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第二十八話「真実と過去」

「教会がマリアを切り捨てる……?」


 ユーフェアの放った言葉はあまりにも現実味のない話だった。

 私は即座に手を横に振る。


「いやいや、それはないでしょ」


 マリアは教会に従順だ。

 滅私奉公を私たちに説く彼女は、それを自分自身で体現していた。

 教会の命令に愚痴も文句も零さないその姿は、まさに滅私奉公と言うべきものだった。


 私が聖女になった七年前から今まで、マリアが教会に背いたことは一度もない。

 それより前も、きっとなかっただろう。

 マリアが教会から得ている信頼は数年程度で獲得できるものじゃない。

 数十年間に渡り教会の意志を遵守し、彼らが求める聖女のあるべき姿を示してきたからこそ、だ。


 私たちの素行の悪さも、マリアの存在によって許容されている。


 ユーフェアの山暮らし。

 ベティの反抗的な態度。

 そして私の魔法研究所と聖女の兼任。

 聖女の力の拡大解釈もそうだ。理論の提唱こそ禁止されたけれど、私たちが使う分には制限されていない。


 これらはすべて、マリアが私たちを監督する立場にあるからこそ成立している。


「マリアがいないと教会だって困るでしょ」

「うん、ありえないよね」


 ユーフェアは私の反論に首を縦に振った。


「だからこそ裏切らせる価値がある。そうだよね、マリア?」

「……」


 マリアは何も言わない。

 荒唐無稽な話に閉口しているだけなのか、隠していた事実をユーフェアが知っていることに驚愕しているのか、その表情からは何も読み取れない。


「クリスタ。仮にマリアがいなくなったとしたら、どうなると思う?」

「大混乱になるわね」


 マリアは私たちと教会の橋渡し役だ。

 彼女がいなくなれば、聖女の業務に大きな支障が出るだろう。

 エキドナは比較的真面目だけれど、私やベティはたぶん駄目だ。


 神官たちと喧嘩をする未来が簡単に想像できてしまう。


「だよね」


 私の予想に同意しつつ、ユーフェアは続けた。


「教会の権威の象徴は聖女。つまり私たちと折り合いがつかなくなったら、それは教会の権威が落ちることを意味する。ここまではいい?」

「ええ」


 だからこそ切り捨てるなんて選択はありえない。

 マリアに裏切るよう命令したのなら、それこそ教会は自分の首を絞めてくれと頼むようなものだ。


「そうならないよう、教会はマリアに裏切らせたんだよ」

「……え?」


 マリアのおかげで教会は健全に運営できている。

 マリアがいなければ私たちの管理がうまくいかなくなる可能性がある。

 だからマリアを裏切らせる。


 ???


 途中、どこかで話を聞きそびれたのかと思うほどに前後が繋がらない。

 呆けた顔をする私に、ユーフェアは解説を始める。


「マリアは教会のためにたくさん働いて、みんなからすごく信頼されてる。それは教会にとってありがたいことであると同時に、問題でもあった」


 ユーフェアはそこで言葉を区切り、私を見た。

 今の話だけでもう分かるだろう、と言わんばかりに。


(……まさか)


「混乱を最小限にするために、マリアを裏切らせた……?」



 ▼


「そういうことだよ」


 私のつぶやきに、ユーフェアは頷いた。


 人間は共通の敵がいると団結しやすくなる。

 マリアがそのまま引退すれば「彼女がいた頃は良かった」などの不満が漏れるかもしれない。

 しかし敵に仕立て上げればそういった不満は出なくなる。


 教会はそれを利用したのだ。

 マリアを「なくてはならない柱」ではなく「全員共通の敵」にするために。


 もちろん、マリアが裏切ったとなれば教会も無傷では済まない。

 監督責任も問われるだろうし、下手をすれば神官たちの何人かは首が飛ぶ。

 けれど、それでも。

 マリアが何事もなく引退するより傷は遥かに浅くなる。


「ほかならぬ聖女が『極大結界』の秘密を教える、なんて言ったらどんな国でも信じちゃうよね」

「けど、もしマリアが無事にワラテア王国まで行っていたらどうするつもりだったの?」


 刺客を差し向けて殺すまでが教会のシナリオだったとして、それがうまくいくとは限らない。

 現に彼らは周辺で気絶している。


「教会としてはそれでも良かったんだよ」


 マリア殺害が失敗しても、ワラテア王国に『極大結界』の秘密が漏れる訳ではない。

 裏切りを手引きしたのだから表立ってオルグルント王国を非難することもできない。

 マリアは処分されるか、あるいは何らかの実験台にされるかもしれないけれど……それは教会の利にしかならない。


 聖女が死ねば、次の聖女が現れる。

 そうやって聖女は代替わりを繰り返してきたのだ。


「じゃあ、マリアは生贄にされようとしたってこと!?」

「そうとも言えるね」

「……そんな」


 教会を良い組織だと思ったことはなかった。

 古い考えを押し付けてきたり、筋の通った理論を感情で否定したり。


 けど、それでも。

 人を切り捨てるようなことができる組織とも思っていなかった。


「マリアはどうしてそんな密命を引き受けたの?」


 自分の命も名誉も捨てるような行為を了承する。

 教会に従順という言葉の範疇で収まるようなことじゃない。


「……そればっかりは分からなかった。私が視えたのは未来だけだから」


 静かに首を振るユーフェア。


「マリア。どうして?」

「……」


 口を閉ざしたままのマリアの前にしゃがみ込むユーフェア。

 白い手で、シワの刻まれた彼女の手を取った。


「マリア。今度こそ教えて」

「……」

「ここまで来たら密命も何もないでしょ?」

「……」

「だったら全部話して。何か解決策が見つかるかもしれないでしょ?」

「……」

「私たちのこと、信じられない?」

「……っ」


 ユーフェアとは思えない饒舌ぶりで声をかけ続けていると、無反応だったマリアがぴくりと反応を示した。

 木の幹にもたれかかり、ふぅ、と息を吐く。


「……少し、長くなるよ」

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