく揺れた。
教皇と、彼に従う一部の高位神官はデマだと争う姿勢を見せたが、下の人間たちはみなマリアの味方をした。
「マリア様は私のような下っ端のシスターの名前すら憶えていて下さりました」
厳しく己を律し、民に尽くしていたマリアと、滅多に顔も見せなかった教皇。
今後、教会を引っ張ってほしい人物はどちらなのか。
その結果は……ユーフェアの未来視が必要ないほどに明らかだった。
▼
教会を私物化し、聖女マリアへ自死の強要をしたとして、教皇はその座を引きずり下ろされることとなった。
彼の罪はそれだけでは終わらない。
マリアの偽装亡命は彼が仕組んだことだが、そこにはワラテア王国が関わっていた。
かの国と内通していた嫌疑もかけられ、これから厳しい追及を受けることとなる。
「離せ、離せぇ!」
警備兵に両腕を拘束されているのに、なおもジタバタと暴れる教皇。
「私を誰だと思っている! 神の代弁者モルガン一族の末裔であるぞ! 私にこんなことをして神が許すと思っているのか!? 私あっての教会、教会あっての聖女だ!」
そんなことを喚きつつ、必死に抵抗する教皇。
彼は私とマリアをびしりと指差し、
「いいのか!? 私の機嫌ひとつで貴様らから『極大結界』の力を取り上げることだってできるんだぞ!? そうなれば結界のなかった混沌の時代に逆戻りだ!」
結界のなかった頃のオルグルント王国は、日夜魔物との戦いに明け暮れていた――と、歴史の書物には記されている。
税金泥棒と揶揄されつつも『極大結界』は国防の根幹だ。
なくなってしまえば今の国の機能を維持することはできないだろう。
教皇の剣幕に押され、警備兵は拘束の手を緩めそうになっている。
「さあ! さっさと手を離せ! 今ならまだ許してやらんこともない。私は寛大だからな! しかし今回の件で負った心の傷は相当深い。タダで許すわけにはいかん。そうだな……ユーフェアを我が妻にするという条件でどうだ? 彼女には誠心誠意、私に尽くしてもらう。毎日膝枕でヨシヨシしてもらって、心の傷を」
どさくさに紛れて聞くに堪えない妄言を吐く教皇。
マリアはやれやれ……とため息を吐き、一歩前に出た。
「やれるモンならやってみな」
「癒して……え?」
「聖女への力の下賜をやめさせられるってんなら、やってみな。と言ったんだよ」
「あ、え、えっと。本当にいいのか!? オルグルント王国の存亡に関わるぞ!? そうなればお前は本当に国賊――」
「構わないさ」
「う……っ」
両手を差し出し、ほれ、と促すマリア。
「どうした? ほれ。神サマとやらにお願いすればいいじゃないか。本当にそんなことができるのなら、ね」
教皇はただうめき声を上げるだけだった。
先ほどまでの勢いは一瞬でなりをひそめ、視線をさ迷わせる。
「無理なんだろう。そもそもモルガン一族にそんな力はない」
衝撃的な一言を、マリアはあっさりと告げた。
「そうなの?」
「ああ。本当に神の声が聞けたのはモルガン一世だけ。しかも一度きりだったって話だ」
初耳だった。
「モルガン一族が教会を~」とか「聖女の力はモルガン一族がいるから~」とかは知っていたけれど。
「オルグルント王国の国営に関わる組織ってんなら、それなりに体裁を整えないと箔がつかないだろう?」
「神の声が聞こえる一族が取りまとめている組織……ってことにしようとしていた、ってこと? それって……」
「ああ。単なるペテンだ。最も、こいつの父親はそれを公開するかどうか悩んでいたけどね」
マリアが教会の内情を次々に暴露する。
あまりにあっさりと重大な秘密を漏らすので、警備兵すらも唖然としていた。
「き――貴様らぁ! それ以上我が一族を侮辱するなぁ!」
しばらく呆けていた教皇が、顔を真っ赤にして再び手足をバタバタさせる。
こちらをじろりと睨みつけ、唾を吐きながら、
「嘘なんかじゃない! 私は神の声が聞こえるんだ! 私は――」
「なら今、神様はなんて言ってるのかしら?」
「今に神罰が下るぞ! と仰せだ!」
「なら、それが来るのを楽しみに待っているわ、と伝えておいてちょうだい」
もし、本当に神罰とやらが私の元に来るというのなら、願ってもないことだ。
長らく存在があやふやだった神は本当にいると、証明ができる。
「それから教皇……じゃなかった、元教皇」
「なんだ!?」
「取り調べが終わったら、これについて私も聞きたいことがあるの」
教皇の住居を捜索したとき、私はあるものを発見していた。
二十五歳以下で、特に容姿に優れた女性の情報ばかりが記載されたノート。
中を確かめると、そこにはルビィとメイザのことも書かれていた。
「この赤く丸をしているのはどういう意味なのかしら? ルビィをどうするつもりだったのかしら? ん?」
ただならぬ気配を察したのか、肩をびくんと跳ねさせて教皇は大人しくなった。
「え、と。その子、もしかしてそなたと何か関係のある子だったり……?」
「私の妹よ」
「あ」
「赤い丸もそうだけど、備考欄のコメントについても聞きたいの。『童顔なのに胸が大きい。挟んでもらいたい。85点』……これは ど う い う こ と なのかしら」
メリ……と、私の指がノートを破りそうになる。
だめだめ。重要な証拠なんだから形は残しておかないと。
「何を挟んでもらいたいのか知らないけれど、お望みとあらば妹に替わって私がしてあげるわ」
私は足元に落ちていたこぶし大の石を拾い上げ、それを手で挟んだ。
指の間からパラパラと落ちる小石をあんぐりとした顔で見つめる教皇。
「こう見えて挟むのは得意なの。頭蓋骨でも、肩甲骨でも、脊柱でも……好きなところを『挟んで』あげる♪」
「た、助けて警備兵!」
顔面蒼白になった教皇が、警備兵にすがりつく。
「何が『助けて』だ! お前は今から連行されるんだよ!」
「いく! どこにでも行きます! だから、あの化け物を私から引き離してぇ!」
ようやく警備兵に従うようになった教皇が、逃げるようにして連行されていく。
一連の成り行きを見守っていたマリアが、ここで口を開いた。
「アンタにしては大人しいやり方だったね。てっきり取り調べの前に奴を島送りにするのかと思っていたんだが」
「そうしたいのはやまやまだったけれど……私は自制の効かない野獣じゃないわ」
「……? まあいい」
何故か首を傾げるマリア。
心外だ。
ひとまず教皇についてはこれで解決だ。
「とにもかくにも、これでひと段落ね」
「気を抜くのはまだ早いよ。教会の腐敗は教皇だけの責任じゃない」
「……あー、そうだったわね」
教皇側についていた高位の神官たち。
彼らも教会の権力を盾に甘い汁を吸っていた。
今回を機に、彼らも一掃しないと。
「大掃除の前に、ルビィに手紙を書いてもいいかしら。しばらく帰れないって伝えておきたいの」
「……手短に頼むよ」
「もちろんよ。新教皇さま」
私がマリアをそう呼ぶと、彼女は嫌そうに口元をへの字に曲げた。