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第三十六話「教皇モルガン五世」(1)

 現教皇モルガン五世は四十年前、この世に生を受けた。


 教皇は世襲制度を採用している。

 兄弟のいなかった彼は、生まれた時から将来は教皇になることを約束されていた。

 それに甘んじることは許されない。

 オルグルント王国内ではの教皇の立場は他国より頭一つ抜けて高い。

 聖女という存在の大きさに比例した結果、王族とほぼ同格の位を授かっている。


 それに恥じぬよう、将来の教皇となる子供には徹底した教育が施されるはずだった。

 しかし――。


 彼の父であるモルガン四世は、老齢に差し掛かりようやく授かった子に厳しい教育を施せなかった。


 欲しいものを与え、できない勉強には目を瞑り、可能な限り子の希望を汲み取るように育てた。

 その結果、モルガン五世は我欲を肥大化させた魔物になってしまった。


 ただ我儘というだけではなく、頭も回るところが厄介だった。

 父の前では良い子を演じ、それ以外の場所では傍若無人に振舞う。

 結局、モルガン四世は最期の最期まで息子の本性に気付くことはなかった。


 もうひとつ、彼は失敗を犯していた。

 それは、あまりにも早く天寿を全うしてしまったことだ。


 これによりモルガン五世はわずか二十歳という若さで教皇の座に就いた。就いてしまった。

 良い子を演じる必要もなくなり、教会を自由にできる立場が手に入った。

 もう誰も、彼を止めることはできない。


「今日から俺が教皇だ。俺が一番偉い。誰も逆らうな」


 司教冠(しきょうかん)を被り、椅子の上でふんぞり返るモルガン五世。

 彼が教皇の地位と名前を襲名したその時から、教会には暗雲が立ち込め始めていた。



 ▼ ▼ ▼


 ――それから二十年が経過した。

 この二十年で、モルガン五世は教会を自分の思い通りに作り替えた。

 かつては教皇の裁量が必要だった仕事を上層部に丸投げ。

 どうしても出なければならない祭典などは除いて、一年のほとんどを遊んで過ごしていた。


 彼のやる気のなさは当然、上層部にも伝播する。

 上層部も腐り始め、教会はいまの形に成り下がってしまった。


 聖女の威光も衰え、一部の領では「ただ税を貪るだけの団体」というあらぬ誤解まで生み始める。

 そういう噂が聞こえても、モルガン五世は一向に気にしなかった。


 ただ、今の自分だけが良ければいい。

 これまで連綿と積み重ねてきた教会の威光と財産を、彼は一代で食いつぶすつもりでいた。


 もはや無敵となった彼だが、唯一、天敵がいた。

 聖女マリアだ。

 彼女の苦言だけは無下にできない。

 おかげでモルガン五世が抱いていた豪遊計画のうち、酒池肉林――つまりハーレムだけは実行できないでいた。

 歯向かう人間はクビにすればいいが、聖女だけはクビにはできない。


 仮にできたとしても聖女を束ね、教会の皆から厚い信頼を得ているマリアに何かすれば、たとえ教皇といえど無事では済まない。

 悪い方向にだけよく回る頭が、そう結論を出していた。


 唯一救いだったのは、マリアが教会に反旗を翻さなかったことだ。

 若かりし頃、ルトンジェラで仲間の聖女を喪った罪悪感がどうのこうの――という理由で、教会に表立って反抗することはないらしい。


「ま、俺の方が寿命が長いんだ。気長にやればいい」


 このとき、モルガン五世は二十一歳。マリアは四十六歳。

 あと五年もすればマリアも天に召されるだろう。

 シスターで良さそうな子は見繕いつつ、機会を窺っていた。


 ――しかし予想を大幅に超え、マリアはその後も生き続けた。

 マリアだけでなく、他の聖女も未だに健在だった。


 彼女たちがいる限り、モルガン五世の人生の計画は動かないままだった。


「なんなんだよあのババアども! 魔物かよ!」


 悪態をつくモルガン五世。

 しかしある日、転機が訪れる。


 一人の聖女が天寿を全うし、新たな聖女が誕生したのだ。



 ▼


 新たな聖女に対し、教皇は祝福の儀を行わなければならない。

 基本、仕事に不真面目なモルガン五世だったが、この時ばかりは前のめりだった。


「そなたが新たな聖女、クリスタか」

「はい」


 聖女の捜索は教皇が率先して行うはずだった。

 しかし面倒な作業を彼は嫌がり、上層部に探させる、というやり方に変更した。

 なのでクリスタと会うのは今回が初めてだ。


 教皇が聖女を侍らせるという絵面に、彼は一種の憧れのようなものを抱いていた。

 気が逸ってしまうが、とはいえクリスタはこの時点で十三歳。

 ハーレムに入れるにはあまりに早すぎる年齢だ。


(唾だけでも付けておくか)


 軽い気持ちでモルガン五世はクリスタに命令する。


「顔を見せなさい」

「はい」


(――ッ! び、美人だ)


 顔を覆う聖なる衣を外したクリスタに、彼は思わず唸った。

 光を反射する艶やかな金髪、整った鼻梁、意志の強そうな瞳。

 教会ではそう見かけないタイプの少女だ。


 将来は確実に彼好みの顔に成長するという予感――いや、確信を持たせてくれる顔だった。


「……?」

「あ、ああ。すまない」


 不思議そうに首を傾げるクリスタに、彼は慌てて取り繕う。


「今、神が降りてきている。君に相応しい祝詞を――」

「神がいるんですか?」


 ずい、とクリスタが前に出てきた。


「そうとも。私は神の代弁者として」

「代弁者。なら、神と会話ができるんですか?」

「もちろん。教皇とモルガンという名を襲名した私は、民の嘆きを神に」

「じゃあ、質問してもいいですか」

「……なに?」


 きらり、と瞳を光らせるクリスタ。

 懐からメモ帳のようなものを取り出し、矢継ぎ早に質問を繰り出し始める。


「『極大結界』が聖女から魔力を吸い上げる方法と、癒しと守りの力の貸与方法を教えてください。物質を介さず他者の魔力神経を変異させて力を与えていると仮定していますが、それだとクレイヴェンの法則とシャルパンティエ第二力学に抵触します。それらを回避できる方法があるのか、それともまだ我々が発見していない理論に基づいて動いているのか。とても気になります! あと、聖女の選別方法についても聞きたいです。完全なランダムという話ですが、統計上は貴族階級から排出される傾向があります。これはサンプル不足による結果の偏りなのか、何か独自の法則があるのか――」


 モルガン五世は一瞬で悟った。


(――あ、こいつヤバい奴だ)


 神と対話できると聞けば普通は平伏するはずなのに、クリスタがしてきたことは質問攻め。

 神の威光が通用しない頭の固い人物だと判断し、彼女をハーレム要員候補からすぐに外した。


「……なし」

「え?」

「なしなし! 儀式終わり!」

「えぇ!? 私の質問……」

「神がいちいちそんなことに答えるか! この罰当たり者め!」


 しっし! とクリスタを追い払い、儀式は終了した。



 ▼


「クリスタ。勿体ない奴だったな……まあいい」


 クリスタ以外の聖女は間もなく寿命を迎える。

 あと何年かすれば、マリアを含めた全員が入れ替わるだろう。


(二人くらいハーレムに入ってくれればそれで満足だ)


 亀よりも遅い歩みだったが、計画は着実に進んでいる。

 ふふふ、と、彼はひとり儀式の間で暗い笑みを浮かべた。

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