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第三十八話「教皇モルガン五世」(3)

 モルガン五世は食い入るようにユーフェアを見つめた。


 手触りの良さそうな髪は光を反射し、まるで丁寧に磨き上げた貴金属のような輝きを放っている。

 天井のステンドグラスを透過する淡い陽光に照らされた肌は一度も袖を通していない法衣のような白。そこに形の良い鼻筋と眉、大きな瞳が見えた。


 神聖な儀式、そして教皇という存在を前にしているせいか表情はやや硬いが、それでも一切の美しさを損なっていない。


(—―そういえば、こんな話を聞いたことがあるな)


 北の辺境ホワイトライト領にて、オルグルント王国第十二王子・サリオンに見染められた絶世の美少女がいると。

 サリオン王子は一部界隈では女性の顔にうるさいことで有名で、「面食い王子」と揶揄されていた。


「そなたの家名は何だったかな」

「え? ホワイトライトですけど……」

「なるほど。なるほどなるほど」


 何らかの理由で婚約を断念することになった、という話までは聞き及んでいた。

 聞いた当初はさして気にも留めなかったが、よくよく考えるとおかしな話だ。

 あの面食い王子が、見染めた相手を逃すはずがない。

 仮に婚約者がいたとしても、あらゆる権力を駆使して手に入れようとするだろう。


 そんなサリオンが婚約を諦めなければならなかった理由はたったひとつ。

 ユーフェアが聖女に選ばれた、ということだ。


 いかに王子とはいえ、教会に干渉することはできない。

 だから諦めざるを得なかったのだろう。


 にま、とモルガン五世は唇の端を歪めた。


(面食い王子すらも虜にした美少女が手元に転がり込んでくるとは……なんたる幸運! 今まで我慢してきて良かった~!)


「あ、あの……もういいですか」


 早く帰りたそうなユーフェアが、じりじりと出口の方向に行こうとしている。


「ダメだ。もっと近くに来て顔を見せなさい」

「えぇ。で、でも、クリスタはすぐに終わるって」

「聖女ユーフェアよ。これは神聖な儀式なのだ。私に従いなさい」

「うぅ……はい」


 言われた通り、モルガン五世の傍に近づくユーフェア。

 渋々、嫌々、といった感情が丸見えのままだったが、むしろその表情がモルガン五世の中にある嗜虐心を煽っているように思えた。


「両手を出しなさい」

「はい」


 ちょこんと手を出すユーフェア。

 法衣の丈が彼女に合っておらず、指先だけがわずかに顔を見せていた。


「サイズの合うものを見繕わないとな」


 モルガン五世はユーフェアの裾をめくり、両手を包み込むようにして握りしめた。

 絹のようになめらかな手触りの肌。その感触をしばらく楽しむ。


 すべすべ。

 すべすべ。


「あの……これは何をしているんですか」

「神に君の感触を覚えさせているのだ」


 もちろん、儀式にそんな項目は存在しない。

 しかし右も左も分からないユーフェアにそれが嘘だと判断することはできない。


「はぁ……」

「よし、次だ」

「まだあるんですか」

「当然だ。儀式は長いからな」


 しばらく手を撫でた後、モルガン五世は備え付けの椅子に座った。

 自らの膝をぽんと叩く。


「ここに座りなさい」

「えっ」

「聞こえなかったのですか? 私の膝の上に座りなさい」


 もちろん、儀式にそんな項目は存在しない。

 しないが、モルガン五世はあえて堂々と言い切った。


「これも儀式です」

「……」

「早くしなさい。でなければ神の怒りに触れますよ」

「うぅ……」


 何度も促され、ユーフェアがようやく動いた。

 言われた通り、彼の膝の上に座る。


「緊張していますね」

「ひぁ!?」


 後ろからユーフェアの身体を抱きしめる。

 触れる面積が増えたことで、より彼女の身体の強張りが感じ取れた。


(少し肉付きが悪いな)


 小柄なのは好ましいが、華奢すぎる。

 一切の欠点がなかったユーフェアだが、ここに来て初めて減点となった。


「今は何歳だったかな」

「じ……十二です」

「そうか。なら、まだ望みはあるな」

「?」


 モルガン五世はユーフェアを抱きしめながら頭を撫でる。

 何かの香が鼻腔をくすぐり、少女特有の良い匂いがした。


「ひぅ、あの、もう」

「まだだ」


 緊張――と、警戒—―を強めるユーフェアとは対象的に、モルガン五世はすっかり彼女に心を奪われていた。


(成長次第では正妻にするのもいいな)


 ユーフェアの感情の一切を無視しながら、自分勝手な未来予想図を描く。


「聖女ユーフェアよ」

「はい。あ、終わりですか……?」

「子供は何人欲しい?」

「え?」


 触れている箇所を通じて、ユーフェアの戸惑いが伝わってくる。


(いかん。突っ込んだ質問をしすぎたか)


「—―何でもない。ただの雑談だ」

「雑談ってことはもう終わりですよね!? 帰っていいですか!?」


 ここで「ダメ」と言って彼女の顔を曇らせることは簡単だ。

 むしろそうしたい、が……。


(やめておこう)


 モルガン五世は自らの頬を叩いた。

 知らず知らずのうちにユーフェアの美しさに惑わされ、もっと彼女を独占したいと言う欲望が表出しそうになっている。


(魔性の女だな。しかし、だからこそ我がハーレムに相応しい)


 見た目はもちろんのこと、「サリオン王子が手に入れられなかった相手」ということが彼にとっては大きな付加価値となった。

 肉付きが良くないことはややマイナスだったが、年齢からすれば仕方のないこと。

 あと数年もすれば理想を体現した姿になるだろう。


(あとはマリアの死を待つだけ!)


 ここ数年で聖女たちは次々と寿命を全うした。

 この流れが続くなら、来年あたりにはマリアも天に召されるだろう。


 そうなれば今度こそ、本当の意味でモルガン五世は教会を思うままにすることができる。



 ▼


 ユーフェアの参入から二年が経過した。

 死ぬだろうと思っていたマリアは未だに存命している。


「なんであんなにピンピンしてるんだよあのババアは!」


 マリアの年齢は六十を超えている。

 平均寿命を超えて長生きする彼女にモルガン五世は頭を抱えた。


 いくらストレスと無縁の生活を送っているとはいえ、彼とて人間だ。

 四十に差し掛かろうという年齢になれば身体のどこかしらに支障も出てくる。


 このままではハーレムを築く前に自分が楽しめない身体になってしまう。



 問題はもう一つあった。

 聖女の代替わりにより、教会の求心力が落ち始めていることだ。

 地方では「教会は税金泥棒」などと揶揄する不届き者まで出ているらしい。


 モルガン五世は今、自分だけが楽しめればいいと考えている。


 後世の教会がどうなろうと知ったことではないが、自分が生きているうちは教会には威厳を保ってもらっていなければならない。


「何か手を打たなければ……!」


 一人の男の歪んだ情熱が、ひとつの狂った策を打ち出すこととなる。

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