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第十五話「包囲と守護」

「聖女パンチ」


 叩きつけた拳が猿の魔物の顔面を捉える。

 まるで砲弾のような早さで吹き飛んだ魔物は、後ろにいた仲間数匹を巻き添えにしながら木に叩きつけられ、動かなくなる。


 大陸中央に近づくほど魔物は強くなる、というのが定説だけれど、奴らは随分と弱い。

 聖女パンチどころか、聖女デコピンでも倒せそうだ。


 ただ……。


「きりがないわね」


 個々の力は弱いけれど、いかんせん数が多い。多すぎる。

 前方にしかいなかったはずの猿の魔物の群れはいつの間にか両サイド、さらには後方にまで伸びていた。

 完全に囲まれてしまい、おかげでさっきからちっとも前に進めていない。


「埒が明かないッスねえ。いったん戻って仕切り直しまスか?」


 森の初期位置にまで戻ることを提案するベティ。

 手っ取り早く魔物の包囲を抜けるには最良の手かもしれない。

 ただ、ここまで進んだ道のりを考えるとかなり時間をロスしてしまう。


 このまま進むか、戻ってやり直すか。

 またしても二択を迫られてしまう。


「……いえ」


 ユーフェアの予見を思い出し、私は首を横に振った。

 彼女は予見の前に「このまま進まないとマリアに追いつけない」と言っていた。

 街道を出ると「大きな足枷」に阻まれて動けなくなり、戻ると時間のロスを取り戻せずに追いつけなくなる。

 歩みは遅くなるけれど、このまま進むことが最良の道なはず。


 希望的観測が混じってしまっているけれど、ユーフェアの予見を信じる。


「このまま魔物をぶっ飛ばしながら進みましょう」

「先輩らしいッスね。了解ッス」



 ▼ ▼ ▼


 あれから数時間。私たちは猿の魔物の群れと交戦を続けた。

 魔物の跋扈する森の本領発揮なのか、数が尋常ではない。

 見渡す木々の枝、木の根がうねる地面、草木が茂る道。どこを見渡しても猿の魔物の光る眼がある。


「キリがねえぞこれ」


 肩で大きく息をするエキドナが、呼吸の合間を縫ってそう漏らす。

 彼女の魔力はそう多くない。

 なので私とベティへのサポートはなしにして自分(と、背負っているユーフェア)の防御にだけ集中してもらっていたけれど、限界が近いのかもしれない。


「ホントにこの道が正解なのかユーフェア?」

「大丈夫! ……の、はず」

「そこは自信たっぷりに言ってくれよ!?」


 ……ツッコミが元気なので、もうしばらくは大丈夫そうだ。

 最悪、ベティも防御に回ってもらおう――そんなことを考えながら視線を前方に戻すと。


「……あら?」


 視界を埋め尽くしていた猿の魔物が少なくなった。

 正確にはまだたくさんいるのだけれど……なんというか、包囲網の密度が減っている。


「先輩」

「ええ。ゴールは近いわね」


 同じく違和感に気付いたベティの声に、私は笑みを浮かべる。



 ▼


 ほどなくして、私たちは包囲網を抜けた。

 念のためベティに周辺を見てもらったけれど、進む方向に猿の魔物は一匹もいない。


「さっきの場所、奴らの縄張りだったっぽいッスね。後ろ側にはわんさか居たッスよ」


 どうやら私たちは彼らの縄張りに真正面から突っ込んでいたらしい。

 ……道理で数が多いと思った。


「みんな。ごめん……」


 ユーフェアの予見に従った結果、とんでもない道を突き進むことになってしまった。

 今回はハズレてしまったと、ユーフェアは消え入りそうな声で俯く。


「ユーフェア。顔を上げて」

「けど、私のせいで危ない道を進ませることになっちゃって……」

「そうとも限らないわよ」

「え?」


 私は足元に転がる石を拾い上げ、数メートル離れた木に狙いを定めた。


「聖女投擲」


 真っすぐに飛んだ石が幹を貫くと、木全体がぐにゃりと揺れた。枝に掴まってい

 た鳥が驚き、空に羽ばたいていく。


「木に扮した魔物ね。それに鳥の魔物もいるわ」

「……?」


 私の伝えたい意図が分からず、ユーフェアが首を傾げる。


「よく思い出して。猿の魔物の縄張りの中にあいつらはいた?」

「ううん。いなかった」


 猿の魔物に囲まれているとき、襲い掛かって来たのは奴らだけだった。


「つまりこうは考えられないかしら。奴らの縄張りの中には、それ以外の魔物はいなかった」

「そうかもだけど……それと私の予見と、どういう関係があるの?」

「猿の魔物以外と出会わずに済んだわ」


 本来、この森に生息する魔物は数えきれないほどの種が存在する。

 木の魔物、鳥の魔物、虫の魔物、熊の魔物、猪の魔物。

 私たちは確かに猿の魔物の縄張りに飛び込んだことでゆっくりとした歩みを余儀なくされた。

 けれどそのおかげで、それ以外の魔物に注意を払う必要がなかった。

 猿の魔物に守られた――とも言い換えられる。


 いつ襲ってくるかも分からない多種多様な魔物を警戒するよりも、そちらの方が集中を切らすことなく進めた、ということだ。


「ユーフェアの予見は間違っていなかったのよ」

「……そうかもしれないけど。でも進むのが遅れたのは本当のこと。マリアに追いつけるかどうか分からないよ?」

「それも大丈夫よ」


 ユーフェアの予見では、街道を出ると「大きな足枷」によって止められると言っていた。

 私はそれを、教会の部隊と予想していた。


 彼らの本来の目的はマリアの抹殺だ。

 道中で私たちを発見したことで目的の変更を余儀なくされ、結果、私たちは足止めを食らう。

 なら、会わなかったら?


 彼らは目的を変更することなくまっすぐ進むはずだ。

 魔物と交戦している私たちよりも遥かに速い速度で。

 そして、彼らの行く先いるのは――マリアたちだ。


 マリアに追いついた教会の部隊は彼女と交戦する。

 マリアが負けることは考えられないけれど、順調に進めはしないはずだ。


 私の予想が合っているのなら、森を抜けた先には――



 ▼


 街道を出てまず見えたのは、地面に倒れ伏す人々だった。

 黒いマントで全身を包み出自は分からないけれど、顔が露出している数人には見覚えがあった。

 間違いなく教会の関係者だ。

 そして、彼らと対峙するように立つ三人の男女――。


「ようやく追いついたわよ、マリア」

「やれやれ。次から次へとしつこいねぇ」

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