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第三十九話「教皇モルガン五世」(4)

『マリアに早く死んでもらいたい』

『教会の威厳を自分が生きている間だけは保たせたい』


 オルグルント王国で王族と双璧を成す組織の頂点にいても、これらの達成は容易ではなかった。

 教会の威厳は聖女の活躍によるものが大きいのだが、マリア以外は以下のような状態だ。


 クリスタ→教会が不可侵としてきた諸々を嬉々として暴こうとする。

 エキドナ→能力こそ聖女に相応しいが、本人にカリスマがない。

 ソルベティスト→非協力的で、マリアやクリスタに言われなければ公務もしない。

 ユーフェア→山に引きこもり、滅多なことで下に降りてこない。


 マリア亡きあと、果たして彼女たちだけで聖女の威厳を保てるのだろうか?

 答えは否だ。


 マリアに死んでほしいが、死んでしまうと教会の威厳はあっさり崩壊する。

 相反するそれらを同時に達成するための案を、彼は数年間悩み続けた。


 しかし、ある時それらを解決する案がぽろりと浮かんだ。

 きっかけは、聖女がサンバスタ王国で暴れた――という話だった。



 ▼


「なにぃ!? ユーフェアが誘拐されただとぉ!?」

「誘拐ではなく、姉リアーナの代わりにサンバスタ王国の公爵と婚約したんです」

「同じことだ!」


 基本、モルガン五世は俗世の事件に関心がない。

 教皇としてとりあえず耳には入れるが、だいたいが「ふーん」で終わる。


 しかし当事者が聖女となると話は別だ。

 聖女を管理・統括する教会として断じて見過ごすことはできない。


(よりによって私からユーフェアを奪おうとは……! 許せん!)


 この三年で、ユーフェアは予想を遥かに超えた美少女となっていた。

 彼が思い描くハーレム要員には、既にユーフェアが組み込まれている。

 他の何が犠牲になっても、彼女だけは手元に置いておきたい――そう思うほど、彼はユーフェアに執着していた。


 教皇の責務一、下心九の割合で彼は拳を握りしめ、強く言い放った。


「我が国の宝である聖女をかどわかすとは何たる不届き者! すぐに私兵を集めろ!」

「いえ、それが……既に救出は終わっています」

「なに?」


 どうやら事態は収束しており、これは事後報告らしい。


「どこのどいつだ。ユーフェアを助けたのは」


 さらわれた姫を助ける勇者のような気分になっていたモルガン五世は、やや不貞腐れながら椅子に座り直す。


 サンバスタ王国の公爵となると半端な人間では手出しできない。

 屈強な私兵がいるだろうし、よしんば救出できたとしても報復の可能性がある。

 それらを気にせず腕が立ち、さらに聖女の動きをいち早く察知できる人間となると――数はかなり絞られる。


「――ああ分かった。クリスタだな」


 クリスタは聖女でありながら破壊の権化だ。

 原理はよく知らないが、拡大ナントカというものを用いると聖女の力を癒しや守り以外に変換することができるらしい。

 何をどうすれば癒しと守りの力が破壊に変換されるのかはさっぱりだが、とにかくクリスタは尋常ではない戦闘力を秘めている。

 彼女であればユーフェアの動向を追うことも、他国の公爵に喧嘩を売ることも容易いだろう。


 ついでに言うと聖女の出国は所定の手続きを踏む必要があるが、クリスタならそんなものも気にしない。

 本来なら厳しく罰する必要があるが、モルガン五世自体「まあ、クリスタなら別にいいか」と思っている。


 聖女を保護するための出国制限だが、そもそも彼女に危害を加えられる存在が想像できない、というのが主な理由だ。


「半分正解です」

「半分?」

「ええ。もう一人、同行者がいました」

「分かった。ソルベティストだな」

「いいえ。聖女マリアです」

「なに?」


 予想していなかった名前に、モルガン五世は顔を上げた。


「しかも出国の申請もせずに、です。あの聖女マリアがですよ?」

「意外だな」


 モルガン五世が意外、と言った理由は二つある。

 ひとつは恐ろしいほど規則を遵守するマリアがそれを破ったこと。

 規則破りが当たり前のクリスタやソルベティストとは重みがまるで違う。


 もうひとつはユーフェアの救出に行ったこと。

 長年連れ添った前聖女の誰が死んでも眉一つ動かさなかったあのマリアが、ユーフェアのために動いた、ということになる。


 彼の中にある聖女マリアの像と重ならない行動だ。


「あのババアが規則を破ってまでユーフェアを助けるとはな。情でも移った……の、か?」


 自分で言った言葉に、彼ははたと気付いた。


 ()()()()()()()()()()


(何だ。今、何かが浮かんできたんだが)


 頭の中を何かがかすめた感触だけは分かる。

 それがはっきりしたのは、続く密偵からの言葉だ。


「ぶっきらぼうそうに見えますが、聖女マリアは意外と情に厚いですよ。特に新聖女たちには目をかけているように思います」


 ()()()()()()()


「これだ!」

「!? き、急になんですか」


 長年彼を悩ませていた難問。


『マリアに早く死んでもらいたい』

『教会の威厳を自分が生きている間だけは保たせたい』


 これらを同時に達成できる案を、ようやく思いついた。

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