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第十話「長い付き合い」

 ――五年前、某日。

 教会・第三聖堂の一室。

 名目上は会議室になっているけれど、どう見ても礼拝堂にしか見えないその部屋で、私はマリアと初めて出会った。


「アンタがクリスタかい」

「はい」


 マリアへの第一印象は「あ、この人強いな」だった。

 コツコツと杖を突いているけれど、全く重心に偏りが見られない。

 目の奥にある光が強くて、煌々とした輝きを放っている。

 その時はまだ存命だった他三人の聖女も年齢から考えれば十分に壮健に見えたけれど、マリアはさらに異質に見えた。


 肉体はもちろんのこと、精神も――とても強い人。


 直感でそう思った。


「これからアンタに教会規則と、聖女の心得ってモンを教える」

「はい」


 十人も入れないほど小さな礼拝堂もとい会議室で、マリアは宣言した。


「聖女は滅私奉公。己を捨てて国にすべてを捧げる存在だ」

「はい」

「その身のすべてを以て今後、王国の守護に当たることになる」

「はい」


 特に異論はなかった。

 国を守る→国が安定する→国が栄える→ルビィの幸せに繋がる

 この構図が成り立つからだ。


「個性も何もかも不要。その白衣も今を以て破棄しな」

「嫌です」


 けれど続く言葉に、私は異を唱えた。


「……なんだって?」

「嫌です、と言いました」


 白衣の袖をひと撫でしてから、私は二本の指を立てた。


「理由は二つあります。ひとつめは、魔法研究は王国に寄与できる利益が大きいこと」


 聖女を擁する教会が国を守る盾とするなら、研究者を擁する魔法研究所は国を助ける杖であり剣だ。

 どちらが欠けても前には進めない。

 その両方に参加できる資格があるのなら、どちらにも参加した方が国の発展に貢献できる。


「ふたつめは、研究を捨てなければならないほど聖女の仕事が激務ではないということ」


 聖女の公務については前もって確認している。

 結界の穴の視察などの長期遠征はあるものの、それを差し引いても基本的な拘束時間はそれほど長くない。

 要するに、聖女の仕事だけに絞ると時間が余ってしまうのだ。

 それなら魔法研究もしたほうがいい。


 そういった理由から、マリアの要望には応えられない。


「激務ではないだと!?」


 私の返答に眉をひそめたのは、それまで成り行きを見守っていた聖女セレナーディアだ。

 眉毛の下にある目を見開きながら、私に詰め寄ってくる。


「聖女は『極大結界』に生涯魔力を注ぎ込まなくてはならないんだよ! 一年中、片時も休んじゃいけない! それがどれほどの負担かを分かっちゃいないのかい!」

「理解しています。その上で問題ないと言っているんです」

「この――!」

「セレナ。おやめ」

「……っ。申し訳ありませんマリア。少し、感情的になりすぎました」


 セレナーディアをなだめ、マリアは前に出た。

 先ほどよりも近い距離でじろりと私を見上げる。


「クリスタ。確かにアンタほどの魔力量なら両立もできるだろうね」


 教会で魔力測定したとき、もののついでにと『極大結界』に魔力を注いだ。

 一時的に十割、つまり『極大結界』すべての魔力を私一人で負担できるかのテストもした。

 それを踏まえた感想としては、「こんなものか」だった。


 負担割合は聖女の頭数で割って二割。

 それならさして負担にもならないし、魔法研究の妨げにもならない。


「では」

「けどダメだ」


 ふぅ、と息を吐き、マリアは神の偶像を見上げた。


「――かつての聖女の扱いは酷いモンだった」


 まだオルグルント王国が国としてまともに機能していなかった黎明期。

 当時は魔法の研究も進んでおらず、聖女が使う『守り』と『癒し』の力は貴重だった。

 『極大結界』の維持をしながら衛生兵、あるいは壁のような役割として酷使されていたらしい。


「けれど一人の聖女が提唱した案により、聖女の生存率は飛躍的に伸びた」


 それが今、マリアが説明した滅私奉公に繋がる。

 要するに「私は己を捨てて『極大結界』の維持を頑張ります! だからそれ以外のことは何とかしてね」ということだ。

 それ以外の要素も大いにあったらしいけれど、とにかくそのおかげで聖女の寿命は飛躍的に伸びた。


「いま、聖女が安寧を得られているのは先人が勝ち取った規則あってのものだ」

「なるほど。理解しました」

「聖女になった以上、これに従ってもらうよ」

「嫌です」


 ――。

 事あるごとに空気が読めないと言われる私でも感じ取れるくらい、場の空気が凍り付いた。

 不快感を隠そうともせず、マリアが睨んでくる。


「アンタは……死んでいった聖女の思いを踏みにじるつもりかい」

「そんなつもりはありません。けど、死者は死者です。死んだらみんな無になって後には何も残りません」

「っ」

「いま生きている人の気持ちが最優先です」


 白衣の襟元を正し、私は他の聖女たちを順番に眺めた。


「公務で迷惑をかけるつもりはありません。『極大結界』の負担も、辛いのであれば私が肩代わりします。けど、研究をやめるつもりはありません」


 国の守護ももちろん大事だけれど、目下、魔法研究のほうが国民への寄与は大きい。

 それは翻ってルビィの幸せへの貢献がより大きいということを意味している。

 なら、何を言われようとやめる理由にはならない。


「お話は以上です。では」


 怒りや呆れ、様々な表情をする他の聖女の視線を感じながらきびすを返す。


「……アンタとは長い付き合いになりそうだね。クリスタ」

「そうですね」


 鋭い視線でこちらを睨むマリアに肩越しに笑みを向け、部屋を出た。


 たぶん、マリアからの印象は最悪だっただろう。

 けれど私は不思議と彼女にそれほど悪印象を抱かなかった。

 マリアにはマリアの立場がある。私の意見を軽々に受け入れることもできなかったと思う。


 けれど、見ている方向は同じだ。

 いずれ妥協点も見えてくるだろう。



 ▼ ▼ ▼


「――う?」

「お。目ぇ覚めたか」

「エキドナ? どうしてここに」

「うさんくさい情報屋が教えてくれたよ」


 ベッドの上でゆっくりと周囲を見渡す。

 私は確か、旧王国にいたはず。


 そこでマリアと――。


「! そうだ! マリアは!?」

「落ち着けって。今から説明するから」


 勢いよく飛び起きる私をなだめ、神妙な顔でエキドナは口を開いた。

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