第四十一話「二人目の至上」
「まだなのか」
マリアに偽装亡命作戦を命じてから、二週間が経過した。
これから忙しくなるだろうと、先んじて諸々の仕事も終わらせた。
普段は上級神官たちに丸投げしていた通常業務はもちろんのこと、近々開かれる建国祭で教会が行う当日の段取りまで。
そうまでしても、暗殺者たちが戻ってくるまで時間が空いてしまった。
「果報は寝て待て……とは言うが、これでは惰眠を貪るしかなくなってしまう」
時間つぶしにと、最近はさらなるハーレム要員の選定を行っていた。
『秘匿文書。教皇以外閲覧厳禁』と銘打たれた、国中の美女をまとめたリスト。
何の気なしにそれをぺらぺらとめくり、とあるページで手を止める。
「この子も欲しかったんだがなぁ……」
モルガン五世が手を止めたページには、「リアーナ・ホワイトライト」という少女のプロフィールが載っていた。
選りすぐりの美少女を集めたリストの中でも、リアーナの美しさは頭ひとつ抜きん出ていた。
家柄も公爵であり、しかも辺境領の娘。
その美しさを遺憾なく発揮し、バラに彩られた人生を送ることは約束されていた。
……本来なら、そうなるはずだった。
しかしリアーナの人生は、劣等感に苛まれていた。
それもそのはず。彼女の妹は、モルガン五世が「至上の美少女」と評したあのユーフェアなのだ。
いくらリアーナが美しくとも、相手が悪すぎる。
ユーフェアがいると、どんな美少女でも単なる引き立て役になってしまう。
まして姉妹ともなれば、比べられるのは必然。
そんな可哀そうなリアーナをハーレムに迎え入れ、優しく慰め、失った自信を取り戻させてやりたいと考えていたが……三週間ほど前から、なぜか行方が分からなくなっているらしい。
どこかの誰かと駆け落ちでもしたのかもしれない。
貴族の中だと、そう珍しくもない話だ。
「いないものは仕方ないか」
ぱたんとリストを閉じ、モルガン五世は大きく伸びをした。
「あーーー、報告まだかなぁ」
▼
さらに数日が経過し、マリア暗殺に向かわせた使者たちがようやく戻って来た。
待ち望んだ者たちの帰還に、モルガン五世の胸は躍った。
「聖女マリアの暗殺、つつがなく完了いたしました」
(ついに……ついに……!)
ガッツポーズを取って全身で喜びを表現したくなる身体を気合いで抑えつける。
今回の裏切りの真相を知るのは自分とマリアだけなのだ。
この秘密は誰にもバレることなく、墓場まで持って行かなければならない。
「……そうか。ご苦労だった」
彼は神妙な声を出しつつ、彼は残念そうに頭を振った。
「貴殿らには辛い業を背負わせてしまったな」
「我らは教会の懐剣。教会に仇を成す者は、たとえ誰であろうと成敗いたします」
誰であろうと、を強調する暗殺者。
聖女であってもそれは例外ではない、と暗に示したいのだろう。
「それに……凶報だけでなく吉報もございます」
「なに?」
暗殺者の唇が少しだけ上を向いたことに、モルガン五世は気がつかなかった。
▼
「新しい聖女? もう見つかったのか」
「はい。聖女クリスタ様が偶然見つけてくださいまして」
聖女が死ぬと次の聖女が出現する。
通常、次の聖女探しは神官の役目だが、聖女も次の聖女を感知できるらしい。
(そういや、親父がそんなこと言ってたな。結界を通して聖女は繋がってるとか何とか)
すっかり記憶の彼方に飛んでいた父からの説明を、今になって思い出す。
「それは吉報だな」
――と言いつつ、新しい聖女への関心は薄かった。
マリアが言っていたように、こと『極大結界』の管理にのみ限定して言えば今は非常に安定している。
クリスタという化け物が聖女でいる限り、『極大結界』に何か不具合が起こる……なんてことはあり得ないのだ。
「聖女クリスタ様は新しい聖女様と共にこちらにお越しになるようです。早く結界の操作などを教えたい、とのことで、急ぎ祝福の儀がしたいと」
「そうか」
クリスタはマリアの死をなんとも思っていないようだ。
神官たちが事あるごとに言っていた「神を信奉する心を持たない冷徹な人間」という噂は本当らしい。
「――そうだな。いいタイミングだ。このまま祝福の儀を執り行う」
「承知いたしました。ではそのようにお伝えいたします」
▼
暗殺者たちの報告に続き、祝福の儀を行うことになった。
聖女側の段取りはいつもマリアが準備していたが、今回はクリスタがその役を担っている。
クリスタは魔法研究所にも所属しており、どちらかと言うとそちらに比重が傾いていた。
そのことをマリアに何度も注意され、仲はあまり良くなかったらしい。
マリアがいるせいで教会にほとんど顔を出さなかったというのに、死んだ途端に新聖女の段取りを行う。
この変わり身の早さには、さすがのモルガン五世も舌を巻いた。
今回の一件をきっかけに、マリアの座を根こそぎ奪おうというクリスタの魂胆が透けて見えた。
(存外、抜け目のない奴だな)
これまでクリスタのことはあまり好ましく思っていなかったが、マリアの死をきっかけに利害は一致している。
そういうことなら、彼女と協力する道もなくはない。
(教会の安定化に寄与すると言うのなら、あいつの望むように規制を変えてやってもいいな)
「準備完了しました。それではお願いします」
「うむ」
そんなことを考えていると、クリスタと目が合った。
なんとなく相手も同じようなことを考えている気がして、モルガン五世は相手にだけ分かるように、にやりと笑みを向けた。
クリスタも同じように何か企んでいるような笑みを浮かべ、すすすっ……と儀式の間から身を引いた。
(面倒だ。さっさと終わらせるか)
マリアが死んだ今、やることがたくさん出てきた。
新しい聖女に使う時間なんて、一分でも惜しい。
二人くらいは聖女をハーレムに欲しい……なんて思っていたこともあったが、よく考えればユーフェアだけいればいい。
(属性が被るし、ユーフェアと並べたらみんな引き立て役になって可哀そうだからな)
ユーフェアに並ぶほどの美少女であれば話は別だが……あれほど美の女神に愛された人間が同じ世に二人存在するとは考えられない。
「そなたが新しい聖女、カトレアか」
「はい」
布で顔を隠した聖女に、それを取るよう命令する。
「顔を見せなさい」
「はい」
薄布を剥ぎ、カトレアが素顔を晒す。
その瞬間――モルガン五世の中の時は止まった。
「う、美しい……」