第二十五話「最強聖女と最長聖女」5
――アタシが勝ったら、アンタの妹を殺す
マリアの言葉が、まるで矢のように私の胸を貫いた。
「冗談では済まされないわよ?」
「これくらいしないとアタシを敵と見なさないなら、そうするしかないだろう」
「どうしてそこまで……」
「アタシは自分で思っている以上にアンタらに懐かれていたらしいね」
倒れるエキドナとベティ、後ろで震えるユーフェア、そして私へと視線を戻しながら、
「それを断ち切れるのなら、何だってするさ」
「……」
「アタシがアンタらを殺せば話は早いが、それはできない。ワラテア王国が『極大結界』の力をモノにし、オルグルント王国へ進出するまではまだ時間がかかる。それまで元の『極大結界』を維持しておいてもらわないといけないからねぇ」
マリアは手のひらを広げ、力強く、ぐっ、と握った。
まるで何かを握り潰すように。
「……本気。なのね?」
「アタシが一度だって冗談を言ったことがあったかい」
心の内側が黒くくすんでいく。
同時に、限界まで込めていた力に、まだ余力があると理解する。
「クリスタもマリアも、待って!」
睨み合う私とマリアの間に、ユーフェアが割って入る。
震えて動けなくなっているらしく、声だけの割り込みだった。
「見えた! 全部ちゃんと見えたの! この戦いは――」
「いいところなんだ。邪魔するんじゃないよ」
「ひぅ……ッ、……ッ!!」
マリアが視線を動かすと、ユーフェアは引きつったような声を上げたあと動かなくなった。
殺気に充てられて気絶したらしい。
介抱する余裕は、今の私にはなかった。
目の前のマリア――いえ、敵にだけ意識を集中させる。
「ルビィを手にかけると言うのなら、たとえマリアでも容赦はしないわ」
「ふん。いい面をするじゃないか」
マリアは腰を深く下げ、両腕を前に突き出した。
初めて見る、マリアの本気の構えだ。
「さあ、アタシを殺してみな!」
▼
「本気聖女パンチ」
正真正銘、十全の力を込めた拳がマリアの手に触れた瞬間、ふっと力を失う。
「アタシには無意味だよ!」
マリアが手のひらを外側に向けると、それに沿うように私の身体がそれていく。
私がマリアに向ける力がそのまま避ける力に利用されている。
「破ッ!」
「……ッ!!」
体制を崩し、がら空きになった胴体に掌底を叩き込まれる。
【聖鎧】を突き抜けて来る衝撃に身体の内側が悲鳴を上げたけれど――私は歯を食い縛ってその場に留まり、左手を握りしめた。
「聖女、パンチ」
「!?」
外側から振りかぶるように向けた拳が、マリアの鼻先をかすめる。
「驚いた。まさかアタシの掌底をまともに喰らって反撃してくるなんて」
「……」
軽口を叩くマリアを無視してさらに攻撃を加える。
黒ずんだ心の中は、たった一つの目的を遂行することにだけ絞られていた。
――ルビィを守るため、マリアを殺す。
それ以外の雑念はすべて排除し、それ以外の出来事はすべて些事だ。
身体の痛みなんてどうということはない。
目的さえ遂行できれば、それでいい。
マリアの攻撃を身体で受け止め、反撃に転じる。
結局、やっていることは【聖鎧】を纏って戦っているときと変わりはしない。
攻撃を受けるのが【聖鎧】か、生身かだけの違いだ。
「ッ」
何度目かの反撃で、マリアの頬に拳をかすめた。
一度も当たらなかった攻撃が、わずかに触れる程度にはなっている。
「――」
「怖いねえ。休む暇もありゃしない」
そういえば戦いの最中、マリアは何度も攻撃の手を緩めた。
緩めるどころか、完全に止まっていた。
一撃加えては説得、一撃加えては説得。
さっさと諦めさせるためだとばかり思っていたけれど……たぶん、違う。
本当に私を追い払いたいのなら、連続で攻撃をすれば良いだけなのだから。
それをしなかった理由。
もしかして。
「――あなたの弱点、分かったわ」
「ほう」
攻撃の隙間を縫って、私は口を開いた。
何度も攻撃を受けたせいで粘り気のある液体が口いっぱいに広がって、少しだけ喋りにくかった。
「体力の無さ。私への説得は全部、自分のためにしていたことなのね」
話を挟むことで体力の回復をはかる。
攻撃の手を緩めたのではなく、そうせざるを得なかったのだ。
これが当たっているのなら、私の勝ち筋はある。
「さて、どうだろうねぇ」
「……ッ、くっ!」
マリアの拳を腹で受け止め、そのまま殴り返す。
相変わらずかする程度しかしないけれど、全く当たらない訳じゃない。
「それをこれから証明するわ。あなたが倒れるまで、私は攻撃を止めない」
「面白いじゃないか」
マリアが破顔する。
彼女がこんなに笑うなんて、初めて見る光景だ。
――そのことにもはや何の感慨も沸かない。
「アタシが力尽きるか、アンタが倒れるか――我慢比べといこうじゃないか」
「……」
これから殺す相手のことなんて、どうでもいいのだから。