第十一話「排除できない可能性」
エキドナ曰く、私は丸二日寝ていたらしい。
たったの二日。
その間に、事態は大きく動いていた。
「教会はマリア婆を正式に反逆者と認定した」
「!? そんな、早すぎるわ」
マリアは姿を隠し、静かにオルグルント王国を去った。
大々的に声明を出したわけでもないのに、そんな短期間でそこまで事態が進むなんて考えられない。
「あたしもそう言ったんだけどな。マリアがお前を倒すところを見たやつがいる」
目撃者は、ここエリストンに在住している神官だ。
彼は「マリアを見かけたら本部まで報せるように」という通達を受けただけで、真剣に探すようなことはしていなかった。
しかし私の姿を目撃し、そして人が立ち入らない旧王国跡地に向かったことが気になり後をつけたらしい。
そこでマリアを見つけ、あの言葉を聞いてしまった。
――誤解がないよう、こう言ったほうがいいかい? アタシはオルグルント王国を裏切ってワラテア王国の傘下に入る
ご丁寧に私をぶっ飛ばしもした。
そこまで状況が揃ってしまえば、もう言い逃れはできない。
国を裏切った聖女は『極大結界』の秘密を外部に漏らす危険因子として処分される。
けれどこれは建前だ。
『極大結界』は未だ全容の分からない未知の力。聖女が裏切ったとしても盗まれることはない。
どちらかというと「聖女の管理」を掲げている教会の面目を潰した部分のほうが大きい。
「なあ。ホントにマリア婆は裏切ったのか?」
「……」
「幻惑魔法とか使われてたんじゃないのか? それか人間に化ける魔物がマリアに成りすましてたとか!」
未だに信じられない様子のエキドナ。
無理もない。直接聞いた私だってまだ信じられていないのだから。
けれど……断言する。
「間違いなくマリアだったわ」
【聖鎧】を無効化したあの能力。
あれはマリアにしか使えない唯一無二のものだ。
「……そっか」
「けど」
がくり、と首を項垂れさせるエキドナに、私は間髪入れずに続けた。
「あの言葉が本音かどうかはまだ分からないわ」
私は感情の察知が苦手だ。
言われたことはそのまま受け取ることしかできない。
だから、あの時のマリアが「建前」の可能性は排除しきれない。
「私ではそれが判別できないわ。だからエキドナ――」
「分かった、協力する」
「……まだ何も言ってないのだけれど」
「顔見りゃ分かるよ。『一緒にマリアを追いかけよう』だろ?」
まるで心の中を見透かしたように、エキドナ。
「いいの? 言い出した私が言うのも何だけど……可能性は低いわよ」
「あたしもマリアがこの国を見捨てるなんて信じたくない」
「エキドナ……」
「お前の感情の読めなさにはいつも泣かされてきたけど、今だけはそうであってくれと願ってるよ」
「? 泣かしたことなんてあるかしら」
「そういうとこだよ、そういうとこ!」
ガシガシと頭を掻いてから、エキドナは椅子から立ち上がった。
「もう動けるな?」
「ええ」
二日も寝た割には身体がとても軽い。
たぶん、エキドナがヒールしてくれたんだろう。
「ついて来い」
「どこへ行くの?」
扉の前で振り向き、エキドナは、にっ、と笑った。
「旅に出る前に、もう少し仲間がいるだろ?」
▼
街外れにある寂れた礼拝堂。
人を寄せ付けないおどろおどろしい雰囲気から、近くを通る住人からは「幽霊が出る」なんてもっぱらの噂になっている。
しかしそこは、聖女の間ではこう呼ばれていた。
聖女の間、と。
「――つー訳だ」
既にエリストンに来ていたベティとユーフェア。
彼女たちも集め、エキドナはこれまでのあらましを説明した。
マリアがオルグルント王国を裏切ったこと。
教会がマリアを処分するため動き始めたこと。
そして、マリアの真意がまだ確定していないこと。
最後の一つは希望的観測に過ぎない。
「もしかしたら」「そうだったらいいな」レベルの薄い可能性だ。
けれど確定していない以上、それを確かめる必要がある。
「あたしとクリスタはこれからワラテア王国に向かう。そこでなんだが」
「協力するッス」
「うん」
エキドナが言い終わる前に、ベティとユーフェアは頷いた。
「いいのか? 可能性は低いし、下手したらあたしたち全員反逆者だぞ」
「先輩ならともかく、マリアが理由もなくこの国を見捨てるはずないッス!」
ベティの言葉に、ユーフェアも首をこくこくと振るう。
「いえ、私も国を見捨てたりはしないわよ?」
「先輩。ルビィが他所の国に行ったら先輩もついて行くでしょ?」
「もちろんよ。妹あるところに姉ありなんだから……あ」
「ほら」
……ぐうの音も出ない正論に口を噤むと、ベティはくすくすと笑い、ユーフェアは何故か頬を膨らませた。
「とにかく、このまま『ハイお別れ』は私も嫌ッス。本音がどうとかは置いといて、ちゃんと話がしたいッス」
「私もっ。マリアは……怖いし、働けって怒るけど、ちゃんと私の話を聞いてくれるから」
「ああでも申し訳ないッス。ワラテア王国には紋章を置いてないから、一気に行けないッス」
ベティの長距離転移には紋章が必要になる。
ワラテア王国付近に置いているところはない。
「近くはないけど、大陸中央の森の中だけッス」
「十分よ」
二日の時間差なら、それで十分に追いつける。
「決まりね」
私は手を慣らし、腰を下ろしていた岩から立ち上がった。
「みんなでマリアを追いかけましょう!」