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第十二話「対抗策」

「先輩、準備できましたか」

「ええ。待たせてごめんね」


 ワイバーンの首元に荷物を結び付け、私は頭を撫でた。


「マクレガーによろしくね」


 ワイバーンはひと鳴きしてから静かに羽ばたき、王都の方角へと飛んで行った。

 その様子をやや遠くから眺めていたユーフェア――ワイバーンがちょっと怖いみたい――が、問いかけてくる。


「クリスタ。何を取り付けてたの?」

「お土産よ」


 ワイバーンを借りる代わりに乗り心地のレポートを頼まれていた。

 それと、エリストン名物の茶菓子も付け加えておいた。


「マクレガー、コーヒーはブラックなのに甘いものが大好きなのよね」


 頭を働かせるために糖分は必須――とは本人の弁。

 しかし他の研究者から聞いたところそれは方便で、純粋に甘味が好物ならしい。


「好みまで把握してる。うぅ、やっぱりあの人が最大のライバル……」

「?」


 ぶつぶつとぼやきながら、ユーフェア。

 この子はマクレガーが話題に出ると結構な頻度で難しい顔になるけれど、何かあるんだろうか。


「それじゃあ行きましょうか。みなさん、手を繋ぐッス」


 ベティの能力である転移。

 その効果を他人に共有するための条件として、彼女と手をつなぐ必要がある。

 それなら同時転移は二人が限界なのでは、と思うところだけど、ベティと手を繋いでいる人と手を繋ぐでも条件は満たしたことになる。


 ベティに言われるまま、私たちはそれぞれ手を握り合った。


「せーの、の合図でジャンプしてくださいッス」


 全員の顔を見渡してから、彼女は勢いよく言い放った。


「せーの!」




「――っと」


 足を地面から離したほんの一秒ほどで、私たちは森の中に移動していた。


「さて、マリアを追いかけるッス!」

「……待って」


 すぐさま移動しようとするベティの裾を、ユーフェアが引っ張った。


「どしたんスかユーフェア」

「……きぼちわるい」

「え」



 ▼


「大丈夫ッスか?」

「うん……」


 青い顔をして木の根元にうずくまるユーフェア。


(典型的な転移酔いね)


 転移に慣れていない、あるいは環境が違いすぎる二点間を転移すると、気分が悪くなることがある。

 この症状のことを、便宜上「転移酔い」と呼んでいた。


 ユーフェアはそれなりの頻度でベティと会っている。

 転移には慣れているので、後者の理由で酔ったのだろう。


 無理もない。

 ジャンプ前は木の床だったのに、降りたらそこは土の上。

 周辺の景色も、寂れた礼拝堂から鬱蒼とした森の中に変わっている。

 当然、気温や湿度もまるで違う。

「転移した」と頭では理解しているのに、本能が混乱してしまう。


 人間の体はまだそこまで転移に適応できていない。


「少し休憩しましょう」


 先を急ぎたい気持ちはあるけれど、ここで無理に進んでユーフェアの体調が悪化するのは良くない。

 転移のおかげで距離は稼げている。休みを挟んでもワラテア王国に行くまでには追いつける。


「魔物はいないみたいだけど……一応、辺りを見回ってくるわ」


 ここはもうオルグルント王国の外だ。『極大結界』の力も及ばない。

 今は魔物はいないけれど、いつ襲ってくるかも分からない。

 念には念を入れて周辺を捜索しようとすると、エキドナが付いてきた。


「あたしも一緒に行くよ」

「休んでていいわよ」

「実はあたしも少しだけ酔っててな。気晴らしに歩きたいんだ」

「そういうことなら行きましょうか」


 ユーフェアをベティに任せ、私とエキドナは森の中へと入って行った。



 ▼


 太陽がまだ高く登っていないせいか、周囲はそれほど明るくない。

 朝露が木々の葉に水滴となって落ち、それがうすぼんやりとした霧となり視界を妨げていた。


 何の気なしに歩いていたエキドナが、ふと足を止める。


「なあ。マリアがもし本当に国を裏切ってたらどうするよ」

「どう、って……」


 マリアの真意を確かめる。

 そう意気込んでここまでやって来た。

 何かの理由で仕方なく……という可能性を捨てきれなかったからだ。

 けれど、あの言葉が本当であった場合。

 本当にオルグルント王国にも、教会にも――そして、私たちにも愛想を尽かして出奔したんだとしたら。


「……その場合は」

「その場合は?」

「……」


 そこは考えていなかった。

 いや、考えないようにしていたのかもしれない。


「――とりあえず、ワラテア王国に行くことだけは止めるわ」

「どうやって」


 私は拳をエキドナの前に突き出し、彼女の胸を、とん、と叩いた。


「もちろん、ぶん殴って止める」

「……はっ。お前らしいよ」


 呆れたような顔をしたエキドナだけど、次には吹き出していた。


「けど、あたしたちでマリアに勝てるかな」

「う」


 マリアの能力は強力だ。

 魔力がいくらあっても、彼女の前ではゼロになる。

 魔力に依存した戦い方しかできない私たちにとっては天敵だ。

 勢いよくぶん殴るとはいったけれど、それができる未来が思い浮かばない。


「マリアに追いつくまでの間に考えましょう」

「ムチャクチャだけど……それしかないか」


 両手を後頭部で組みながら、エキドナは空を見上げた。


「にしても、魔物が全然いねーな。ルトンジェラより中央に近いからもっとウヨウヨしてると思ったんだけど」

「確かにそうね」


 おどろおどろしい雰囲気こそ醸し出しているが、魔物の気配は今のところ感じられない。

 もしかして、多頭蛇の影響がまだ残っているのかもしれない。

 あの蛇は大陸中央の山を下り、森を通ってルトンジェラへやって来た。

 幾重にも分裂し、幾多の魔法を使いこなすあの特性を考えると、道すがら生態系に影響を及ぼしていたのかもしれない。


「前はもっといたんだけど」

「そういや、来たことあるんだったっけ」

「ええ。マリアとね」


 あの時は教会の命令でこの付近にある『魔女の遊び場』の調査に来ていた。


「魔物を消滅させる聖水が湧き出る泉があるって話だったの。けど実際は違ってて――あ」

「どした?」


 もし、マリアと戦いになっても。

 ()()を使えたら……勝てるかもしれない。


「マリアへの対抗策、思いついたかも」

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