第四十一話「新しい聖女の秘密」
新しい聖女カトレアに、モルガン五世は見惚れていた。
(恐ろしさを覚えるほどの白い肌……! しかし病的な感じは一切ない。若く健康的な瑞々しさを保っている。大きな目、深い湖のように澄んだ瞳で、まるでこちらの心まで覗き込まれるかのようだ。左右均等に整った眉、繊細な鼻筋、やわらかそうな唇、そして大きな瞳。すべてが優美で、甘美で、完璧なバランスで調和しているッッッ!)
ユーフェアを見た時も同じような衝撃を受けたが、カトレアはそれと同等――いや、それ以上の衝撃があった。
美しさはもちろんのこと、彼女の存在に今の今まで気付かなかった自分自身に対しても。
(これほどの美少女をこのモルガン五世が見落としていただと……? ありえん!)
教皇ともなればその情報網は王族にも匹敵する。
彼が望みさえすれば、オルグルント王国の中の情報は大抵手に入る。
それほど広大な網に、カトレアという存在が引っかからなかったことにわずかな違和感を覚えた。
「あの、私の顔になにか?」
鈴の音を転がしたようなカトレアの声。
どうやら容姿だけではなく、声まで美しいようだ。
その声に聞き惚れそうになったが、一度生まれた違和感が正気に戻してくれた。
「そなた、出身はどこだ?」
「…………言わなければなりませんか」
わずかに表情を曇らせるカトレア。
その表情で、これまで情報網に引っかからなかった何かがあるとモルガン五世は確信した。
戸惑うようなカトレアの表情も、それはそれで見惚れるような美しさだったが。
出身という世間話レベルの内容をすぐ答えられないところに、えも言えぬ怪しさを感じる。
彼の中で、違和感が警戒心へと変化する。
(クリスタが私を謀ろうとしている? 彼女は聖女ではないのか?)
聖女のように遠くから感知はできないが、こうして目の前にいれば神から力を授かっているかどうかはモルガン五世も判別できる力を持っている。
(……いや、聖女だ。間違いなく)
その力を用いてカトレアを調べたが、おかしな点はない。
ただ一つ、これまで存在を知らなかったことを除いて。
「私は日々、民の安寧を守るためにあらゆる情報を集めている。安らかに暮らせているか、飢えている子供はいないか、とな。しかし私ほどの情報網を持っていれば、詮無い噂話も嫌でも聞こえてくる。そなたほど美しい容姿を持っているなら、評判にならないのはおかしい。私の耳に入って来るのは必然のはずだが……今の今まで、そなたの存在を知らなかった」
あくまで国民の平和のために情報を集めていて、その中で美少女の情報が自然に、勝手に聞こえてくる。
そう強調しながら、モルガン五世はカトレアに視線をやった。
「そなたが聖女であることは疑うべくもない。ただ……まるで今しがた現れたかのようで、とても奇妙だ」
「…………」
「そなたは何者だ? どこから来た?」
「分かりました。お話いたします」
少しの沈黙を挟んでから、口を真一文字に結び、何かを決意したようにカトレアは立ち上がった。
「このことは内密にお願いできますか」
「うむ。約束しよう」
そう確かめてから、カトレアはおもむろに法衣に手をかけた。
「待て待て、何のつもりだ?」
「お話だけでは伝わりにくいので、こちらを見せた方が早いかと思いまして。どうぞご覧ください」
するり、と彼女は法衣を滑らせ、肩を露出させた。
顔と同じ白い皮膚が見えたが、左の二の腕あたりの一角だけがやや黒ずみ、歪んでいた。
古傷……だろうか。
「その痕は……?」
「奴隷の焼き印のついた皮膚を自分で剥がしたものです。うまくできず、このような痕が残りました」
奴隷。
オルグルント王国では、遥か昔に禁止となった制度だ。
それが今もある国と言えば……。
「ご明察の通り、私はオルグルント王国の人間ではありません。サンバスタ王国の逃亡奴隷です」
「なんと……」
モルガン五世の情報網は国の外にまで及んでいるが、さすがに奴隷の情報など知る由もない。
カトレアの存在を彼が知らないのも無理からぬことだった。
「私は教皇様が愛する国の民ではございません。他所の国の、しかも逃亡奴隷。あえて申し上げるまでもなく罪人です。人以下の存在だと蔑まれることでしょう。しかし神から選ばれた以上、滅私奉公でこの国に貢献する所存です。差し出がましいお願いですが、どうかこのことは教皇様の胸に秘め、私を聖女として認めてくださいませんか」
「ああ、認めよう」
ほぼ間を置かず、モルガン五世は頷いた。
是非もなかった。
カトレアの話に胸を打たれ――—―たからではない。
彼にとってはそれよりも大事で、何よりも大切なものが見えたから。
(お、大きい……!)
カトレアがはだけさせた法衣。
彼女は二の腕を見せるために脱いだのだが、同時に胸元も晒すような格好になっていた。
彼の視線はそこに釘付けになっていた。
実を言うと、カトレアの話は半分も聞いていなかった。
彼女に抱いていた疑念とか、警戒心とか。
それらを含めて、すべてがどうでもよくなっていた。