第二十六話「最強聖女と最長聖女」6
マリアの攻撃を身体で受け止め、反撃する。
マリアの攻撃を身体で受け止め、反撃する。
マリアの攻撃を身体で受け止め、反撃する。
マリアを殺す。
目的達成のため、それ以外の出来事はすべて些事として放置する。
破れる皮膚も、内臓をえぐるような痛みも、口から溢れる血液も。
何もかもを無視して拳を振るい続ける。
「これだけやってもまだ倒れないとは。本当に狂戦士だねぇ」
「……聖女、パンチ」
「おっと」
相変わらずマリアに攻撃は当たらない。
けれど、虚しく空を切る拳には目的に近づいているという確かな感触があった。
本当に、少しずつだけれど。
マリアの反応が鈍ってきている。
0.01秒で反応され避けられていた攻撃が、今は0.1秒ほどになっている。
動揺に、機敏だった動きが精細さを欠いてきている。
確かにマリアの近接戦闘力はすさまじい。
これまで積み上げてきた賜物と言っていいだろう。
けれど、マリアとて人間だ。寄る年波には決して勝てない。
経験を蓄えてきた、というのは事実だ。
けれどそのぶん肉体は衰えている。体力の最大値は全盛期の半分もないだろう。
「……ッ」
何度目かに空振った攻撃が、けれどマリアの頬を裂いた。
「かすったわね」
「こんな虫が刺した程度の傷で喜ぶとは、まだまだだねぇ」
「余裕ぶっているのも今のうちよ。次は当てるわ」
私は思い違いをしていた。
今までずっと、能力の相性も加味してマリアを「絶対に勝てない相手」としていた。
けれどそれは単なる先入観だ。
マリアにも弱点があって、そこを突けば私でも勝つことができる。
勝てばルビィを守れる。
殺せば――。
▼
戦いはあっけなく終幕を迎える。
「はぁ……はぁ」
「もう限界みたいね、マリア」
「……アンタ、本物の化物かい!?」
「失礼ね。ただの妹想いの姉よ」
マリアの息が上がり始め、戦況は逆転した。
攻撃に覇気がなくなり、当たっても衝撃が全く来ない。
防御も精細を失い、当たるようになっている。
それでも直撃だけは器用に避けているところはさすがと言うべきだろうけれど……単なる時間稼ぎにしかならない。
「なめるんじゃないよ。アタシは、まだ――!」
なおも戦う気力を衰えさせないマリアは、果敢に立ち向かってくる。
この短時間で随分見慣れてしまった攻撃に、私はタイミングを合わせて手を添えた。
「――こう、かしら」
力は入れず、あるべきタイミングにあるべき場所に手を動かすだけ。
たったそれだけで、マリアの掌底が勝手に逸れていく。
「な……アタシの体裁きを!?」
「なるほど。覚えたわ」
驚愕に顔を歪めるマリア。
彼女のがら空きになった胴体に狙いを定め、拳を握りしめる。
「聖女パンチ!」
渾身の力を込め、それを叩きつけた。
「がはぁ!?」
マリアの身体が数メートル先に吹き飛び、太い木の幹にぶつかる。
木はめきめきと音を立てて倒れ、枝にいたであろう鳥たちが一斉に空に飛び立った。
「ぐ……げほ、ごほ!」
マリアは咳き込みながら、血反吐をまき散らした。
本当なら今の一撃で終わらせるはずだったのに、まだ生きている。
「……防御された」
パンチが胴体に当たる直前、マリアの手を差し込まれた。
無効化の力と、マリアの手が緩衝材となり、威力を大幅に殺されてしまった。
不意を突いた攻撃のはずなのに、それでも防御したことは素直に賞賛に値する。
……けれどもう、終わりだ。
改心の一撃とはならなかったけれど、それでもマリアにとって今の一撃は十分に致命傷だ。
長く苦しませるつもりはない。
止めを刺す。
「粘ったつもりだったが、案外あっけないものだねぇ」
マリアはもう動けないのか、両手を投げ出し、仰向けの状態で空を見上げている。
「最後くらい好きにやりたかったんだが……人生、うまく行かないものだね」
ぽつりとそうつぶやき、マリアは目を閉じた。
「さっさとやりな」
「……そうね」
――何か、忘れているような気がするけれど。
目的はマリアを殺すことだ。
それ以外はすべて些事。
だから、私は目的を最優先に実行する。
私が負ければルビィに危害が及ぶ。
ルビィを守るためなら、私はなんだってやる。
「さよなら、マリア」
▼
「だめええええええええええええええー!」
「っ!」
絶叫と共に、とん、と腰のあたりに衝撃が走る。
ユーフェアが全速力で突進してきた。そのはずみで狙いが逸れてしまい、マリアの頭を砕くはずだった拳がすぐ横の地面をえぐり取った。
「ユーフェア。邪魔しないで」
「だめ、だめだめだめだめ、マリアを殺さないで!」
「それは無理な相談だわ」
マリアを殺さないと、ルビィが殺される。
それだけは止めないといけない。
「無理な相談がムリな相談だよ! ここでマリアを殺したら、全部思うツボだよ!」
「……誰の?」
「マリアの!」
「え?」
マリアを殺したら、マリアの思う壺?
いやいや。彼女はオルグルント王国を裏切ってワラテア王国に『極大結界』の秘密を伝えようとしていた。
なのに、この状況を望んでいた……?
まるで理屈が通らず、私は我に返った。
「なに、どういうこと?」
「マリアは初めからオルグルント王国を裏切ってなんてなかった。そうだよね?」
「――そこまで視えたとは。一番警戒すべきはアンタだったのかもしれないねぇ、ユーフェア」
「偶然だよ。いつもはもっとぼやけてるもん」
二人の間でだけ分かる会話をされ、私はすっかり蚊帳の外になっていた。
「ユーフェア。どういうことか説明してほしいんだけど?」
「それはマリアの口からがいいと思うよ。ね、マリア?」
ユーフェアはマリアに掌を向け、ヒールをかけ始めた。
「クリスタが勝ったら聞きたいことに答えてくれる――だったっけ? 約束、まさか破ったりしないよね?」
ユーフェアの言葉で、そういえばそんな約束をしていたことを思い出した。
もしマリアを殺していたら、彼女の口からは永遠に聞けなくなっていたところだ。
ルビィを守ることに無我夢中で、完全に忘れていた。
治療を終えたマリアの上体を起こし、ユーフェアは先を促した。
「さ、クリスタに説明して。どうしてこんなことをしたのか。聖女として――じゃなくて、マリアの口から。ね?」
「……」
なかなか口を開こうとしないマリアに、ユーフェアは頬に指を当てて意地悪そうな笑みを浮かべた。
「言わないのなら、私から言っちゃおうかなー」
「アンタ、なかなかいい性格をしているね」
「そうかな」
「褒めてないよ」
大きくため息を吐きながら、マリアは観念したように語り始めた。
「今回アタシが裏切った理由は、教会からの命令だ」




