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第四十四話「旧時代の終わり」

「あ……あが、あががががあがが」


 へたり込んだまま後ずさるモルガン五世。

 教会を統べる存在とはとても思えない情けない姿だったが、それも無理からぬこと。


 ほんの一瞬前までいたはずのカトレアがいなくなり。

 この世にいないはずのマリアが目の前に現れたのだから。


「お、おま……どうしてッ!? 死んだはずじゃ!?」

「そのつもりだったんですがねぇ。あの世行きの馬車が定員でいっぱいでして」


 マリアは裏切りの罪を被り、刺客たちの手により葬られたはず。

 なのにどうしてここに立っているのか。

 まるで幻惑の魔法を使われたかのような気分だった。


「私の……じゃなかった、神の命令に背いたというのか!? この罰当たりめ! いやそれより、カトレアをどこへやった!?」

「あれはアタシですよ」

「ふざけるな! あんなにも美しいカトレアとお前が同一人物だと!? バカも休み休み……言、え……?」


 最後の一言は、疑問符に化けた。

 おもむろにマリアが服をめくった二の腕の部分に、見覚えのある痕があることに気がついたのだ。


「そっ、その傷は!?」

「先ほどお見せした、奴隷紋を剥がしたときにできたものです。どうでしょう、これでカトレアが私だとお分かりいただけましたか」

「そ――んな、そんな……」


 未だ信じられない、といった様子のモルガン五世に、マリアは大きなため息を吐いた。

 ごそごそと懐から瓶を取り出し、それを飲み干す。


「あ……ああっ!?」


 変化は劇的だった。

 シワだらけの肌は見る間に瑞々しさを取り戻し、ぼそぼそだった白髪が輝きを放ち始める。


「……ふぅ」


 声のトーンは数段高くなり、単なる吐息にすら艶を感じた。

 水を飲み干したマリアの姿は、女神が嫉妬するほどの美少女――カトレアになっていた。


「これで信用してもらえましたかな」

「そ……そんな……水を飲むだけで別人に化けられるだと!?」

「別人じゃあありません。これが若い頃のアタシです」


 声はカトレア、喋り方はマリア。

 モルガン五世は混乱で頭が爆発しそうだった。


「うぅ、嘘をつけぇ!」

「自分で言うのも嫌な話ですが……王族がアタシを口説こうとしたって噂、あなたなら聞いたことがあるんじゃないですか」


 マリアがかつて絶世の美女だった話は、確かに複数人から聞いたことがある。

 モルガン五世は単なる噂だ、あんなババアが美少女のはずがないと信じていなかったが……。


(あの話は……本当だった!?)


 カトレアもとい若マリアの姿を見ればそれも頷ける。

 ありとあらゆる禁忌を犯してでも手に入れたい魅力を、若マリアは秘めていた。


「つ、つまり……俺が口説いていたのは……」

「アタシってことです」

「……」


 モルガン五世は白目を剥いた。

 いくら姿が変わっていたとはいえ、あれだけ毛嫌いしていたマリアに甘い言葉を吐き、必死で口説こうとしていた自分に、心が耐えられなかった。

 人間としての本能が心を守ろうとした結果、彼は半ば強制的に意識を消失させた。



 ▼

<クリスタ視点>


 儀式の間の外で、私はマリアの儀式が終わるのを待っていた。

 近くにはみんなもこっそりと隠れるようにして待機している。


「今更だけど」


 沈黙に耐え切れなくなったのか、エキドナがおもむろに口を開いた。


「教皇を告発するって、本当に大丈夫なのか? うぅ……心配になってきた」

「エキドナ、今さらすぎ。私なんかもう覚悟完了しちゃってるからね」

「とか言いつつユーフェアもさっきからプルプル震えてるッスよ。ほら、振動が私の方に伝わってきてる」

「こっ、これは違うの! 教会の中が寒いからっ」


 心配でお腹のあたりをさするエキドナと、小刻みに震えているユーフェア。

 ベティはいつも通り――というか、いつも以上に表情が明るい気がする。


「ベティ、なんだか嬉しそうね」

「はい。頭がすげ変わったら、このクソみたいな教会の空気も変わってくれるかなって思うとワクワクしちゃうんスよ」

「……そうね」


 教会の空気は確かに良いとは言えない。

 権威を振りかざして人をひれ伏せさせ、意に反する者は差別し、それができない相手には陰口を叩く。


 教会が権威を持つことは悪いことじゃない。存続のためには多少は必要だということも認める。

 けれど今の教会はそれにばかり頼りすぎて本来の役割を忘れている。


 ……まあ、私が言えた口じゃないけれど。


「それにしてもマリア、遅いッスね。そろそろ制限時間ッスよ」

「予備も渡してあるから大丈夫だとは思うけど……」


 なかなか戻ってこないマリアを心配し始めたその時――


「ぎゃあああああああああああああああああ!?」


 ――という悲鳴が聞こえた。

 声は男のもの。つまりは教皇だ。


「何なんだ、いまの悲鳴」

「……」

「先輩。覗いてきましょうか?」


 ただならぬ気配に、ベティが様子見を提案する。

 マリアからは「何があっても内側から扉を開けるまで何もするな」と言われていた。

 そして、扉はまだ閉ざされたままだ。


「いえ。マリアを信じて、待ちましょう」

「了解ッス」


 作戦が失敗した場合、私たちは名実ともに反逆者だ。

 けれど教会の実情を知ってしまった以上、見て見ぬふりはできなかった。

 教会の腐敗はいずれ国中に伝染する。

 それは巡り巡ってルビィの生活にもいずれ辿り着く。


 姉として、それを見過ごすことは絶対にできない。

 それに……マリアの気持ちも知ってしまった。


 自分のせいでカトリーナが死んでしまった。

 それが自責の念となり、教会に尽くすことを己の懺悔とした。

 カトリーナが死んでから四十年以上。贖罪には十分すぎる時間を過ごした。


 マリアはもう、許されなければならない。


 ルビィのため、何よりマリアのため。

 この計画は何としてでも成功させなければならない。


(いざとなったら、私が――)


 拳を握りしめていると、ギィ……と音を立て、扉が開いた。


「終わったよ」


 老婆姿のマリアが中に入るよう促してくる。


「教皇は?」

「中で気絶してる」

「すごい悲鳴が聞こえたけど、大丈夫だった?」

「ああ」


 ちらりと中を見てみると、白目を剥き、天を仰ぐような姿勢で微動だにしない教皇が見えた。

 あんまりにも凄い格好で気を失っているので、思わずマリアに尋ねる。


「すごいポーズで気絶してるけど、何かやったの?」

「何も。ただ目の前で例の泉の水を飲んだだけだよ」

「……なるほど」


 魔法を見慣れない者にとっては気絶するほど驚くのかもしれない。

 ――まさか若返ったマリアを口説こうとしていたなんて知る由もなかった私は、そんな風に解釈した。

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