第二十二話「最強聖女と最長聖女」2
今から五十年ほど前。
黎明期のオルグルント王国は平和ではなかった。
当時から『極大結界』はあったものの、まだ国としての体制が整っていないこともあり、魔物の侵攻が起こるたびに多くの犠牲者を出していた。
魔物に対する知識も浅く、とにかく大量に人を特攻させる以外の戦術がなかったとか。
今でこそ魔法の研究が進み、傷を治す魔法は聖女以外も使えるようになっている。
けれど当時は聖女の癒しの力が唯一無二の治療手段だった。
魔物の侵攻が激しく、治癒は聖女にしかできない。
これらの要素が合わさり、当時の聖女は一年の大半を結界の穴で過ごしていた。
今も定期的に結界の穴に訪れているのは、そういう古い慣習の名残だ。
私たちが教科書でしか見聞きしたことのない時代のことを、マリアは身を以て体験していた。
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「くっ……」
すぐに立ち上がり、状態を確認する。
【聖鎧】を無効化され痛みと痺れはあるけれど、防御はしっかりした。
大したダメージじゃない。
「ずっと疑問に思っていたことがひとつ解決したわ」
先に言った通り、マリアは体術の達人だ。
しかも道場で習ったような型にはめたものではなく、極めて実戦的な。
長く聖女をしていたマリアがどこで技を磨いたのか。
教会七不思議のひとつとして数えられていたけれど……さっきの言葉でその答えが分かった。
「『魔物とドンパチやってた』っていう時に身に着けたのね」
「ああ。でなけりゃ死ぬからね」
あっさりとマリアは頷いた。
謎と呼んでいたけれど、聞かれなかっただけで彼女も隠すつもりなんてなかったのかも。
「聖女は治癒専門部隊って聞いていたんだけれど」
「その話を鵜呑みにした奴はみんな死んじまったよ」
ふと視線を横に向けるマリア。
偶然だと思うけれど、彼女の視線の先にはオルグルント王国があった。
(隙あり……!)
私から視線が外れた一瞬の隙間を縫い、攻撃を仕掛ける。
「聖女パ――」
「アンタの弱点。教えてやろうか」
「!?」
マリアは見もせずに私の拳を受け止めた。
まるで頬に目が付いているかのような動きに、私は動揺してしまった。
時間にして一秒にも満たない硬直。
けれどマリアにとっては十分すぎる猶予だ。
「ぐ!?」
みぞおちに蹴りを喰らい、またしても私は森の奥へ吹き飛んだ。
無意識に使った【聖鎧】はマリアの前では当然のように機能しない。
「人型極大結界【聖鎧】、常識を覆す身体強化、無尽蔵に動ける疲労鈍化。それらの併用を可能にする歴代最高の魔力」
「……?」
私の弱点を指摘するようなことを言っていたのに、逆に長所を挙げてきた。
意味が分からず、私は訝しげに眉を寄せる。
「分からないのかい。それが弱点なんだよ」
「どういうこと?」
「アンタ、苦戦したことないだろ」
確かに。
私はこれまで苦戦らしい苦戦をしたことがない。
セオドーラ領の時も、シルバークロイツ領の時も、ルトンジェラの時も、ホワイトライト領の時も、サンバスタ王国の時も。
倒すのに時間がかかったり……なんてことはあったけれど、ピンチになった時がない。
「アンタは戦っていたつもりだろうけれど、アタシからすればそれは戦いなんかじゃない。アンタからの一方的な蹂躙さ」
「!」
マリアが迫る!
私はすぐさま体制を立て直し、彼女を迎え撃つ。
(右!)
マリアの構えから、私は右から拳が飛んでくると予測した。
触れた状態だと無効化が発動してしまう。
右手を外側から払い除けて体制を崩す。
マリアの勢いを利用して背後に回り、後頭部に聖女パンチを当てる!
「甘いよ」
「!?」
気付けば私は、マリアの蹴りを胸に喰らっていた。
右手を払い除け、体制を崩すまでは良かったが……マリアはそれを読んでいた。
払われた勢いそのまま右手で地面を掴み、崩された体制を蹴りに転じさせた。
「こふ……!?」
肋骨を強打され、肺の空気が一気に逃げていく。
酸欠状態のように息が乱れ、視界が白く濁った。
「寝るのはまだ早いよ!」
「!」
マリアの姿が霞んで見えない。
私はやぶれかぶれで声のした方向を防御する。
「が……!?」
声のした方向とは逆側を殴られ、私は受け身も取れずに吹き飛んだ。
「ほら。こんな簡単なフェイントにすら引っかかる」
「く……聖女ヒール」
起き上がりながら殴られた箇所を治癒する。
(ここまで一方的にやられるなんて)
確かに体術と能力はマリアの方が上だ。
けれど単純な力や体力は私の方が上。
互角とは言わずとも、接戦くらいにはなると思っていた。
単純な力だけでは説明がつかない大きな差。
これがマリアの言う、私の弱点……?
「これで分かったろう。アンタの弱点」
「……戦いの、経験」
「その通り」
これまで私は格上どころか同格の相手とも戦ったことはない。
対してマリアは若かりし頃、生と死の狭間でその腕を磨いて……いや、そうせざるを得ない状況にいた。
圧倒的な戦いの経験値が、実力差として現れている。
それを埋めてくれるはずの聖女の力は、マリアには通じない。
「アンタは『強すぎた』……それが弱点さ」
マリアは勝ち誇ることもなく、ただ淡々と事実を述べた。
「アンタではアタシに勝てない。諦めな」




