第十四話「頼み事」
いま、私たちが取れる進路は二つある。
森を南下して街道に出るか、このまま東に直進するか。
ユーフェアの身を案じて南の道を選ぼうとすると、それを当のユーフェアが止めた。
――森を抜けるとマリアに追いつけない。
そうはっきりと明言するユーフェアに、私たちは顔を見合わせた。
「何か見えたの?」
「うん。直進すると小さな足枷が、右に進むと大きな足枷に足を噛まれるの。大きい方に噛まれると動けなくなる」
「足枷?」
ユーフェアの予見の力は非常に気まぐれだ。
起こる事象を秒単位で当てる時もあれば、あやふやすぎて何のヒントにもならない時もある。
彼女曰く『度の合わない眼鏡をかけて演劇を見せられているようなもの』らしい。
ルトンジェラでの『八叉槍』のように突飛もない造語や表現が多いのは、おぼろげに見えたものを何とか言語化しようと足掻いた結果によるものだ。
今回も何かの比喩表現だと思うけれど……。
「足枷ッスか」
「それも、いっぱい……?」
ベティとエキドナが互いに首を傾げ合っている。
釣られて、私も思案にふける。
私が意識を失っていた二日ぶんの遅れはベティの転移によりほぼ消えている。
マリアの位置は、私たちよりやや先行している程度と予想している。
なのに追いつけなくなるということは、オルグルント王国――というか、教会――が私たちを連れ戻すために部隊でも放ったということだろうか。
それに見つかってしまうと余計な足止めを食らい、結果マリアに追いつけなくなる。
足枷、という単語から連想するとそれが一番近い気がする。
「――って、考え込んでいる場合じゃないわ」
我に返ると、ベティとエキドナもハッとした顔になった。
「そッスね。理由なんて今はいいんスよ」
「街道に出ない。それだけ分かりゃ十分だ」
私たちは顔を見合わせ、街道を抜けるのではなく、森を突っ切る方向へと進んだ。
直進する場合も小さな足枷がある、とユーフェアは言っていた。
それは思いのほか早く姿を現した。
「先輩、魔物ッス!」
「エキドナ。ユーフェアをお願い」
「おう」
ユーフェアを預け、私は前に出た。
現れたのは猿型の魔物たち。枝を揺らして大きな音を鳴らし、こちらを威嚇している。
ざっと見ただけで十匹はいるだろうか。
(こいつらが小さな足枷って訳ね)
私は拳を合わせ、不敵な笑みを浮かべた。
「私たち急いでるの。邪魔するなら容赦しないわよ」
▼ ▼ ▼
<マクレガー視点>
研究所の魔物たちにエサをやっていると、不意に頭上に影が差した。
「戻って来たか」
見上げると、クリスタに貸していたワイバーンがゆっくりと降りてくる。
かつては手が付けられないほどの暴れん坊だったが、クリスタと接するようになってからはすっかり大人しくなった。
……字面だけ見ると聖女の慈愛に触れて凶暴だった魔物が大人しくなった美談みたいに聞こえるが、もちろん中身は全く違う。
まあ早い話が、クリスタに弱肉強食の理を分からされた、ってことだ。
その証拠に、こいつが大人しく従うのはクリスタだけだ。
俺の言うことも一応は聞くが、あくまで「クリスタにそうしろと言われたから」というだけであって、決して俺に懐いている訳じゃない。
ま、俺としては研究が進めば何だっていい。
「ん、クリスタは乗ってないのか」
当たり前だが、ワイバーンの飛行速度は人を乗せた分だけ遅くなる。
こいつだけ帰してきたってことは、エリストンで瞬間移動ピエロと会ったのかもしれない。
がふ、とワイバーンが頭を上下に揺らす。
首に括り付けられたモノを早く取れ、と言いたいんだろう。
人語をそこそこ理解していることといい、人の顔もちゃんと見分けていることといい、こいつけっこう頭いいな。
「分かった分かった。急かすなって」
望み通り首にぶら下がった箱を取る。
中にはクリスタに頼んだレポートに加え、エリストン製の菓子が入っていた。
あいつが気を利かせて買ってくれたんだろう。
レポートに目を通しつつ、さっそく包みを開けて菓子を口の中に放り込む。
……うまい。
「お前も食うか?」
やけに菓子をジロジロ見るワイバーンに声をかけると、彼(?)は口を大きく開けた。
喉の奥めがけて菓子を放り込むと、ワイバーンは上ずった声を上げる。
お気に召したのだろうか。
つくづく人間ぽいヤツだ。
「……ん? なんだこりゃ」
レポートの最後に、クリスタからの私信――というか、頼み事が綴られていた。
それに目を通し、俺は深くため息を吐いた。
「――また面倒ごとに首突っ込んでんのかあいつは」
菓子を食いながらコーヒーをすする。
甘味と相反するコーヒーの苦味が混ざり、口の中がさっぱりとする。
「ま、菓子で受けた恩は早めに返すとするか」
残った菓子をワイバーンにやり、俺はクリスタの頼み事へすぐに取り掛かった。
小話
ベティとマクレガー
クリスタと雑談しているとき、ちょうど彼の背後に転移してきたベティ
彼女に驚き、マクレガーはお気に入りの白衣にコーヒーを零してしまう
以降、彼女のことを「瞬間移動ピエロ」と呼んでいる