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第十八話「道化師と氷騎士」(後)

「――っ」


 大きな地響きが起きた。

 目線だけをそちらに向けると、断続的にずん、ずん……と、腹に響く音が聞こえてくる。


 クリスタ先輩とマリアが戦闘を始めたらしい。

 土が盛大に舞い上がり、余波で木々が紙切れのように吹き飛んでいる。

 規模の大きさに驚いたのか、ユーフェアの「ひぃ!?」という悲鳴が後ろから聞こえてきた。


「これがクリスタ・エレオノーラの実力……私と戦った時はまるで本気ではなかった、ということか」


 唖然とした様子で、フィンも何事かをつぶやいている。

 先輩のおかげで私への注意も散漫になっている。

 この機会を逃す手はない。


(転移!)


 先輩の拳――か、足か膝か肘か――が出す轟音に合わせて地面を蹴り、フィンの右後方へと転移する。


(この位置なら急所を狙える!)


「――と、あなたは考えるでしょうね」

「ぐ!?」


 フィンの左右に生えていた氷が生き物のように蠢き、私に襲い掛かった。

 ギリギリで直撃を避けられたものの、かすめたところの皮膚を持って行かれてしまった。


 彼の攻撃は止まらない。

 地面を滑る私に覆いかぶさるよに、二度、三度と氷がのしかかってくる。


「多少の荒事に慣れている。そこは認めましょう。ですが、ワンパターンなんですよ攻撃が」


 氷の先端がまるで生き物の口のように大きく開き、左右から圧し潰そうと迫ってくる。


(転移!)


 またしてもギリギリで距離を取り、難を逃れ――!?


「がぅ!?」


 転移した直後、ひやりとした硬い物がわき腹に直撃し、私はうずくまった。


(転移先を……読まれた!?)


「あなたの転移は一見するとお手軽な能力に見えますが、その実とても繊細だ」


 ざり、と地面を踏みしめながら、フィンが近づいてくる。


「転移先をきちんと定めなければうまく発動しない。しかし窮地の場合、それでは困る」


 まるで狩りを楽しむ狩人のように、薄ら笑いを浮かべながら。


「戦闘の際、あなたはいくつか転移先をあらかじめ決めている。万が一にも不発がないよう、五メートル以内の場所に、ね。その座標さえ分かれば対処は容易い」

「……それも、マリアから聞いたんスね」

「マリア殿の方から自主的に教えてくださったんです。そういう訳で、あなたに勝ち目はありませんよ」


 私の転移の癖を最初に見抜いたのはマリアだった。

 杖で叩かれそうになって、咄嗟に逃げた先でまた殴られたことを思い出す。


(あの時はなんで怒られたんだっけ……?)


 ムカつく神官を下りられない塔の上に転移したこと?

 教会から配られたモノを質屋に売ったこと?

 それとも、先輩に付き合って聖女の力を実験に使ったこと?

 ……半分以上はクリスタ先輩が絡んでいた気がする。


「――ぷ」


 今までのおしおきを思い出しているとなんだかおかしくなり、私は吹き出してしまった。


「何を笑っているんです?」

「すまないッス」


 ぐい、と上体を逸らして立ち上がる。

 肩の傷は浅い。

 治すのはこいつを倒してからでも遅くはない。


「私の転移の癖を知ったくらいで勝った気になるあなたが面白くて、つい」

「何ですって?」


 薄氷を纏ったかのようなフィンの笑みに、ぴしり、と亀裂が走ったように見えた。



 ▼


「あんたの言う通りッス。私の転移はよく見ると色々と癖があって、それが弱点に繋がっている」


 軽く地面を蹴り、一メートルほど隣に転移する。


「視界の範囲内はどこでも転移できるなんて言ってるッスけど、ちょっとした誇大広告ッス」


 さらに二メートル先に転移。


「100%確実に転移できるのは……今はせいぜい五メートル以内。離れれば離れるほど座標もブレるし、不発率も高くなる」


 特に切羽詰まった状況になりやすい戦闘中はそうだ。

 説明しながら三十センチ先に転移。


「あなたの氷魔法、相当に早いッスね。転移でも逃げ切れないッス」

「なら、大人しく」

「けど、それだけで全部を知った気になってもらっちゃ困るッス」


 私はこっそり拾い上げたものをフィンに掲げて見せる。

 手ごろなサイズの石が四つ。


「……はっ。そんなもので何をしようと言うのです?」

「こうするんスよ!」


 私は石を振りかぶり、それが手元を離れる直前に念じた。


(転移!)


 手から離れた瞬間、石が忽然と消える。


「!?」


 がん! とフィンの鎧に石がぶつかり、衝撃で彼がよろける。

 ありもしない方向から襲い掛かった石がフィンのわき腹に激突したのだ。


「さっきのお返しッスよ」

「……なるほど、そんな使い方もできるのですね」


 私の転移は対象に触れていなければ発動できないけど、タイミングを合わせれば「投げた力を保持したまま」転移させることができる。

 モノの転移は人よりも簡単だし失敗もしにくい。


「あなたは今、全方位に矢を向けられていると言ってもいい状態ッス」

「そんな石ころ程度で私をどうにかしようとは。いやはや」


 石が当たった箇所を撫で、彼は嘆息する。

 同じタイミングで、森の方角から気が弾ける音がした。

 先輩とマリアが戦う場所を森の中に変えたらしい。


「投降する気がないのなら、もう終わりにして差し上げます」



 ▼


<フィン視点>


 転移。

 数多の研究者が不老不死の次くらいに求める能力と言えば、おそらくそれだろう。

 ワラテア王国でも転移の魔法は研究されているが、進捗は芳しくない。

 理論的には可能「らしい」。今の技術力では、その「らしい」を「できる」に変えることすら容易ではない。

 しかし目の前の少女は、その完成形を手にしていた。


 たった一個人の魔力で好きな場所に移動できる力。

 多くの人間が求めてやまない驚異的な能力だ。


 ――しかしそれはあくまで産業としての評価だ。

 戦闘に使う能力としては中程度。

 マリア殿から聞いた弱点を突けば対処はそう難しくない。


「あなたの手品の種はもうバレているんですよ、道化!」

「そう言わず、もう少しじっくり遊んでくださいよ!」


 ソルベティストは続けざまに二度、三度と石を放った。

 そのどちらもが手元を離れた瞬間に掻き消える。


 彼女の言う通り、私はいま、どこから来るかもわからぬ石の砲弾を向けられている状態だ。

 しかし、甘い。


 私は両肩に展開していた氷で頭を覆った。

 やや遅れて、がん、がん、と前後に石がぶつかってくる。

 もちろん私には何のダメージもない。


「先ほども申し上げたでしょう。狙う場所さえ分かっていれば対処は容易いんですよ」


 私は聖騎士の鎧に身を包んでいる。

 装甲がある部分に石をぶつけられても何のダメージにもならない。

 なら、石が飛んでくるのは守られていない部分に絞られる。


 鎧がなく、かつ石ころ程度で戦闘不能にできる場所。

 考えられるのは頭しかない。

 石を投げた瞬間だけ頭を氷で防御すれば何の問題もない。


「あなたにしてはよく考えた作戦でしょうが、こんなものはお遊びだ」


 逃げようとするソルベティストの足に、生成した氷を突き刺す。


「――っ!!?」

「おや。よく悲鳴を上げませんでしたね」


 痛みに悶える声で他の聖女の戦意を奪うつもりだったが、やはり狙いを読まれていたらしい。


「あまり気は進みませんが、少しだけ痛めつけさせてもらいましょうか」

「……」

「これも無駄な血を流さないためです」

「……ふ」

「?」

「ふふ、ふふふ……」


 ソルベティストの肩は震えていた。

 痛みを我慢しているのかと思っていたが……違う。


 笑いを堪えている。


「何を笑っているのです?」

「実は私も、聞いてたんですよね」

「何を?」

「くく、くくく……」

「何を、と聞いているのです」


 薄気味の悪い笑い声をあげるソルベティストに、私は強く詰問した。


「癖ッスよ」

「私の……癖?」

「そッス。自分では気づいていないかもしれませんけど」


 ソルベティストは私の顔を指さし、こう告げた。


「あんた、よほどお喋りが好きなんスね。戦いの最中でも立ち止まって長々と話をして」

「? それが」


 どうした、と言いかけたところで、彼女が言葉を被せてくる。


「おかげで座標を定めやすかったッス」

「……!?」


 私はソルベティストの手元を見た。

 最初に見た時、石は四つあった。

 一つは脇腹に、そして二つは顔の前後にそれぞれ投げた。


 ――では、もう一つはどこへ?


「確実に転移させられるのは五メートル以内。それだけあれば十分ッスよ」


 ぞわり、と焦燥感が全身を支配した。

 すぐにこの場を離れ――


「が!?」

「お。ようやく着弾ッス」


 脳天をえぐるような衝撃に、世界がぐるんと揺らいだ。

 行方不明だった四つ目の石。

 それは知らない間に、私の頭上に転移していた。


 立ち止まって話をする癖。

 その一点を突くために、大仰に投げる真似をして転移の動作を隠し、自分を囮にして「倒した」という油断を誘い、私をこの位置に縫い留めた。


 圧倒的に有利な立場にいるはずがその実、私はいつの間にか彼女の舞台の上の操り人形と化していた。


「こ――の、道化、め……」


 全身に力が入らない中、そう吐き捨てるだけが精いっぱいだった。

 私の捨てセリフを聞いて、ソルベティストは悪戯が成功したガキのように、無邪気にこう返した。


「私は聖女ッス」

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