第十二話「姉の役目」
王都の外れにある、とある寂れた礼拝堂。
人気のないそこは、聖女の間では別の名で呼ばれていた。
聖女の間、と。
聖女は基本的にそれぞれがバラバラで行動している。
国の防衛を担う存在を一ヶ所に集めるという愚を犯さないためだ。
故に、聖女全員が公の場で集まるのは年に一度の王国誕生祭のみ。
緊急で集まる必要が出た場合は、こうして各地に点在する聖女の間――礼拝堂に扮した廃屋――で隠れて集まることになっている。
エキドナ、私、ベティ。
三人の聖女が横に並び、正座させられていた。
私たちの正面には、一人の老婆が立っている。
聖女マリア。
五人の中で最高齢の聖女だ。
杖なしでは歩みもおぼつかないほどなのに、その気迫は一切の衰えを見せていない。
私を含めた他の聖女たちが誰も逆らえないという、とんでもない女傑だ。
今代の聖女たちは歴代でも個性派揃いと言われている。
研究バカの私。
喧嘩っ早いエキドナ。
引きこもりのユーフェア。
お気楽なソルベティスト。
偏屈な私たちが曲がりなりにも聖女の仕事を務められているのは、ひとえにマリアの存在が大きい。
聖女のまとめ役。それが聖女マリアだ。
「で――今回バカな事件を起こした首謀者は誰だい?」
マリアは刻まれた皺をいつもよりも数段深くしながら、杖で床を鳴らした。
説教をするときの彼女の癖だ。
「クリスタ」
「先輩ッス」
両側に座る仲間が、我先にと私を指差す。
「クリスタ。何か言い訳は?」
「責められるようなことをした覚えはありま゛ッ!?」
マリアの杖が、私の脳天を打った。
いつでも逃げられるよう聖女の力を身に纏っているというのに、彼女にはそれが全く通じない。
【聖鎧】を貫通して響く痛みに、私は頭を押さえた。
「聖女の力の私的利用。これが責められないはずがないだろう!?」
「い、妹が婚約破棄されたんですよ!? これは私的利用なんかじゃ決してないわ! 私は神の代行者として、正義の鉄槌を――」
「たわけ! お前は研究のやりすぎで常識をどこかに落としてきたのかい!」
「い、痛い痛い! 暴力反対!」
「お前がそれを言うな!」
マリアはひとしきり私を杖で叩いてから、続いて残りの二人に目を向ける。
「アンタらも、どうしてコイツを止めなかったんだい!」
「いや、だって」
「ねえ?」
顔を見合わせ、苦笑する二人。
その返答にマリアはこめかみに青筋を走らせ、床を強く杖で叩いた。
びくり、と肩を震わせる私たち。
「まったく、お前達は……」
マリアはふうぅぅぅぅぅぅうと、年齢に似合わない素晴らしい肺活量を見せつけながら嘆息した。
「まあでも、ウィルマはいずれこうなる運命だったし、いいんじゃないですか?」
ウィルマは巧妙な手段を用い、領地の税を不正に懐に収めていた。
そして、それを告発しようとする者達を暴力で抑え付けていたのだ。
その罪が明るみになり、ウィルマは国外追放となった。
もし発覚が遅れていれば、領民たちはもっと苦しんでいただろう。
むしろ私のしたことは褒められるべきではないだろうか。
「たわけぇ! そういうのは憲兵の仕事だ! アタシたち聖女の本分を忘れるんじゃないよ!」
そんな言い訳は、マリアには通用しなかった。
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「ううぅ……」
結局、私にはマリアの事務仕事を半分手伝うという罰が下された。
家の執務室で書類に埋もれてうめく。
「お姉様……ごめんなさい、私のせいでこんなことに」
「ルビィ。あなたのせいじゃないわ」
自責の念にかられる妹の頭を撫でる。
「ウィルマの領民はみんな喜んだし、ウチの領地が増えてお父様も喜んでいるわ。もちろん私もスッキリした。ほら、誰も不幸になってないわよ?」
唯一不幸になった人物はウィルマだけだ。
まあ、彼は自業自得なので数には入れていない。
「それより、次の婚約者はどんな奴なの?」
ルビィには早くも次の縁談が舞い込んでいた。
さすが我が妹、というべきか。
「ええと……シルバークロイツ辺境伯です」
「! へぇ……」
思わぬ大物に、私は思わず声を上げた。
南にある城塞都市の守護者との呼び声高く、その名声はよく耳にしている。
ただ……あの家は武闘派の家系だ。
大人しいルビィが嫁いでも大丈夫かしら。
まだ正式に見合いが決まった訳ではないし、早めにお父様に言って相手を変えてもらったほうが……。
「お姉様、心配なさらないでください」
ルビィは小さな手のひらを、ぎゅ、と握りしめて宣言した。
「私なら大丈夫です。もうお姉様にご迷惑はおかけしません」
「……そう」
泣いてばかりのルビィがここまで覚悟を決めているのだ。
私が後ろから口を挟むのも無粋というもの。
「立派になったわね、ルビィ」
成長した妹を嬉しく思うと同時に、ほんの少しだけ寂しさが去来する。
「でも、何かあったら言いなさい。絶対に助けるから」
もし、辺境伯もウィルマのようなクソ野郎だったら。
たぶん私は、もう一度同じことをすると思う。
それが姉としての、私の役目なのだから。
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ここまで読んで頂いてありがとうございました。
一章完結です。
作者→八緒あいら(nns)
主にファンタジー・異世界恋愛系を書いています。
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両片思い、すれ違い、ざまぁ、バトル、ヤンデレ
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