第三十一話「敬虔の理由3」
「活動期……」
「そう。それも初めてのね」
ルビィが居た時、予想外の活動期に戸惑ったことは記憶に新しい。
しかしあれは正確に言うと活動期には定義されない。
多頭蛇という未知の魔物が平原や森の魔物を刺激したことで起こった「活動期もどき」とでも言うべきだろうか。
本当はもっと魔物の数が多くなるし、もっと新種が湧いて出てくるはずだった。
活動期の原因は現代でも分かっていない。
けれど研究を重ね、ある程度の周期は予測できるようになっていた。
まだ完全ではないけれど、それでも不意打ちで食らうよりは遥かにましだ。
来るべき周期に合わせて武器、食料、治療具などの備蓄量を増やし、傭兵たちに警戒を促す。
ここまでしてもある程度の被害は覚悟しなければならないのが活動期というものだ。
もし、本当の活動期が予期せぬタイミングで起これば……。
今でも相当な被害が出ることは想像に難くない。
「生き残ったのはアタシを含めた十数名。ルトンジェラの区画内で侵攻を食い止められたのが奇跡なくらいだ」
「……その、カトリーナさんは……?」
「……………………死んだよ。いや」
苦虫を嚙み潰したように、マリアは渋面を作る。
「アタシが殺した」
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「予想外の襲撃に後手後手になったけれど、なんとか持ちこたえて陣形を立て直せた。当初はアイツが前線に立ち、アタシが後衛に回る配置だった」
カトリーナは結界で傭兵を守り、マリアは治療する。
けれどマリアはこの陣形を良しとしなかった。
「アタシはアイツとの交代を申し出た」
魔物の対抗策や幅広い知識を持っていたのはカトリーナのほうだった。
しかもカトリーナはルトンジェラの傭兵たちにとってある種、希望の象徴。
彼女の死は全体の動揺を誘い、士気を大きく下げることに繋がりかねない。
のちのことを考え、マリアは自ら死地に志願した。
彼女の考えに傭兵たちも納得し、マリアに説得を託した。
「けど、アイツはそれを拒否した」
カトリーナはマリアの説得に応じなかった。
今の陣形のほうが戦線を維持できる、と。
実際、彼女の指摘は正しかった。
カトリーナは結界が得意で、マリアは治癒が得意だった。
これを逆にしてしまえば、前線が崩れかねない。
絶対に死なせたくないという思いから、マリアは根気強く交渉した。
次第にそれは怒鳴るような声へと変わっていった。
マリアに応じるように、カトリーナも次第に語気を荒らげていく。
目的が一致してからは喧嘩らしい喧嘩もしなくなったマリアとカトリーナだったけれど。
どちらが前線に残るかで、二人は以前のような喧嘩を始めた。
――その最中に魔物が強襲してきた。
魔物の狙いはマリアだった。しかし、彼女が魔物の凶刃に倒れることはなかった。
カトリーナが庇い、代わりに彼女の胸に大きな穴が開いた。
「それはマリアのせいじゃないわ」
「いいや。アタシが殺したようなもんだ」
両手で顔を抑え、マリアは押し殺したような声を上げた。
「アタシがもっと冷静に話せていたら……アタシがあんなところで言い争いなんて始めなけりゃ、アタシが魔物に対処できてりゃ、アイツは死ぬことなんてなかった」
アタシが、アタシが、アタシが、アタシが。
まるで呪いの言葉のように「自分のせいだ」と言い続けるマリア。
いや、呪いのよう……というよりも、まさしく呪いそのものだ。
カトリーナの死と同時に、マリアは使命に目覚めた。
志半ばで散った――本人曰く、散らせてしまった――カトリーナに代わり、彼女の願いを叶える。
そのために自分のすべてを捧げる、と。
利己的で、自分のためだけにしか行動しなかったマリアから。
教会に従順で、国と民を第一に考え行動するマリアへと生まれ変わった。
――魔物との戦いを終わらせ、聖女を含めた全員が死なない国にする。
マリアの行動原理の根源は、死別したカトリーナの最後の約束だった。
敬虔の理由。
その根底にあったものは神への信奉でも、教会への服従でもない。
親しかった友への、懺悔だ。
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ここまで話を聞いて、それに関連する記憶が脳裏をよぎった。
ルトンジェラでマリアに捕まったときだ。
あの時、丘の上の共同墓地に連れて行かれた。
マリアはその前で長い間、祈りを捧げていた。
ルトンジェラで散って行った英霊たちに向けた祈りだとばかり思っていたけれど。
もしかしたら……祈っていた相手はカトリーナだったのかもしれない。
そんな妄想に耽っていると、話は過去から現在へと戻っていた。
「今回の密命でアタシは反逆者となる」
マリアを裏切らせることで教会への動揺を最小限に留める。
それが今回の密命の目的だ。
けれど、それですべて丸く収まる訳じゃない。
ある程度の混乱は避けられないだろうし、聖女の信用も地の底に落ちる。
そうして落ちた信用を戻す役割を担っているのは――
「クリスタ。アンタだ」
「—―え、私?」
「そう。アンタが次世代の聖女をまとめる中心人物になるんだよ」
予想だにしない話に、私は眉をひそめた。