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第二十九話「敬虔の理由」

「アタシがオルグルント王国に来たのは、ちょうど五十年前のことだ」

「オルグルント王国に、()()……?」

「ああ。アタシはもともとサンバスタ王国の生まれなのさ」


 さらりと衝撃の事実を告げるマリア。


「いわゆる労働用の奴隷だったんだよ。親の顔も、生まれた日も、歳も、なーんも分かりゃしない。物心つく頃には足に鎖を付けられ、日がな一日働かされていた」

「そんな。だって、誕生日があるじゃない」


 マリアの生誕を祝う会は毎年、教会で開かれている。

 年齢も、誕生日もはっきりしているはずだ。


「あれはアタシが適当に決めた日だよ。年齢も当てずっぽうさ」

「……」


 そういえば以前サンバスタ王国に行ったとき、マリアはやけに道に詳しかった。

 あの時は気にもしなかったけれど……あそこが出身だったと考えると妙に納得がいった。


「本当ならあの国で潰れるまで働くはずだったんだけどね。ある日偶然、逃げ出すことに成功しちまったのさ。で、まだガキだったアタシがない知恵を絞って考えた結果が、オルグルント王国への移動だったってワケだよ」


 マリアは簡単そうに言ってみせたが、子供の足で平原を超えるなんてそうそうできることじゃない。

 平原は文字通り平坦で歩きやすくはあるけれど、食料になるものがほとんど自生しておらず水場もほとんどない。

 そして比較的魔物は少ないとはいえ、全く出ない訳ではない。


(下手をすれば……ううん、相当な確率で野垂れ死んでいたはずだわ)


 そんな危険を冒してまでオルグルント王国に渡ろうと決断する。

 サンバスタ王国にいた頃の、マリアの生活がどれほど酷いものだったのかは察するに余りあった。


「……というか、よく受け入れられたわね」


 オルグルント王国は基本的に移民を受け入れていない。

『極大結界』により国土を拡大できない関係で、その辺りの制限は特に厳しくされている。

 ましてや逃げてきた奴隷なんて厄介事の塊でしかない。

 良くて門前払い、最悪の場合はサンバスタ王国にいる持ち主に突き返されるはずだ。


「今でこそ移民の受け入れは厳しいけどね、当時はそうでもなかった。ある組織に入りさえすれば、むしろ女は歓迎されていたのさ」


 ある組織、女と聞いてすぐにピンときた。


「教会ね?」

「正解だ」


 マリアは唇の端を上げ、小さく笑った。


「細かい要件は何もない。シスターになる。ただそれだけで当時は受け入れられたんだよ。なにしろ人手不足だったからね」


 移民であろうと、脱走した奴隷であろうと関係ない。

 教会に属するだけで簡単にオルグルント王国の一員となれた。


「扱いはいいとは言えなかったが、それでも奴隷よりは百倍マシ。そう思っていたんだが……アタシはまだまだ甘かった」


 (かぶり)を振り、マリアは手で顔を抑えた。


「配属された先は、奴隷がマシと思えるほどの地獄だったよ」

「地獄……?」

「ルトンジェラさ」



 ▼


 五十年前のオルグルント王国は何もかもが発展途上の国だった。

 剣技も、魔法も、治療も、戦術も、あらゆることが手探りの状態。

 もちろん魔物の研究も進んでいなかった。

 個々の特性を調べることもなく、ただ物量で圧して多くの屍を築いた上で辛勝をもぎとる。

 それが戦術と言われて賞賛されていたような時代だった。


 『極大結界』は当時からあったが、逆に言うとそれだけだ。

 結界の穴からやってくる魔物に対し、人間側は非常に不利な状態が続いていた。


 マリアはそこで怪我人を治療する役を拝命された。


「毎日毎日、怪我人で溢れ返っていた。付け焼刃で叩き込まれた程度の治療なんて通用するはずがなく、何人も目の前で死んでいった」

「……」


 細かな時系列までは分からないけれど、話の流れから察するにマリアはシスターになってすぐにルトンジェラに配属された。

 いわば素人同然だ。怪我人の治療なんて任されるはずがない。


 ……と思うのは、私が現代の常識に生きる人間だからだろう。

 当時はそれが『常識』だったんだ。


「人間ってのは恐ろしいものだよ。地獄だと思ったのも束の間、時間が経つごとにアタシは人が当たり前に死ぬ環境に慣れちまった」

「……」

「慣れたといっても気分のいいモンじゃない。診療所にまで魔物が来たことも多々あって、ここに居ちゃ命がいくつあっても足りないと思った。そこで、この地獄から逃げ出す方法を考えた」


 サンバスタの時のようにただ単に逃げるのではなく、組織内でうまくのし上がり、望みの場所に配属される方法をマリアは取った。

 当時のシスターは多くの人を治療できる=優秀な治療者だった。

 そして、それに応じて扱いが良くなっていく。


 マリアは効率を突き詰め、多くの人々を治療して評判を上げていった。

 中には眉をひそめるやり方も含まれていたけれど――現代の倫理観で当時のことを攻め立てるのは筋が違うと、何も言わないでおいた。


 マリアがシスターの中で存在感を増していく中、もう一人、別の意味で存在感を増す人物がいた。


「カトリーナ。後にアタシと同じ聖女になった子だよ」

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