アーネストのプレゼント
短編「姉に突き落とされて記憶喪失になった私が幸せになるまで」シリーズのおまけ番外編です。
ルーカスが生まれて一年経った頃のこと。
「メアリ、今日の午後、宝石商が来るから予定に入れておいてくれ」
「わかりました、アーニー。お仕事の話ですの?」
「芸術の中心地アルトゥーラ王国で人気の宝石商だ。この大陸でも販路を拡げたいと、各国を回っているらしい。洗練されたデザインが受けているとか」
「まあ、素敵。ガードナーでも店を出すつもりなのかしら」
「だろうな。我が国にとっても有名なブランドが店を構えてくれるのはいいことだ。聖メアリ通りがますます華やかになる」
「楽しみだわ。いろんな話が聞けそう」
アーネストも宝石商が来るのを楽しみにしていた。商談の『ついでに』メアリにプレゼントを買おうと思っているのである。
(何かプレゼントしたいのに、いつもメアリは遠慮して断るんだ。ドレスも宝石も今持っている物で充分だ、と言って。贅沢したがらないのはいいことなんだが、私もたまにはメアリを着飾らせたい。メアリが気に入ったものがあれば、即買いしよう)
午後になると、その宝石商は二人連れでやって来た。
「アーネスト王太子殿下、メアリ妃殿下。本日は謁見をお許しいただき感謝いたします。私はアレス宝石商会の広報を務めるハリル・サンダース、こちらの若いのがピーター・グレイと申します」
恭しく礼を取る二人が顔を上げた時、ピーターと呼ばれた男の口が開いたまま塞がらなくなった。
驚いたアーネストがメアリを見ると、メアリの方もびっくりして目を丸くしていた。
「どうしたんだ、メアリ?」
「いえ、ごめんなさい、アーネスト。私、彼を知っているわ」
「もしかしてエルニアンでの知り合いか?」
うんうんと頷くメアリ。ピーターも、恐縮した様子で頭を下げている。
「とりあえず挨拶も終わったことだし、あちらでゆっくり話そうか」
アーネストが促したので、四人は場所を移しソファで話すことにした。
「で、どういった知り合いなんだ」
「ええ、エルニアンの中等学校で一緒に学んだ学友なのよ」
「アーネスト王太子殿下。メアリ妃殿下はエルニアンのご出身でいらっしゃいますか?」
ハリルがアーネストに尋ねた。
「ああ、そうなんだ。今はメアリと名乗っているが、かつてはベアトリスという名だった」
「私はメアリ妃殿下のお顔を見てベアトリス嬢に違いないと思いましたが、お名前が違うため他人の空似かと考えました」
ピーターが苦笑いしながら答えた。
「ピーター、あなたがアルトゥーラ王国で働いていたとは私も驚いたわ。いつ、あちらに渡ったの?」
「中等学校を出た後、王立学園には行かずにアルトゥーラへ向かったのです。私は次男ですから伯爵家は継げませんので、手に職をつけようと以前から興味があった宝石デザイナーの道に進みました」
「まあ、そうだったのね。確かに、あなたは絵も描いていて美的センスのある人だったと記憶しています」
「お褒めいただき光栄です。今は、デザインの傍らこうして各国を訪問し、我々の店を世界中に出す夢に向かって飛び回っているところです」
「いやあ、このピーターがまさか妃殿下のご学友であったとは。これも何かのご縁、ぜひともガードナーでの開業許可をいただければと」
すかさず年嵩のハリルが商談に持ち込んで来た。元々、ガードナーとしても歓迎する話だったので話はすぐにまとまった。
「ではイーサン、私の推薦状を陛下にお渡ししてくれ。ハリル、イーサンと共に今から陛下に謁見すると良い」
「ありがとうございます、アーネスト王太子殿下。深く感謝いたします」
「それと、先程見せてくれた宝石のデザイン。あれをもう少し見たいのだが。我が妃に似合うものを」
「承知いたしました! ピーター、私が陛下に謁見している間に王太子殿下にお見せしなさい」
「はい!」
ピーターはデザイン画をたくさん取り出した。
「アーネスト、まさか……」
「君にプレゼントしたいんだ。好きな物を選ぶといい」
メアリは顔を輝かせた。
「アーニー! 嬉しいわ。」
思わず、人前で『アーニー呼び』してしまう程喜んでいた。それほどに、ピーターのデザインした宝石は美しかったのだ。
ハリルとイーサンが退出すると、メアリは少しくだけた雰囲気になった。
「ピーター、どれも素敵だわ。迷ってしまう」
「瞳のお色に合わせると、こちらかこちらが宜しいかと」
「アーニー、どれがいいと思う?」
嬉しそうにデザインを見るメアリに目を細めていたアーネストは、
「きっとどれでも似合うよ。主役はあくまでもメアリだ」
メアリは顔を真っ赤にして恥じらいの表情を見せた。
(もう子供も産んでいるというのに、こんなに褒めてくれるアーニーは本当に素敵な夫だわ)
微笑ましい二人を見てつい、ピーターが言った。
「昔は負けん気が強くて男勝りだったのになあ。いつもマチルダやホリーと一緒になってて」
「まあ! 懐かしい名前だわ。みんなどうしているのかしら」
しばらく懐かしい話で盛り上がっていると、アーネストがいつの間にかメアリにピッタリと寄り添っていた。
あら、とメアリがアーネストを見ると、いつもよりさらに冴え冴えとした美しい微笑みをたたえながら
「メアリ、私がデザインを選ぼうか?」
と言った。
あまりの美しさにメアリもピーターもボーっとなったが、すぐに気を取り直した。
「そ、そうね、お願いしようかしら」
「は、はい! ではこちらとこちらの中から」
そしてアーネストが上品なティアラとネックレス、イヤリングのセットを選び、注文書にサインをした。
「ありがとうございました、アーネスト王太子殿下。出来上がりはひと月ほどかかりますが、仕上がり次第、持参いたします」
「頼むぞ。私からのプレゼントに相応しく、美しい包装を施しておいてくれ」
「も、もちろんでございます! アーネスト王太子殿下とメアリ妃殿下に相応しい最高の品を、最高の包装でお届け致します!」
ピーターは完全にアーネストの魅力に取り込まれたようであった。アルトゥーラに帰った後に友人に語ったところによると、『あんな美しい微笑みは女性にも出来ない。妖艶過ぎて頭がポーッとなった』そうである。
アーネストは、ピーターが帰った後、少し反省していた。
(彼が私の知らない話をメアリと楽しそうにしていたのを見て、妬いてしまった……私も、まだまだ人間が出来ていないな)
天然の人たらしアーネストは、メアリが絡むとさらにその威力を発揮してしまうようであった。