第二十三話「最強聖女と最長聖女」3
「そうね。私だけじゃ勝てないわ」
素直に認めざるを得なかった。
基礎的な体術は聖女になる前に学んでいたけれど、あの時はいつもそばに師がいた。
だから命を危険に晒すような戦いへの経験が乏しい。
いや、皆無と言ってもいいかもしれない。
一方、マリアは違う。
戦い方を教えてくれる師もいない中で、格上の魔物たちと命懸けで戦ってきた。
一歩間違えれば死んでしまう地獄の中を生き延び、今日まで聖女として立っている。
マリアにはその時の経験と、それに裏打ちされた自信があった。
【聖鎧】をはじめとした聖女の力の数々。
それらは確かに強力で、実際マリア以外には一度たりとも破られたことはない。
けれどそれが、逆に私そのものを弱くしていた。
能力の相性の悪さは最初から分かっていた。
だから対策は考えていたけれど、それでも認識が甘かった。
マリアの言う通りだ。
私では、彼女に勝てない。
「けど、それで諦めるつもりはないわ」
ゆっくりと立ち上がり、白衣についた土を払う。
身体のあちこちが痛い。
(戦いの最中に「痛い」と思うなんていつぶりかしら)
マリアからのおしおきを除くと、ないような気がする。
【聖鎧】を習得してから、痛みとは無縁の状態で戦っていた。
「とりあえず殴る」
それだけで勝てていたから。
マリアの能力が弱点になることは前々から分かっていたけれど……これまでずっと、対抗策を考えてこなかった。
マリアと敵対することを想定していなかったからだ。
ルビィがいる限り、私がオルグルント王国を裏切ることはない。
そしてマリアも、オルグルント王国を裏切ることはない。
この前提が崩れることなんて、絶対にないと思っていた。
魔法研究では「常識や前提を疑え」なんて言葉があるけれど……まさかそれがここにまで適応されるとは思ってもいなかった。
教会に従順で、誰よりも聖女のことを考えているマリアが――
(――そういえば)
思考に引っかかりを覚え、私は眉を寄せた。
(マリアって、どうして教会に従っていたのかしら)
▼
私が国に――ひいては教会に従うのは、ひとえにルビィの存在があるからだ。
最愛の妹が暮らす国なのだから平和でなければならない。
最愛の妹が暮らす国なのだから豊かでなければならない。
私を動かすモチベーションは、いつだってルビィだ。
じゃあ、マリアは?
何のために平和を願っている?
何のために教会に従っている?
彼女のモチベーションの源泉が分からない。
「ねえマリア」
「なんだい」
「あなたは――」
聞きかけて、けれど言い淀む。
マリアの性格的に、ここで答えてくれるとは考えられなかったからだ。
(ていうか、マリアの言葉って聞いたことないかも)
マリアと話をしてこなかった訳じゃない。
彼女の言葉はたくさん聞いてきた。
けどそれは「規則を守れ」や「戒律を破るな」など、聖女としての言葉ばかり。
マリアとしての言葉は、聞いたことがないような気がする。
――それが今回の裏切りに繋がっている?
考えすぎと思いつつ、マリアにひとつの約束を取り付けた。
「私が勝ったら、聞きたいことがあるの」
「――何を言うかと思えば。そんなことを聞く義理はないね」
はん、とマリアは鼻で笑った。
「勝つ自信がないのかしら?」
「……安い挑発だね。まあいい」
マリアはわずかに足を開き、腰を下ろした。
空気がズシリと重くなり、それが本来の戦闘態勢であることを肌で感じる。
「乗ってやるよ。万が一にもありえないことだけどね」
(……よし)
あとは勝つだけだ。
……それがどんな魔法を解析するよりも難しいことなんだけれど。
「休憩は済んだかい。なら再開するとしよう」
「ええ」
怪我はヒールで治癒した。
もう痛むところはどこもない。
私も腰を深く下げ、戦闘態勢を取――。
「今だよ!」
――ろうとしたところで、ユーフェアの声がした。
その声を合図に、周囲の茂みから四つの影が躍り出た。
影の正体は、マリアたちに倒されたはずの教会の使者たちだ。
マリアは構えを解き、使者たちの攻撃から逃げるように遠ざかった。
「クリスタ、大丈夫!?」
「ユーフェア。それにエキドナも」
現れたのは、やっぱりユーフェアとエキドナだ。
あの声の大きな騎士を倒してこっちを助に来てくれたのだろうか。
「しばらく時間を稼ぐ。ユーフェアの話を聞け」
エキドナは祈りの姿勢のまま、視線だけでユーフェアのいる方向を差した。
「ユーフェア。あなたボロボロじゃない」
「それはいいから! いまは私の話を聞いて」
「……何の話をしているんだい」
びくり、とユーフェアの肩が跳ねる。
恐る恐る彼女が振り返ると、茂みの奥に消えたマリアが再び姿を現した。
足元には、教会の使者が最初に来た時のようにうめき声を上げてみんな転がっている。
「嘘だろ……みんな『英雄の頌歌』で強化してるはずなのに」
「もともと弱い奴を強化したって大した足しになるわけないだろう」
「――なら、これはどうッスか!?」
嘆息するマリアの背後。
何もない空間からベティが出現した。彼女の指が、マリアの首筋を捉えようと大きく広げられている。
「どうもこうもないよ」
「あ!?」
ベティの背後からの奇襲を、マリアは首を横に動かすだけでかわした。
伸びきった手を掴み、背負い投げのような要領でベティの体を地面に叩きつける。
「かふっ……! な、なんで……分かったんスか」
「死角にはいつも以上に気を配っていた。それだけのことだよ。エキドナとユーフェアがいて、アンタがいないなんてことは考えられないからね」
「……そりゃあないッスよ」
ベティの意識が途絶え、彼女の首がかくりと下がる。
「く……!」
破れかぶれでエキドナが前に出る。
けれど無策でマリアを足止めなんてできるはずがない。
首に主刀を受け、あっさりと意識を刈り取られてしまう。
「よほどクリスタに伝えたいことがあるみたいだねぇ。ユーフェア」
倒れるベティ、エキドナ、そして使者たちを踏み越え、マリアは首を鳴らしながらユーフェアをじろりと見やった。
「何か見えたのかい」
「ひっ」
マリアの気配に圧倒され、ユーフェアはその場にへたり込んだ。
「アンタの能力だけはアタシでも予想がつかない。クリスタに助言をするようなら、アンタから倒させてもらうよ」
「待って」
ぶるぶる震えるユーフェアをマリアから守るように、私は前に出た。
「ユーフェア。何も言わなくていいからね」
「け、けど!」
「ヒントを貰っちゃったら約束を反故にされるかもしれないから」
「やく……そく?」
「こっちの話よ。倒れたみんなをお願いね」
首を傾げるユーフェアに微笑みかけてから、前を向く。
「マリア。あなたは私の力だけで倒す」