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第三十七話「教皇モルガン五世」(2)

 モルガン五世の予想通り、それから数年かけて聖女は次々に寿命を全うし始めた。

 入れ替わりでやってくる聖女=若い女に、彼は期待を膨らませた。


 しかし――。


「そなたが新たな聖女、ソルベティストか」

「……」


 聖女クリスタの参入から二年後。

 次の聖女が決定され、モルガンはうきうきしながら祝福の儀を執り行った。


「顔を見せなさい」

「あ?」


 ソルベティストはゆっくりと立ち上がり、衣を剥いだ。

 その瞳には猛獣のような獰猛さを秘めていた。


「ひっ」


 数メートルも距離があるにも関わらず、モルガン五世はソルベティストの眼光に萎縮してしまった。


「私に命令するんじゃねーッスよ」


(なし――なしなし! こいつもなし!)


 ソルベティストもクリスタと同様、教会ではそう見かけないタイプの少女だった。

 貴族のような品質管理されたものではなく、野生の中で強く逞しく育った無名の花とでも言おうか。

 そういう強さを秘めた美しさは彼も好むところではあったが――粗野な性格だった場合、話は別だ。


(乱暴な女は嫌いだ!)


「てめーにはいろいろと聞きたいことがあるんスよ」


 ずかずかとモルガン五世へと近づくソルベティスト。

 ぽきぽきと鳴らす手は、どう見ても友好的な話をしそうには見えなかった。


「終わり! 祝福の儀終わり! 早く出て行きなさい!」

「そういうワケにはいかねーッス。何のためにここまで来たと……」

「—―はい、そこまで」


 モルガン五世に伸ばした彼女の手を、第三者が掴み取った。

 クリスタだ。


「……マリアが私に待機するよう命令したのは、こういう理由だったのね」


 はぁ、とため息を吐くクリスタ。

 細かい事情は知らないが、助かったようだ。


「は、早くそいつを連れ出してくれ!」

「ええ。言われなくともそうします」

「離せぇ!」

「ダメよ」


 クリスタは暴れるソルベティストの腕を後ろで固定し、動けないようにする。


「うぬああああああッ!」

「力入れても無駄よ」

「このッ、バカ力女……本当に人間ッスか!?」


 ソルベティストが唸るほど暴れてもクリスタは涼しい顔をしている。

 どういう力の入れ方をしているのか見当もつかない。


 それでもソルベティストは暴れることをやめない。

 鎖に繋がれた猛獣がそれでも獲物に噛みつくように、モルガン五世に犬歯を向ける。


「私たち孤児がどんな目に遭ってきたか、教会のアタマであるこいつに分からせてやるんス! 私はそのために――!」

「……いったん外に出ましょう。話はそこで聞くわ」


 罪人を連行するような恰好で、クリスタはソルベティストと共に外へ出て行った。


「……はひ」


 二人が出て行ってから三分後。

 ようやく彼はその場から動けるようになった。



 ▼


 儀式の数日後、モルガン五世は住居を移した。

 ソルベティストにすっかり怯えてしまい、襲い掛かられる夢を連日見てしまったせいだ。

 彼は恵まれすぎた生まれ故に、自分の思い通りにならないものが嫌いだった。

 そして同時に、大変な小心者でもあった。

 「またソルベティストに詰め寄られるのでは」という恐怖に怯えながら、しばらくの時間を過ごした。


 次にソルベティストを見かけたのは、オルグルント王国の建国祭だった。

 時間を置いたおかげで彼女も頭が冷えたのか、恐れていたようなことは起こらなかった。

 一瞥し、フンと鼻を鳴らされただけ。


 胸中で胸を撫で下ろしつつ、教皇専用の椅子からソルベティストをこっそりと観察する。

 装飾された柱に目を輝かせるソルベティスト。

 それらをクリスタがひとつひとつ丁寧に解説している。


(……あの二人、仲が良かったのか?)


 あの日、ソルベティストはクリスタにも剣呑な雰囲気を向けていたが……それが全くない。

 仲睦まじく談笑する様子は、まるで姉妹のようだ。


(こうして見ていると、二人とも顔は良いんだよな、顔は)


 惜しいものを感じつつ、モルガン五世は前を向いた。


(妥協はだめだ。もっと理想を高くしないと)


 顔はもちろん、性格もぴったりと合致する聖女がきっと来るはず。

 そう願い、彼はさらに雌伏の時を過ごした。



 ▼


 ソルベティスト参入から一年後。

 再び聖女が天に召され、新たな聖女が誕生した。


(今度こそ完璧な美少女今度こそ完璧な美少女今度こそ完璧な美少女……)


 珍しく神に祈りを捧げながら、モルガン五世は祝福の儀を行った。


「そなたが新たな聖女、エキドナか」

「あー、えっと、はい」


 自信のなさそうな声がした。


「顔を見せなさい」

「はい」


(—―は)


 衣から出てきたエキドナの顔に、モルガン五世は目が点になった。


「あの、マジであたしが聖女なんですか? なんかの間違いじゃ……」


 エキドナを一言で表すなら、普通。

 おそらく街ですれ違っても顔を認識できないほどありふれた、どこにでもいる田舎娘。


 普通であることは美徳ではあるが、モルガン五世はそれを悪い意味と捉えていた。


(こんな芋女が、俺のハーレムに入れる訳がないだろうがッ!)


「あの、教皇さん?」

「終わり」

「え?」

「祝福の儀は無事執り行われた」

「え!? なんもやってなくない!?」

「以降は迷える人々の為にその身を尽くしなさい」


 エキドナのツッコミをきっぱりと無視し、半ば強制的に儀式は終了した。



 ▼


 エキドナの参入から一年後。

 またしても聖女が天に召され、新たな聖女が誕生した。

 彼の目論見通り、聖女は次々と交代している。

 しかし目の上のコブであるマリアは依然として健在のままで、かつ彼が理想に掲げるような美少女はやって来ない。


(ままならないものだな……)


 残る聖女はあと二人。

 この二人が世代交代すれば、よほどのことがない限り新たな聖女は出てこないだろう。


(もう聖女の中からハーレム候補を探すのはやめようかな)


 それまでの三人がすべて――彼の目から見て――ハズレだったこともあり、聖女への期待値は地の底まで下がっていた。


「そなたが聖女ユーフェアか」

「……っ」


 びくり、と肩を震わせるユーフェア。


「そう畏まらなくてよい。顔を見せなさい」

「見せないと……ダメ、でしょうか」


(よほど自分に自信がないのか)


 ぶるぶると肩を震わせる様子は、まるで牙を持たない小動物のようだ。


「儀式だからな。少しでいい」

「……うぅ」


 促してもユーフェアはなかなか衣を取ろうとしない。


(早くしろって)


 あまりにもノロノロとした動きに若干苛立ちを募らせていると。


「えい」


 小さな掛け声と共に、ユーフェアが素顔を晒した。


(—―—―—―いた)


 その瞬間、モルガン五世の思考は停止した。


(理想の美少女……ッ!)

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