第二十四話「最強聖女と最長聖女」4
「面白いことを言うじゃないか。つい五分前に自分だけでは勝てないと吐いた奴が」
はん、と半笑いの意味を込めてマリアが息を吐いた。
「体術と経験はアタシが上。頼りの能力もアタシの前では意味を成さない。これでどうやって勝つってんだい?」
「作戦なんてないわ。結局、私にはこれしかないのよ」
私は右拳を掲げる。
「ぶん殴って勝つ」
「馬鹿の一つ覚えかい……いや」
マリアは顎に手を添え、ふと考える仕草を取った。
「……そうだねぇ。アンタが勝てる方法、なくはないよ」
「え?」
「本気でかかってきな。そうすりゃ、万が一があるかもしれないよ」
「何を言っているの。私はずっと本気よ?」
これだけ一方的にやられている状況で本気じゃないとしたら、私はとんだ大馬鹿者だ。
マリアから見て私があまりにも歯ごたえがないから、手を抜いていると勘違いされている……?
「クリスタ。アンタの目的は何だい」
「マリアをオルグルント王国へ連れ戻して、国を抜ける理由を問いただす」
「それだ。それがアンタの力を鈍らせているのさ」
「どういうこと?」
「連れ戻すなんて甘っちょろいことを言っているからアタシに勝てないってことだ」
本気でやっていない。
甘いことを言っている。
これら二つを総合すると、マリアの言いたいことは……つまり。
「殺す気で来い、ってこと?」
私がそう口にすると、マリアはわずかに表情を緩めた。
口にはしなかったけれど、それが正解らしい。
「さっき、アンタの弱点について教えたね」
「苦戦したことがない、って話?」
私の弱点――それは強すぎること。
対等な敵がいなかったせいで、一定のラインから成長していない。
マリアはそう主張していた。
「アンタのその甘っちょろい思考。それもその弊害かもしれないねぇ」
「どういうこと?」
意図がくみ取れず、私は首を傾げた。
「本来、相手の生死を考えるなんて格上が考えるモンなんだよ」
相手の生死を左右する権利。
それは力が上の者にだけ与えられた特権だ。
私は「上」が当たり前すぎたゆえに、格上のマリアにまでその権利を行使しようとしてしまっていた。
マリア曰く、それが私の力を鈍らせているらしい。
「ま、聖女と言う役割をちゃんと守っていると考えると褒める点かもしれないけれど、今回はそれが足を引っ張っちまっている」
マリアは顔の高さに上げていた手を握り、ドン、と自分の胸を叩いた。
「アンタは我武者羅にアタシにぶつかって来なけりゃならない。それこそ、殺す気でね」
「……そんなこと」
私の考えが甘かったことは認める。
けれど、だからといってマリアに殺意を向けることなんてできやしない。
できる訳がない。
「なら、やる気が出るように一つ話をしてやろうか」
マリアは周辺で倒れるエキドナたちを一瞥してから、ゆっくりとこちらに視線を戻した。
「教えてやるよ。アタシがどうしてワラテア王国へ寝返ったか」
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ワラテア王国は『魔物の根絶』を掲げる大国だ。
自国が魔物に襲われないようにするのはもちろんのこと、周辺諸国も同時に警備している。
しかしその代償として、多大な防衛費を各国に要求していた。
魔物の脅威に怯えたくなければ金を払え、だ。
当然の対価……と言えば聞こえはいいけれど、軍事力を握られ、実質的に周辺諸国はワラテア王国の属国となっていた。
「この流れで国を次々と呑み込み、いずれは大陸の完全な統一を目指していた。けれどこの計画で属国にできない国が一つだけある」
「……オルグルント王国」
『極大結界』を擁するオルグルント王国は魔物の脅威に怯える必要がない。
結界の穴は激戦区ではあるけれど、自国の力だけで十分に制御できている。
誰かに守ってもらう必要なんてない。
そういった理由から、オルグルント王国はワラテア王国にとっては目の上のコブのような存在となっている。
……両国の関係が微妙なのは、そういう理由もあったらしい。
「『極大結界』のカギを握る聖女は、奴らにとっては喉から手が出るほど欲しいものなのさ」
「それは分かるけれど……ワラテア王国がマリアを手に入れたとしても、『極大結界』は手に入らないわよ?」
聖女は『極大結界』の要ではあるけれど、その原理は分かっていない。
『どうやって』使うかは分かるけれど、『なぜ』使えるのかは分からない。
マリアがオルグルント王国を裏切りワラテア王国へ行ったとしても、原理が分からない以上は何の意味もない。
「アタシが秘密を知っていると言ったら、どうだい?」
「なんですって?」
嘘……とは断言できなかった。
マリアの聖女歴は五十年以上だ。
本当は知っていて、ずっと秘密にしていた――積み上げてきた年月が、そう思わせる確かな重みとなっていた。
「つまり、『極大結界』の秘密を対価にあいつらと取引をしたってこと?」
私は倒れているフィンたちに視線を向けながら、答えを予想した。
どうやらそれが正解だったらしく、マリアはゆっくりと頷く。
「アンタらが思っているような深い理由なんてないのさ」
「マリアらしくない俗物的な理由ね」
「アタシだって人間だ。欲くらいある」
「……」
禁欲を是としていたマリアが国を裏切る理由としてはなんだか弱く感じた。
他の人間ならすんなり納得したと思うけれど……相手がマリアだからこそ違和感があった。
「幻滅しただろう」
「いいえ」
「これでもまだ殺す気にはならない、と? アタシは掟を破り国を見捨てた裏切者なのに?」
裏切りの理由を話したのは、私を本気にさせるためだったらしい。
……掟を破っただけで殺されというなら、私は何回殺されなくちゃいけないのか。
「殺すわけないでしょ」
私は構え直し、マリアを正面に見据えた。
「悪いことをしたらおしおきをする。いつもあなたが私にしていたことを、私がするだけよ」
「……。やれやれ――なら、こうしようか」
マリアは不敵に顔を歪め、こう言い放った。
「この勝負、アタシが勝ったら――アンタの妹を殺す」
――――――ぴしりと。
私の中で、何かがひび割れる音がした。