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第十三話「遠い先」

「お帰りなさい」


 見回りを終えて戻ってくると、木の根元でしゃがみ込んでいたユーフェアが立ち上がっていた。


「ユーフェア。もういいの?」

「うん。迷惑かけてごめんなさい」


 本人の言う通り、青ざめていた顔もずいぶんましになっている。


「……ん。クリスタ、それはなに?」


 ユーフェアが私の腰元を指差す。

 そこには旅用の水筒が括り付けられていた。


「これ? マリア用の秘密兵器よ」

「?」


 小首を傾げ、ユーフェア。


「それより、本当に大丈夫なの?」

「ここまでついて来たんだから、もうみんなの足は引っ張らないよ」


 ふん、と鼻息を鳴らして両手を握りしめるユーフェア。

 転移酔いで出鼻をくじかれる形になったけれど、気合いは十分みたいだ。


「よし。それじゃ、出発しましょうか」

「おー!」



 ▼


「ごべんなさい………………」


 約三十分後。

 体力を使い果たしたユーフェアは、私の背中でそううめいた。


「旅に慣れてないんだから仕方ないッスよ。特にこの時期は」

「……」


 ベティの慰めに、ユーフェアは小さく息を吐いた。


 ユーフェアは小柄だけれど体力がない訳じゃない。

 曲がりなりにも山暮らしだし、森の中を歩き回れるくらいはできる。はず。

 けれど、ほぼ通年、雪が積もる山の上と高温多湿な森の中では環境が違いすぎた。


 進むごとに体力を奪われ、ついには倒れるに至ってしまった。


「気にすんなってユーフェア」

「そーそー。気にすることないッス」

「なんでみんなそんなに平気なの……」


 青息吐息なユーフェアは、平然と歩くエキドナとベティを交互に見やった。


「なんでって、いつも畑仕事してるからかな?」

「私は子供の相手をしてるからッスかねぇ」


 エキドナは聖女になった後も実家の畑仕事を手伝い続けている。

 そしてベティは日がな孤児院に転移して回り、子供たちの相手をしている。

 そのおかげで森の中の行軍にも全く疲れを見せていない。


「……私も、もっと鍛えておけばよかった……」


 弱々しい声でそうこぼすユーフェアと私の頭上で、何かが耳障りな音を立てて飛んだ。


「ひぃっ」

「大丈夫よ」


 森特有の、少し大きいだけの虫だ。

 特に害はないけれど、ユーフェアはぶるぶると身体を震わせている。

 どうやら虫が苦手ならしい。


「落ち着けってユーフェア」

「そーそー。ただの虫ッスよ」

「なんでみんなそんなに平気なの!?」


 虫を見たせいでさらに青息吐息なユーフェアは、平然と歩くエキドナとベティを交互に見やった。


「なんでって、いつも畑仕事してるから……」

「私は子供の相手をしてるからッスかねぇ」


 繰り返しになるけれど、エキドナは畑仕事をしている。

 虫なんて見慣れたものだ。

 ベティも同様。男の子はよく虫を捕まえて遊んでいるので、自然と彼女も見慣れている。


「……がーん」


 私でも分かるくらいに落ち込むユーフェア。

 引きこもりがちな彼女にこの旅はそもそも無理があったのかもしれない。


「ユーフェア、やっぱり戻る?」

「――戻らない。私も、マリアに直接会いたい」


 私の肩を掴む手に、ぎゅ、と力が込められた。


「迷惑をかけてるのは分かってる。けどお願い。このまま一緒に行かせて」


 ユーフェアはユーフェアなりに、マリアに対し納得できないところがあるのだろう。

 会った私ですら納得できなかったのだから。

 その意気を無下にはできない。


「迷惑だなんて思ってないわ。このまま行きましょう」

「けど進路は変えたほうがいいかもしれないッスね。汗すごいッスよ」


 ユーフェアの汗をハンカチで拭ってやりながら、ベティ。

 たとえ身体を動かしていなくても、森の暑さは容赦なく体力を奪っていく。

 ユーフェアのことを考えるのなら、まずは森を出た方がいいかもしれない。


「――それはだめ」


 しかし、ユーフェアはそれを強い口調で否定する。


「このまま先に進まないと、マリアに追いつけない」


 その視線は私たちを見ているようで、もっと遠い先を見ているような気がした。



 ▼ ▼ ▼


 ダンダラビン街道。

 エリストン領から外に続く街道には、そんな名前が付けられていた。

 大陸中央の森に近い場所にあるため人通りが少なく、魔物との遭遇率も高く、そして強い。

 人通りが多く、魔物との遭遇率も低く、そして弱い南のローン街道とは真逆だ。


 ミセドミル大陸に住まう者の常識として、大陸の中央に行けば行くほど魔物は強くなる。

 南よりも東の方がより中央に近いため、東の魔物の方が強いのは道理であり、わざわざその道を選ぶ者は多くない。


 そんな街道に、三人の男女がいた。

 うち二人は男。

 残る一人は老女だった。


 傍から見て、とてもアンバランスな組み合わせだった。

 男たちの歩く速度は早かった。

 屈強な男二人の足に老女がついて行けるはずがない。そう思うのが自然だ。

 しかし老女は遅れるようなこともなく、ぴったりと二人についていた。

 危険な街道を早く抜けたいという一心で――とも考えられるが、それにしては息一つ乱していない。


 このペースで行けば、あと数時間もすれば街道を抜けられる。

 そこから先は森からも離れるため、安全度もぐっと増す。


「――っ」


 そんな彼らを嘲笑うかのように、森から魔物が出現した。

 男たちは即座に臨戦態勢を取った。


「ちぃ! このゼルクリード・グリムハルトの目を以てしても接近に気付けなんだわ!」


 魔物は木に擬態しており、接近というよりは彼らの方から近付いてしまったのだが、どちらにせよ気付くまでに時間を要したことに、男――ゼルクリードは舌打ちした。


「まあ良い! どのみち我が剣の前にひれ伏すことになるだけだ!」


 ゼルクリードは自信たっぷりに鞘から剣を抜き放つが、魔物が彼の剣にひれ伏すことはなかった。


「――なにぃ!?」


 彼が剣を抜き切る前に、魔物は既にこと切れていた。

 魔力を失い、急速に枯れていく木の魔物。


 それを行った張本人――老女マリアは足を止める二人を咎めるように振り返った。


「何を遊んでいるんだい。急ぐよ」

「……聖女マリア。魔物の相手は我々にお任せくださいと申したではありませんか」

「アンタらがトロいから片付けたまでだよ」


 もう一人の男――フィンは苦言を呈しつつ、マリアの力に戦慄していた。


(魔力の無効化。なんて恐ろしい力だ)


 魔物の生態について未だ謎は多いが、確実に分かっていることが一つあった。

 それは、奴らの命の源が魔力であること。

 「魔物とは、肉を持った魔法である」と提唱する学者もいるほど、魔物と魔力は密接な関係にある。


 そんな生物がマリアの魔力を無効化する能力を受けるとどうなるのか。

 その答えは今、フィンの目の前に転がっている。

 魔物にとって、マリアは決して相対してはならない死神なのだ。


(オルグルント王国の王族(タヌキ)共め。とんでもないものを隠していたものだ)


「もう相当離れた場所まで来ています。そこまで急がなくても、追手が来る前に我が国に辿り着けますよ」

「……だといいんだけどねぇ」


 フィンの言葉に、マリアは静かに遠くの方角を見上げた。

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