第27話「真相?」
「教会…!?」
マリアの裏切りは、教会が主導したもの。
想像だにしない言葉に、私は目を見開いた。
「どういうこと?」
「ワラテア王国が『極大結界』の秘密を知りたがっているように、教会も奴らが秘匿している秘密を知りたいのさ」
「秘密……」
それは何なのか、とか、気になることはたくさんある。
けれど「教会が仕組んだこと」という衝撃が大きすぎて、ただオウム返しに呟くことしかできなかった。
「『極大結界』の秘密と引き換えにワラテア王国の秘密を持って帰ってくること。それが今回の密命だ」
「……つまり、潜入捜査……って、こと?」
「まあ、そんなモンだ」
「…………」
空いた口が塞がらなかった。
それが本当なら、私たちはただマリアの邪魔をしただけ、ということになる。
あれだけ大立ち回りをしてボロボロになった結果が、味方の妨害……?
じわり、とマズいことをしてしまったとき特有の汗がにじみ出る。
「そ、それならそうって言ってくれればよかったじゃない」
「『密命』って言ったろ。本当ならアンタらを含めた誰にも言わず、墓まで持っていかなくちゃいけない秘密の作戦なんだよ」
ワラテア王国の秘密がどういう内容かは知らないけれど、『極大結界』と引き換えにするものだ。
国家機密の内容で、作戦の実行者はマリア。
融通が効かなくても無理はない。
(だとしても、下手したら死んでたわよ)
ユーフェアが止めてくれなければ、最悪の事態になっていてもおかしくはなかった。
「――ちょっと待って。私達は教会にマリアの居場所を尋ねられたんだけど」
事の発端は、高位神官にマリアの失踪を教えられたことだった。
教会主導の作戦なら、私達にマリアが失踪したなんて言わないのではないだろうか。
それとも、神官から見て私達とマリアは失踪を伝えても探しに行こうなんて思わないほど希薄な関係に見えたのだろうか。
私の疑問に、マリアは呆れ半分でため息を吐いた。
「今回の作戦を知っているのは教会でもほんの一握りだけ。上層部すらも知らない奴の方が多い」
「刺客たちは? マリアを裏切り者だって言っていたわよ」
「追手が差し向けられることは想定の範囲内だった」
アンタらは例外だけどね、と付け加えるマリア。
「味方の足並みを揃えるよりも早く動くことを優先した。そういう作戦だったんだよ」
「……」
マリアの件を尋ねてきたのはみな上級神官だった。
彼らですら知らない密命なんて、ありえるのだろうか。
(いえ。それが『極大結界』の秘密に関係するというのなら)
十分にありえる話だ。
教会だって一枚岩じゃない。
『極大結界』の秘密を他国に伝えるということに猛反発する者だって出るだろう。
マリアは土埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まったく。アンタらのせいで作戦が台無しだよ」
「…………ご、ごめんなさい」
勘違いでマリアの邪魔をしてしまった。
とんでもない虚無感に襲われ、思わず全身が脱力してしまう。
膝がかくんと曲がり、支えを失った身体がぺたんとその場にへたり込んだ。
「まあいい。幸いにも、まだ修正はできる段階だ。こうなった以上はアンタにも協力してもらうよ」
「どうすればいいの?」
マリアは森の外で倒れるフィンともう一人に視線を向けた。
二人とも、まだ気を失って地面に転がっている。
「あいつらが目を覚ます前に、全員を連れて帰りな。あとはアタシがうまいこと誤魔化す」
「分かったわ」
「それから。このことは絶対に口外しないこと。いいね?」
「ええ」
……やっぱり話してほしかった、という気持ちはあるものの、もうマリアを止める理由はない。
大人しく彼女の指示に従おう。
「行きましょ、ユーフェア」
「……」
ユーフェアは微動だにせず、マリアをじっと睨んでいた。
低い位置から見上げるユーフェアの顔は、いつもと違って見えた。
眉を寄せ、歯を食いしばり、目を細めている。
ありていに言うと、彼女は怒っていた。
ユーフェアは犬歯を見せながら、ぽつりと一言、マリアに向けて言い放った。
「うそつき」
▼
「嘘?」
『極大結界』の秘密と引き換えにワラテア王国の秘密を知る。
教会が主導する国家機密の密命。
その実行者に選ばれたマリアは、誰にも話さないまま行動に出た。
仲間である私たちに牙を剥いてでも秘密を守ろうとした。
それが、嘘?
「マリア。私、本当のことを話してって言ったよね。なんで嘘ばっかりつくの?」
「……」
ユーフェアは腕を震わせながら、彼女らしからぬ怒気を孕んだ声で唸った。
「ユーフェア。嘘ってどういうこと? どこまでが嘘なの?」
「ほとんど全部。教会が主導する密命ってとこだけ、ほんと」
「じゃあ『極大結界』の秘密って」
私の問いかけに、ユーフェアは静かに首を振った。
「マリアだけじゃない。教会の偉い人を含め、誰も知らないよ」
「そんな。それじゃ、どうやってワラテア王国との取引するの」
知らないものを交渉のテーブルに乗せることなんてできるはずがない。
「取引も嘘。マリアが単独で裏切ったと見せかけている。だから刺客が追って来た」
「――ッ」
ぐっ、と、マリアが言葉に詰まる。
「言ったでしょ。全部視えたって」
「アンタ、その能力……」
マリアが慄いている。
ユーフェアの目が、今までにない輝きを放っていた。
その瞳の先には一体何が見えているのだろうか。
混乱する私に、ユーフェアは追い打ちをかけるように新しい情報を追加した。
「マリアを裏切者として切り捨てること。それが教会の本当の目的だよ」