第十九話「予言師と聖騎士」(前)
<ユーフェア視点>
私は他のみんなのように戦う力を持っていない。
それでいいと思っていた。
戦えなくてもみんなの役に立てるし、逆にみんなにはできないことができるし。
そもそも聖女が戦う力を持ってること自体がヘンなんだから、むしろ私みたいな非戦闘員が標準のはずだ。
私ができないことは他の誰かに任せればいいし、逆に他の誰かができないことは私がやればいい。
適材適所が一番いいってクリスタも言ってた。
だから戦う力なんてなくてもいいと思ってた。
けど――誰かに任せられない場面が来たら、どうしたらいいの?
クリスタはマリアを、そしてベティはお姉様の護衛をしていたフィンという男の人をそれぞれ相手している。
エキドナはみんなの補助で動けない。
残るは私と、大きくて怖そうな男の人。
私一人で、この人と戦わなくちゃいけない。
「むむむむ無理だよエキドナぁ!」
「待て待て揺らすな。集中が途切れるだろ」
「あんな大きな男の人、私に倒せなんて無茶だよ!」
「かと言ってあたしが戦闘に参加したら『英雄の頌歌』が解けちまう。クリスタやベティの奴にも影響が出るぞ」
「うぅ……」
エキドナに助けを求めるけど、冷静に諭されてしまう。
さんざん泣きついてはいるけど、エキドナもどちらかと言うと非戦闘員寄りだ。
能力こそすごいけど、それを自分自身にかけることができない。
頭から足の先まで、他人の補助に特化している。
エキドナが戦闘に参加するよりもサポートに回っているほうが全体の戦闘力は向上する。
……理屈ではこの布陣で行くしかないことは分かってる。
分かってる、けど……。
ちらり、と男の人を見上げる。
「まさかこんな子供が相手とは……」
ぬん、と怖い目で睨まれ、私はすぐに視線を逸らした。
「やっぱり無理だよぉ」
私の頭三つ分くらい身長が高くて、ぶ厚そうな鎧の隙間から見える腕はすごく太い。
まさしく「大人と子供」だ。
首根っこを掴まれて放り投げられただけで森の向こうまで飛ばされそう。
「落ち着けってユーフェア。無理に倒せなんて誰も言ってないだろ」
「……どういうコト?」
エキドナは祈りの姿勢を崩さないまま、クリスタとベティの方角をそれとなく示した。
「二人のうちどちらかが勝てばこっちを助けてくれるだろ」
「……そっか! 時間を稼げばいいんだ」
「そういうことだ」
……それなら私にもどうにかできる。
できる……よね?
「倒すなんて考えるな。とにかく話を引き延ばして時間を稼げ」
「わ、わかった。やってみる」
エキドナはクリスタの補助もしている。
私がやられちゃったら、クリスタにも迷惑がかかる。
時間を稼ぐ方法を、ひとつだけ、思いついた。
けど、それを実行に移すにはすごく勇気がいる。
……頑張れ。
頑張れ、ユーフェア!
自分で自分を奮い立たせ、私は怖い男の人に向き直った。
▼
「作戦会議は終わったか」
「えっと……はい」
男の人は少し離れた場所で腕を組んでいた。
攻め入る時間はたくさんあったのに、それはせずにじっとこちらを睨んでいた。
「もしかして……待っててくれたんですか?」
「勝敗は既に見えている。ならば情けをくれてやるのが騎士と言うものだ」
……意外といい人だった。
あれ。
待ってくれるってことは……作戦会議をしていたら、その間はずっと足止めできるってことなのかな。
「あの」
「なんだ」
「もう少しだけ作戦会議したいので、まだ待っててもらえます? あと三十分くらい」
「待てるか!」
「ひぃ!」
だん! と足で地面を踏み、男の人は怒鳴った。こわい。
……待ってくれるなら、もっともっと作戦会議しておくべきだったと、さっそく私は後悔した。
「一度吐いた言葉を直すなど騎士道に反する行いだ!」
「わわわ、私は騎士じゃなくて聖女、なんですぅ……」
「問答無用!」
怒られた。
理不尽すぎる……。
「どのような作戦を立てようと無駄だ。この聖騎士ゼルクリード・グリムハルトが真正面から打ち破ってやろう!」
男の人――ゼルクリードさんは足を肩幅に開いて、ぐ、と足を曲げて両手を軽く握った。
「安心せい! 女子供相手に剣は抜かん! それが騎士道と言うものだ!」
「……」
私はちらり、と、ゼルクリードさんの後ろに視線をずらした。
そこではベティとフィンさんが戦っている。
フィンさんも聖騎士?らしいけど、ベティ相手にめちゃくちゃ剣を振るっている。
(騎士道って、なんだろ)
聖女みたいに、人によって解釈が違うものなのかな。
何にせよ、剣を使わないのはありがたい。
「……あなたを止めるには、これしかありません」
私は短い間に思いついた作戦を実行に移した。
嫌だけど……目深まで被っていたフードを脱ぎ、素顔を晒す。
「ぬっ」
素顔の私と目線が合ったゼルクリードさんが、ずざ、と後ずさりする。
私が考えた作戦は……「私を好きになってもらう」こと。
お姉様の元婚約者だったサンバスタ王国のドミニクさんは、私の素顔を見た途端、私を好きになってくれた。
同じようにすれば、ゼルクリードさんも私を好きになってくれて、あわよくば言うことを聞いてくれる……はず。
そういう算段のもと、私は素顔を晒した。
実を言うと、私は自分の顔があんまり好きじゃない。
お姉様にさんざん「顔を見せるな。隠せ」と言われてきたから、人に見せるのも嫌だ。
けど、クリスタのためになるなら――!
「……で?」
「へ?」
後ずさりして身構えていたゼルクリードさんが、何かを促すように首を傾げた。
「それで終わりではないだろう?」
「え……と。終わりです」
「顔を見せることがこの聖騎士ゼルクリード・グリムハルトを止めることに繋がる……と?」
ゼルクリードさんは困惑している。
足止めはできている……けど、私が意図したようにはなっていないっぽい。
あれ?
「あの、自分で言うのは本当に恥ずかしいんですけど……」
「なんだ」
「私って、可愛いですよね?」
まるで自分大好きっ子みたいで、顔から火が出そうだった。
「全然」とか言われたらショックで倒れちゃいそうだけど、幸いにもゼルクリードさんは頷いてくれた。
「うむ。天使が顕現したような美しさだ。驚いたぞ」
「好きになっちゃいません?」
「なるか! 貴殿はまだ子供だろうが!」
怒られた。
ドミニクさんはすぐ好きになってくれたのに、なんでぇ!?
「さっきから何なんだ貴様は!? 戦いを愚弄しているのか? 騎士の風上にも置けん奴だ!」
「だから私は騎士じゃなくて、聖女で――!?」
泣きべそをかいていると、不意に視界が揺らいだ。
「あ――」
予見が発動し、ぼんやりとした未来が見えた。
……このままだと、私たちは、負ける。




