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第二十一話「最強聖女と最長聖女」

<クリスタ視点>


 ――あれは、私が初めて聖女の力の応用に成功したときのことだ。

 聖女の力を『魔法の拡大解釈理論』に当てはめる実験。

 絶対できる、なんて確信はなかった。

 教会は「聖女の力は神から下賜されたもの。魔法とは一線を画す奇跡の力である」って言ってたし、むしろ失敗して「やっぱりできなかったわね」となるのが当然だと考えていた。


 魔法に限らず、新しい理論は百回の失敗を経て一つの成功を生み出す。

 聖女の力の転用は、百ある失敗の一として経験になるはずだった。


「……あれ? できた」


 試しに、そばにあった石に軽く拳をぶつけると、硬い石がまるでポップコーンみたいに弾けた。

 飛び散った石の破片が身体に当たったけれど、痛みどころか触れた感覚すらもない。


「聖女の力は……魔法の一種?」


 聖女の力はオルグルント王国建国からずっと、その原理を解明されていない。

 実験を経て、その一端を掴んだ気がした。


 結局、それらをまとめた論文は教会側の抗議により、闇に葬られることになった。



 ▼


「時間がない。とっとと始めるとしようか」


 マリアはすたすたと私の方へと距離を詰めてくる。

 私の【聖鎧(せいがい)】は、効果検証の過程であらゆるものを防いだ。


 研究所の開発力のすべてを注いだ爆弾、大型魔物のあらゆる攻撃、果ては宮廷魔法士が奥義と称した魔法まで。

 けれど、たった一つ、防げないものがあった。


 マリアの拳骨だ。


 聖女の力の応用で、マリアは魔力を無効化する力を手に入れた。

 魔法技術が発達した今の世の中において、それが適用される範囲はとても広い。

 魔物寄せの香といったアイテムや魔物のブレス、果ては古代遺跡から発掘した呪物まで、マリアが触れたものは例外なく効力を失う。


 魔力を使う者にとっての天敵。それがマリアだ。


 他の聖女と違い、マリアの能力に弱点はない。

 発動は一瞬。魔力消費もないに等しく、再発動までのタイムラグはゼロ。

 使用制限もないと考えていい。


 欠点を無理に挙げるとするなら、三つ。

 ひとつ目は魔力と関係のないものには効果がないこと。


 ふたつ目はマリアが能力を使い慣れていないこと。

 教会の教義に反するとして、マリアはこの能力をほとんど使っていない。

 私へのおしおきの時とか、どうしても魔物を素早く倒す必要がある時くらいだ。


 みっつ目は効果範囲が狭いこと。

 マリアの能力は、彼女が触れたものにしか効果がない。

 範囲が狭いことに定評のある私よりもさらに狭い。


 なぜか体術が達人レベルであるマリアにとってはどれもあってないような欠点だけど……そこを突かない手はない。


(冷静になれているわね)


 前回は成す術もなくやられてしまった。

「マリアが国を裏切る可能性を万に一つも考慮していなかった」ことからくる動揺によって、私はたった一発で倒された。


 今度はそうはいかない。

 勝って、連れて帰って、私が――いいえ、私たちがおしおきするんだから!


「先手必勝!」


 私は拳を握り、地面を殴りつけた。

 踏み固められた土に、二の腕までめり込ませる。

 そのまま上に振り上げると、前方に土と石が巻き上げられた。


「無駄だよ」


 マリアは横っ飛びに移動し、土と石の波を避けた。


(やっぱり避けたわね)


 地面を殴りつけたのは聖女の――つまりは魔法の力だけど、そこからえぐり出したものに魔法の効果はない。

 それらはマリアの力では無効化できない。


(なら、()()()が使えるわ)


 私は続けて地面を掘るように殴り、土と石を飛ばし続けた。


「そんなもの当てたところでアタシを倒せはしないよ」

「やってみなくちゃ分からないわ!」


 すいすいと避けるマリア。

 これだけ広範囲に及ぶ攻撃をしているのに、法衣に汚れを付けることもできていない。

 少しでもダメージを与えられるかもと期待していたけれど、それはさすがに虫が良すぎたみたい。


(けど、作戦通りよ)


 土と石はマリアへの攻撃と、煙幕を兼ねていた。

 全方位に土を巻き上げた結果、それが煙のように私の姿をかき消した。

 それに乗じて気配を殺し、森の方へと移動する。


「――む」


 マリアが動きを止める。


「バカの一つ覚えかと思いきや、なかなか小癪な真似をするじゃないか」


 私の狙いに気付いたらしく、唇の端を少しだけ上げる。

 けれど、もう遅い。


(これで終わらせるわ)


 私はマリアが探知できない場所から、拳大の石に力を込めた。

 投擲は投げる瞬間こそ魔力を使うけれど、そこから先は単なる物理現象だ。

 マリアの力でもかき消すことはできない。


(この距離、この角度。まず間違いなく当たる)


 胴体に当たれば勝ち。仮に受け止められても大ダメージは免れられない。

 勝利を確信し、私は石を放った。


「聖女投擲」


 真っすぐ飛んだ石が、マリアの身体に――。


「そう来ると思ったよ」

「!?」


 着弾する直前、マリアは振り返り手を広げた。

 音もなく石の軌道が逸れ、地面にぶつかり派手な音を立てた。


(防がれた!? 嘘、マリアの能力にそんな効果は――いえ、違う!)


 てっきり能力の応用で何かしたのかと考えたけれど、違う。

 着弾する瞬間を見極め、手を添えて軌道を逸らしたのだ。


 聖女の能力ではなく、マリア自身の力で、攻撃を受け流した。


「ボーっとしている暇なんてありゃしないよ」

「!」


 猛然と迫るマリアに、私は距離を取ろうとした。

 けれど反応が遅れ、気付いたころにはあれだけあった距離はもうゼロになっていた。


「そら。お返しだ」

「くっ!」


 両手を交差させて防御する。

 マリアを前に【聖鎧】は意味をなさず、私は木々をなぎ倒して吹き飛んだ。


「アンタはこの能力の隙間さえ突けば勝てると思っているようだけど、甘いよ」


 ギャアギャアと騒ぎ立てて逃げていく森の魔物たちを睥睨しながら、マリアは私を睨みつけた。


「伊達に魔物とドンパチやってた頃から聖女をやっちゃいないんだよ。ひよっこが」

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