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第四十三話「これでもォ?」

 教皇とは、教会で最上位の地位を表す言葉ではない。

 教皇とは、『神の声を聞ける』という特別な能力を持つ、モルガン一族そのものを指す言葉だ。

 モルガン一族がいるからこそ教会は成り立っていて。

 モルガン一族がいるからこそ聖女は『極大結界』の管理者たる資格を有するのだ。


 王家一族とともにオルグルント王国を支える両輪の一旦。

 それが教皇モルガン一族だ。


 彼らは様々な特権を有するが、同時に大きな制約もある。

 『有事以外は教会の外に出られない』というのも、彼らに課せられた制約のひとつだ。

 もちろん、自宅も教会の敷地内にある。


「おかえりなさい、あなた」

「ああ、ただいま」


 モルガン五世は一日の公務を終え、自宅に戻った。

 出迎えてくれたのはカトレアだ。


「お疲れ様です」


 ソファにどっかり座ると、カトレアも続いて隣に座る。


「ふぅ。疲れたよぉ」


 カトレアが座るや否や、モルガン五世は彼女に体重を預けた。

 立場上、彼は神官やシスターの前では常に気を張っていなければならない。

 神の代弁者という能力を持ってはいるが、彼とて一人の人間だ。

 自宅に帰り、そして愛する妻を前にすれば多少はだらけた姿勢にもなろうというもの。


「今日もたくさん頑張って来たんですね」


 モルガン五世を抱きしめながら、カトレアは優しく彼を労った。

 教皇という重責を続けていられるのも、ひとえに彼女の献身あってこそだ。


 カトレアは体制を変え、両手を広げた。


「今日もあなたの大好きな私の胸の中で、いっぱい癒して差し上げます」

「カトレア……♡」


 豊かに実ったカトレアの双丘に、モルガン五世は顔を埋め――



 ▼ ▼ ▼


「……様、教皇様」

「は!?」


 声をかけられ、モルガン五世は我に返った。


(いかんいかん。人前なのについ妄想にふけってしまっていた)


 少し胸元がはだけただけで、ありもしない記憶が再生されてしまった。

 それほどの魅力を秘めたカトレアの胸に、モルガン五世は戦慄すら覚えた。


 ふと彼女の方を見ると、既に服装は元に戻っていた。

 モルガン五世が妄想の世界に浸っている間に着直したらしい。

 残念な気持ちはあったが、視線が釘付けになって話が進まないからこれでいいか、と自分を納得させる。


(正妻に迎えた後、いつでも見れるし、触れるんだからな……ぐふふ)


「すまない。君が美しくて、つい見惚れていた」

「まあ。教皇様もご冗談を仰るのですね」


 嘘偽りのない本音を言ったつもりだったが、カトレアは真に受けなかった。

 ふふ、と笑うだけで流してしまう。


「冗談ではないぞ。私は本気でそなたを美しいと思っている」

「そんな……困ります」


 カトレアは、ふい、と後ろを向いた。

 振り向く直前の表情は困るというより、恥ずかしがっているように見えた。


 表情はもちろんのこと、褒められ慣れていない初心(うぶ)そうなところも、かなりモルガン五世の琴線を刺激した。


 もっと彼女の表情を見たい。

 近付いて、触れたい。


「恥ずかしがることはない。さあ、顔を見せておくれ」


 モルガン五世は立ち上がり、ゆっくりとカトレアの方に近づいていく。

 顔が見えないはずの後ろ姿でさえある種の美しさを感じさせる彼女に、驚きと高揚を覚える。


(顔、声、後ろ姿、そしてなにより、胸! 何もかもが完璧すぎるだろ!)


 美の女神が嫉妬を覚えるほど――否、美の女神そのものと言っても過言ではないカトレアに、モルガン五世はすっかり魅了されていた。


 正妻としてカトレアを迎え、そしてユーフェアを第二婦人とする。

 オルグルント王国を王族と教会の両輪で支えるように、最強の美少女が自分の両脇を固めてくれる。


 そんな未来予想図を彼は確信した。


「お戯れもそれくらいになさってください。私などが美しいはずがございません」

「謙遜も過ぎれば嫌味になるぞ」

「……本当に、そうお思いなのですか?」

「もちろんだ。そなたを見て美しいと思わない者がこの世に存在するはずがないだろう?」


 十人いれば十人が、

 百人いれば百人が、

 千人いれば千人が、

 カトレアの美しさに魅了されるだろう。


 もちろん人間の好みは多種多様なので、カトレアを美しいと思わない人間も探せばいるかもしれない。

 しかしそれは極々々々々々々々々々少数だ。

 大陸中の人間を集めているかどうか……というレベルだ。


(……そういえば、マリアの奴も若い頃はキレイだったらしいな)


 モルガン五世は立場上、数人の王族と親しい間柄にある。

 彼らから聞いた話では、彼らの祖父に当たる人物はマリアを王妃に迎え入れようとしたらしい。


 王家と教会は国家運営を協力はするが、関係者が婚姻を結ぶことは固く禁じられている。

 二つが交わってしまえば自然と権力が集中しすぎてしまう。

 集中しすぎた権力はいずれ腐敗する。それを防ぐための措置だ。

 その禁忌を破ってでも、かつての国王はマリアを妻にしたかったらしい。


 「口うるさいババア」というイメージしかない彼はあまり信じていなかったが、今、なんとなくその話を思い出した。


「本当に……本当に、私はキレイですか?」

「もちろんだ。さっきからそう言っているではないか」


 ずっと反対側を向いていたカトレアが、ゆっくりと――ゆっくりと、振り向いた。


「これで

    もォ?」


 「これで」の時は聞き惚れるような瑞々しい声だった。


 しかし、


 「もォ?」の時は……思わず耳を塞ぎたくなるような、老女の声に変化していた。


 声だけじゃない。

 美しかった顔はシワだらけになり、光を反射していた髪はいつの間にか白髪へと染まっている。


 美の女神を体現していたはずの美少女カトレアは、一瞬にしてヨボヨボの老婆へと変貌していた。


「ぎ――ぎゃあああああああああああああああああ!?」


 モルガン五世の悲鳴が、神聖な儀式の間にこだました。

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