第十話「切り札登場ッス」
「せ……聖女?」
その単語を聞いて、ウィルマは間の抜けた顔を晒していた。
ちゃんとした場で見ればそれなりに好青年に見えないこともない。
その若さで領主という地位――女にだらしないというのも頷ける。
顔の善し悪し、家柄、地位。そんなものは何の関係もない。
妹を泣かせた奴は、地獄を見せる。それだけだ。
「み……身内が聖女だなんて、そっ、そんなことは聞いてないぞ!」
「あら? 言伝を頼んだのだけれど」
庭にいた見張りは、私のことを聖女だと気付いている素振りをしていた。
だったら教えてあげてもいいのに……。
もしかしてウィルマは、部下からの忠誠心があまり無いのだろうか。
ルビィへの対応を考えると、分からなくもない。
「私の可愛い妹が、とっっっっってもお世話になったそうだから、そのお礼をしに来たわ」
「あ……ひぃ!」
一足飛びで距離を詰め、挨拶代わりに軽く一撃を入れる。
「聖女パンチ」
「ぷべ!?」
ウィルマは一直線に吹き飛び、ベッド脇の机に激突して派手な音を立てた。
「殺しはしないわ。けど、痛い目には遭ってもらう」
「来るな……来るなぁ!」
ウィルマは鼻血を吹き出しながら、どこからか取り出した小さな石を投げつけてくる。
――魔法石。
魔法を封じ込めたもので、投げると一度だけ特定の魔法を発動することができる。
魔力を持たなくてもある程度の魔法までは発動できるため、護身用から家庭の火起こしまで幅広く使われている。
ウィルマが投げてきたのは、麻痺の魔法。
【聖鎧】を身に纏う私にはもちろん通じない。
「な、なんで!? なんで効かないんだよぉ!」
ウィルマは続けて魔法石を投擲してきた。
火傷を起こす魔法。凍傷を起こす魔法。目くらましの魔法。
それらはいずれも一切の効果を発揮せず、無情にも割れて消えていく。
「これが聖女の力よ。気は済んだ?」
「こここ、これならどうだぁ!」
ウィルマは引き出しの奥から、古ぼけた紙を取り出した。
「召喚札? なんでそんなモノを」
離れた場所に居るとある人物を呼び寄せ、守護させるものだ。
不具合が多く、一般には出回ることなく研究は頓挫したはずなのに……。
「ふ、ふふ――感謝するよ父上! こんな切り札を僕に遺してくれたことを!」
札の力を使えるのは、ただ一人。
空間を飛び越えて『そいつ』が姿を現す。
「はいはーい! 聖女ソルベティスト参上ッス!」
▼
「……ベティ。あんた何やってんの?」
「あ、先輩。ちーッス」
気の抜けた声と共に姿を現したのは――同じ聖女だった。
聖女ソルベティスト。長いので、親しい人物からはベティという愛称で呼ばれている。
聖女に先輩後輩という概念は無いが、彼女は私のことを先輩と呼び慕ってくれている。
彼女は物体の移動――転移を得意としている。
召喚札も、研究の一環としてできた代物だ。
緊張感をぶち壊す能天気さで、こちらに手を振っている。
「召喚札、全部廃棄したって言ってなかったっけ?」
「これはその、副業ッス」
「そんなことしてたの……バレたら怒られるわよ」
「お、お金のためなんスよ!」
事情を知らない者が聞けばとんでもない守銭奴に聞こえるが、ベティがお金を集めるのは他人のため。
彼女は見た目や言動に反して、かなりの慈善家だ。
国内のあらゆる孤児院や貧困層の人間に惜しみなく財を投げ打っている。
とてもいいことなんだけど……それが自分の生活基盤を揺さぶるほどとなると話は別だ。
やっていること自体は褒められるべきことなので、誰も強く言えないところが何とも歯がゆい。
「は、ははは、はははは!」
突然、ウィルマが高笑いを始めた。
「やはり僕は神に愛されている! 目には目を、聖女には聖女を! さあ、こいつを叩きのめせ!」
ベティの魔力量は私に次いで第二位。
『極大結界』の維持を放棄しているとはいえ、こちらは既に相当な魔力を消費している。
マトモにぶつかれば苦戦するのは必至だ。
――しかし。
「いや、無理ッス」
「へ?」
ウィルマにとっては無情とも言えるほどあっさりと、ベティは首を横に振った。
「聖女同士の戦闘はご法度なんスよ。すまないッスねぇ」
「そ、そんな! 金ならいくらでも出す!」
「いくら積まれても無理なものは無理ッスよ」
血と唾を飛ばしながら詰め寄るウィルマを避けながら、彼女はあははと苦笑いした。
「どーーーーしてもというなら安全な場所まで転移させるって手法がありますけど……」
「そ、それだ! 僕を逃がせ! すぐに! とっととやれ!」
「先輩、この人なにしたんスか?」
ようやく状況を把握したのか、今さらな質問をしてくる。
なので、簡潔に告げる。
「私の妹を傷付けたのよ」
「あ、じゃあ無理ッスね」
「け、契約違反だぞ! 僕の命令に従えよ!」
「それは札を売っていたときの宣伝文句なんスよ……私が『嫌』って思ったものは、もちろん拒否させてもらうッス」
「ぴげっ!?」
ベティは、逃げても逃げても寄って来るウィルマを蹴飛ばした。
「ルビィちゃんは私の友達でもありますからね――友達を傷つけるやつは、地獄に落ちろッス」
「そ、そんなぁぁぁあ――! こ、この僕が! 若さと地位と金を兼ね備えた完全無欠のこのウィルマ・セオドーラが、こんな目に遭っていいはずがない! おおおお前らは間違ってる!」
事実上の死刑宣告を受け、頭を抱えて喚くウィルマ。
「あなた、一つだけ足りてないものがあるわ」
「そんなものあるわけがない! 僕は完璧だ! 成功を約束されている! この屋敷で可愛いメイド達をたくさん可愛がって優雅な生活ををををっ?!」
振りかぶった右がウィルマの顔面にめり込み、言い訳を飲み込ませる。
「――人を思いやる心よ」
「ポッと出にしてはベティのキャラ濃いな」と思った方はブックマーク・★★★★★をお願いします。