第三十三話「再編計画」
「—―アンタは、アタシの話を聞いてなかったのかい!」
教会を潰す。
そう宣言した途端、マリアが目の色を変えた。
喪失していたはずの戦意をむき出しにして怒声を上げる。
さすがに言葉を端折りすぎたと反省しつつ、
「待った待った。落ち着いて」
と、彼女をなだめる。
「言い方が悪かったわね。潰すと言っても組織を無くす訳じゃないわ。頭をすげ替えるの」
「すげ替える……?」
「順番に説明するわ。……と、その前にみんなを起こしていい?」
気絶したままのエキドナとベティ、教会から派遣された刺客たち。
二人はもちろん、刺客たちにも手伝ってもらうことがある。
ここいらで起こして話に入ってもらった方が手間が省ける。
「……好きにしな」
「ユーフェア。エキドナとベティをお願い」
「うんっ」
教会の刺客たちを順番にビンタで目覚めさせてから状況を端的に説明。
ひとまず全員、話を聞き終わるまでマリアに手を出さないことを約束させる。
向こうではユーフェアがエキドナとベティにヒールをかけていた。
「先輩、勝ったんでスね。さすがッス」
「まだ終わってないわ」
「どういう意味ッスか……?」
マリアとの戦いは終わった。けれど、まだすべての決着はついていない。
「それを説明するから、みんなこっちに来てくれる? まずは前提の共有から始めるわ」
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私はマリアから聞いた話を、要点だけ絞って語り聞かせた。
マリアの献身の理由が聖女カトリーナの犠牲と、それに因んだ罪悪感であること。
「……マリアがなんであんな奴らの言うこと聞いてるのか、おかしいってずっと思ってたッスけど、やっぱりそういう理由だったんスね!」
「うぅ……マリア。苦労してたんだな……」
ベティはマリアを利用してきた教会に怒り、エキドナは過去に想いを馳せて涙を流した。
二人の反応はなんとなく予想ができたけれど、刺客たちはどうだろうか。
マリアの味方になってくれるならよし、そうでなければ魔島行きだ。
じっと反応を窺っていると、刺客たちは次々にマリアに平伏した。
「聖女マリア様。あなたの献身は本物です」
「任務とはいえ、あなたに刃を向けた己を恥じ入るばかりです」
「申し訳ありませんでした」
「やめな。アンタらが本意じゃなかったことはよーく分かっていたさ」
マリアは彼らの迷いに気付いていた。
優れた武術の達人は、拳を交えるだけで相手の気持ちを読める――なんて話を聞いたことがあるけれど、マリアならその域に達していても何ら不思議はない。
私はさっぱりだ。
「アタシは容赦なくその隙を突かせてもらった。お互い様だよ」
「聖女マリア様……」
「さて。前提の共有はできたわね」
ぱん、と手を叩き、全員の注目を集める。
「以上を踏まえた上で、私は教会を潰――いえ、再建したいと考えているわ」
教会が持つ権力の源。
その大半は絶大な信頼を得ているマリアに由来するものだ。
いつしか教会上層部はそれを自分の力だと誤認するようになり――腐敗してしまった。
思えば違和感は初めのころからあった。
教会なのに孤児院への寄付金を絞ったり、面子や体裁をやけに気にしたり、第三区画の調度品だけ無駄に豪華になったり。
けれど私もあまり褒められた素行の聖女じゃなかったし、何よりマリアが従っているのだから、きっと何かあるのだろうとそれほど気には留めていなかった。
……まさに教会が描いた通りに思考を誘導されていた。
あのマリアが従っているのだから、きっと教会は正しいのだろう――そんな意識が当たり前のように浸透していた。
「言いたいことは分かった。だが具体的にはどうするんだい」
説明を終えると、マリアは納得してくれた。
彼女に「そんなことできるかい」と否定されたら今回のプランは完全に崩れていたので、ひとまず第一段階はクリア……というところか。
「教皇および教会上層部全員を更迭する」
「口で言うのは簡単だが、交代要員に心当たりがあるってのかい」
「あるわ」
本来上になるべきではない人間が教会の頭にいる。
それを是正するだけでいい。
「まずマリア。あなたは教皇になってもらう」
歪になっていた権力構造をあるべき人に戻す。
ただそれだけで、教会は健全な組織に生まれ変われる。
「あなたが教皇になれば、上層部で働ける人材もすぐに見つかるわ」
「なにを言い出すかと思えば……そんなのは理想論だ。簡単に見つかる訳がない」
話にならない、とばかりにマリアは首を振るう。
「いいえ。見つかるわ」
「上層部は張りぼての飾りじゃないんだよ。交代させたってまともに機能する訳がないだろう」
「マリア。私は『すぐに見つかる』とは言ったけれど、『すぐに替われる』とは言ってないわよ」
いきなり上層部の仕事をやれなんて言ってできる人間はそう多くない。
けれど仕事で大事なのは、いかに志や信念に共通するものがあるかだ。
今の上層部にマリアの信念に共感する者は……いない。
多少の失敗は想定内。
それをカバーしつつ、育てる期間が必要だろう。
初めの数年は苦労するだろうけれど、長い目で見ればそちらの方が良い組織になれる。
「誰がカバーするんだい」
「私」
「なに?」
「だから、私。上層部の仕事って数値管理とかそういうのが主だし」
神の教えを説くとかはできないけれど、計算や数値に基づいた判断は大得意だ。
「聖女の仕事はどうするんだい。アタシとアンタが抜けたら――」
「マリアは教皇専任。私は兼任するわ」
「無理に決まってるだろう! 新米上層部のカバーと聖女、魔法研究者を三つかけ持つなんて、アンタがいくらデキる奴だろうと限度ってモンがある」
三つの掛け持ちは時間的に不可能。
それは重々承知している。
なら、一つを止めればいい。
「辞めるわ」
「――――――なんだって?」
信じられない話を聞いたかのように、マリアや――他のみんなも目を見開く。
「だから、辞めるわ。魔法研究者を」